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東方幻想入り 作者:コノハ

世界の脅威

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秘めた不安と私

 帰ってから二言三言会話を交わすと、私とアリスは二人並んで、ベッドで横になった。手を繋いで、アリスのぬくもりを感じながら、目を閉じる。アリスと母とを重ねないよう注意しながら、安らげるよう体から力を抜いて行く。

「……ねえ、澪」

「なあに、お姉ちゃん」

「……本当に、覚えてないの?」

 私は黙った。覚えていない、ことはない。でも、確たるものはなにもない。夢かもしれないし、幻かもしれない。ともすれば、あの子達の記憶かもしれない。

「目を抉られたことは、覚えてる」

 もちろん今は全く痛まないし、ちゃんと見えてもいる。だけど、あのとき私が感じたのは間違いなく、抉られた時の痛みだった。

「……目を。痛かったわね」

「他にも、いろんなことをされた……と、思う。覚えてないけど」

 半日、私は捕まっていて、何をされたのだろう。あの手術台に撒かれていた血液は、異常なレベルだった。 何をされたのだろう。

「バラバラにされたのかな。砕かれた? もしかしたら、もっと酷いことをされたかもしれない」

 もしそれが本当ならば、私の中に、その記憶があるということだ。おぞましい。忌まわしい。

「大丈夫よ。私がいるわ」

 アリスが、不安に思った私を抱きしめようと手を伸ばしてくれた。ほのかないい匂いが広がって、意識が飛びそうになる。吸血鬼としての私が、アリスを喰らえと言っている。違うのに。アリスだけは、違うのに。

「……お姉ちゃん、私に食べられたくなかったらそれ以上近付かないで」

 私は若干冷たく言った。そうでもしなければきっと、優しいアリスは無理にでも抱きしめてくれそうだったから。アリスは手を引っ込めてくれた。私は少しだけ離れる。

「優しいのね、澪は」

「優しくなんてない」

 それから、思いついて私はアリスに提案した。

「お姉ちゃん、明日永遠亭に行こう」

「やっぱり、看て欲しい?」

 私は首を振った。

「ノーマが、小屋にいたから」

 アリスは複雑な表情をした。

「きっと脅されたんだと思う。助けないと」

 私は確信を持ってそう言った。

「……でも」

「約束したんだ、あの子達と」

 私は色んな約束をした。血を吸う時、私に願いと思いを託して死んだあの子達との約束。全部守る。全部果たす。そう決めたのだ。

「……あの子達って?」

「また、明るいうちに調べに行こう。そうすれば、全部わかるから」

 私の言っている意味も、御陵臣がとれほどの悪かということも。

「……わかった。じゃ、明日、ね」

「うん、明日」

 それからアリスは、しばらくすると眠った。安らかな寝息と、安心しきった表情は、私を信頼している証だろうか。

 アリスとは反対に、私は眠れなかった。吸血鬼は夜起きるものだと聞いていたけど、それは太陽の光が苦手だからという理由だと思っていた。だから、太陽が平気な私は昼間起きることも可能だと思っていた。けど、夜がこれほど心地いいのなら、昼間起きる意味がないようにも思えてしまう。

「……」

 今は。今は、眠ろう。あと数ヶ月後ぐらいには夜に行動するようになったとしても、今は眠ろう。普段通り、いつも通り。

 私はゆっくりと眠りに就いた。


 夢の中で私は虐殺をしていた。大人、子供、男や女関係なく、ひたすら、一つの場所に集まった人間を一方的に殺し、その肉を悠々と喰らい、その血液を優雅にすする。最高の快楽と至上の興奮が私を包んでいた。悲鳴と肉が弾け、骨が砕ける音を聞きながら、私は思う。殺戮はこれほど楽しいとは。これほど、他者を虐げるのが気持ちいいことだとは。

 一人の男が目に入る。顔は見えない。どんな人間かもわからない。でも、そいつが目に入った。だから、私は気まぐれで、そいつを特に念入りにいたぶることにした。深い意味はない、ただの、暇つぶし。

 まず弱い吸血鬼にして、簡単には死なないようにする。私の命令には逆らえない。でも、自由意志は残す。家族もこの場所にいるようだ。

 はははと笑いながら、私は彼に酷いことをしていく。

 両親を殺せと命じた。嫌々ながら、泣き叫びながら手をかけた。娘を痛めつけろと命じた。何度も何度も娘に謝りながら、私の命令を遂行する。殺してくれと娘が懇願するようになると、私は彼女の首にかじりつき、激痛と共に血をすする。完食しきってから私は、彼を少しづつ削って行く。少しづつ、消耗させていく。

 かつて私がされたように。私に命じられ、彼が家族にしたように。

「許して」

 私は命乞いを無視して、彼を殺した。バラバラにして、ぐちゃぐちゃにして、私が楽しみ終わったときには、彼はもう肉の塊になっていた。返り血に汚れた服がうざったらしくて、私は自分の服を自分で破り捨て、そこらじゅうに散らばる血を集め、服を作った。私の一部になった服は、返り血を吸収する性能がる。

 私は笑いながら、肉をかきわけ、心臓を探す。

 肉の中を探っていたはずなのに、傷に怯え、痛みを恐れる私と目が合った。そこで、気付く。

 私がこうすることは、御陵臣と同じになるということ。

 いや、本来は違う。つまり御陵臣が、私と同じ化け物なのだ。

 人を殺す、最上級の化け物。それが、私。そして、御陵臣なのだと。


 私は目を覚ました、外を見ると、まだまだ暗い。隣のアリスを見ると、まだ眠っている。私も、まだ寝ておこう。再び目を閉じると、私は眠った。また同じような夢を見た。



 ……。

「……おはよう」

 私は眠い目をこすりながら起きた。隣にはアリスがいるのだから、寝坊はできない。アリスは体を起こすと、私の方を見た。

「おはよう。嫌な夢見なかった?」

「うん」

 私はいい夢なんて見ていないのだが、あの夢は吸血鬼的には幸せな夢だろうから、頷いておいた。説明するのが面倒だというのもある。これ以上心配をかけたくない、というのが真相であるような気もする。

 でも、よかった、夢で。あんな残酷なこと、したくない。あんな酷いことをやるくらいだったら死んだほうがいい。死ねないけど。

「お姉ちゃん、準備したら行こう」

 私はベッドから降りてそう言った。

「わかったわ。じゃ、服着替えるから」

 そう言って、アリスは部屋から出て行った。私も服を着替えようか。

 あれ、そういえば、私どうして服を着ているのだろう。ぐちゃぐちゃにされたはずなのに、服が無事? 不思議に思って、服に触る。昨日は気付かなかったけど、服はしっとりと濡れていた。寝汗をかいた……というわけではなさそうだ。なんだろうか。

 ……それとも、全部私の妄想なのだろうか。昨日のあの痛みや苦しみは全部夢で、そんな夢を見たから私はこんなに寝汗をかいている。

 面白い妄想だ。

「準備できたわ。行きましょうか」

 さっぱりとした様子のアリスが部屋に来ると、私はベッドから降りてアリスのそばに行く。

「歩いて行こうね、お姉ちゃん」

 もう空は飛びたくない。あんな目に遭うなら、多少遅くなってもいいから地面を歩きたい。

「ええ、それはそのつもりだけど……」

「昨日は、飛んでて狙撃されたから」

 誰がやったんだろう。御陵臣は感情の芽を植え付ける程度しか力がなかったはずだ。ということは、他の人が?

 一体どれだけの人が、どれほど強い力を持っているのだろう。

「……そうなの。ごめん」

 アリスの謝罪が、妙に心に響いた。

「いい。行こう」

 私はアリスと手をつなぎ、永遠亭までの道のりを幸せに過ごした。吸血衝動を我慢するのが、少し辛かったけど。

 永遠亭の前にたどり着くと、エイリンが立っていた。

 ちょっとだけ驚く。けど、敵ではないことがわかっているので少しは楽だ。

「……エイリン? なんで?」

「姫様に言われたのよ」

 わかりやすい理由だ。でも、なぜだろう。

「どうして? 輝夜になんかあった?」

「ノーマがいなくなったのよ。他の外来人が攫われないよう、私は見張りやってるの」

 エイリンが忌々しそうに答えた。解放団の手は、こんなところにも伸びている。早く、止めないと。

「エイリン、カグヤに会いたい」

「わかったわ。麗仙がいるから、彼女についていきなさい」

 エイリンはそう言うと快く迎え入れてくれた。

「アリスはここで待ってて」

 アリスは虚を突かれたような顔をした。

「いいの?」

「不死同士、秘密の話がある」

 カグヤには、ノーマの事を伝えるのと別に、相談したいことがあるのだ。一人になるわけではないのだから、大丈夫だろう。

「……わかったわ。くれぐれも、気をつけてね。いざとなったら、ちゃんと仲間になるのよ」

 私は頷くと、永遠亭に入った。玄関には、レイセンが待っていた。私は靴を脱いで廊下に上がった。

「いらっしゃいませ。姫様がお待ちですよ」

 彼女は私にぺこりと頭を下げると、手を引いて私を案内した。レイセンの顔を見ると、キョロキョロと周りを警戒していた。ただの廊下。けど、今は解放団が潜んでいるかもしれない場所だった。

 カグヤのいる部屋の前まで来ると、レイセンは頭を下げた。

「姫様。澪をお連れ致しました」

「はい。今行きます」

 それからすぐに、襖がすらりと開いて、着物を着たカグヤが出てきた。相変わらず、絶世の美しさだ。

「あら、澪だけ? ま、いいや。レイセン、堅苦しいことさせてごめんね? せっかくだし、お姫様ごっこしてみたかったんだ~」

 ごっこにしては徹底しているとは思う。

 カグヤの言葉に、レイセンは息をついて、肩の力を抜いた。

「まったく。そうならそうと言ってくださいよ。色々肩肘張っちゃったじゃないですか」

「いいじゃない、たまには緊張も」

 まあそうなんですけどね、と小さくレイセンは言った。

「じゃ、私はこれで。澪ちゃん、帰るときは呼んでね」

「うん」

 そう言ってレイセンは廊下を行き、ある扉の中に入って行った。それを見ていると、急に手を引かれ、体が引っ張られた。意識せず、目を硬く閉じていた。体が強張る。得体のしれない恐怖が全身を包む。

「……どうしたの?」

「か、カグヤ」

 私は、恐る恐る目を開けてカグヤを見た。

「……お部屋、入ってもいい?」

「もちろんよ。いらっしゃい」

 私はカグヤに手を引かれ、部屋に連れ込まれた。違う。連れて行ってもらった。

 部屋の中はお姫様なカグヤのイメージと違い、ごく普通の、人が生活するための部屋だった。押入れがあって、コタツ……今は布団がないからただのテーブルになっているものがあって、適度に散らかってて……。なんだか、落ち着く。

 私はテーブルのすぐそばにある、座布団が敷いてある場所に座った。カグヤが私を気遣うように手を押さえ、優しげな、心配そうな顔をした。

「気軽にお友達の家に、という雰囲気ではないけど……どうしたの?」

「私、ノーマを見た」

 カグヤが、目を見開いた。

「どこで?」

「魔法の森の奥にあった拷問小屋の中」

 私は自然とそんな単語を言っていた。カグヤは不思議そうな顔をした。

「拷問小屋? そんなのあったかしら」

「解放団が使ってた、今は使われていない小屋だった。私が攫われたとき、ノーマがいた」

 カグヤは色んなことに驚いた。それから、私の頭を優しく撫でてくれる。

「攫われたの? 大丈夫?」

「何をされたのか覚えていない。多分、記憶に蓋をしているんだと思う」

 ゆっくりと、私は言う。

「もし、この蓋が外れたとき、記憶が蘇ったらどうなるか、わからなくて怖い。カグヤ、こんなことカグヤにしか相談できないの。

 ねえ、この恐怖から逃れるにはどうすればいいの?」

 アリスには、心配をかける。レイムにも、同じ。なぜか、カグヤには心配をかけても大丈夫なように感じた。受け止めてくれると、感じた。同じ、不老不死だからだろうか。

「毎日死んで、死ぬことに慣れればこの気持ちが消えるの?」

 私の問いに、カグヤは首を振った。

「私はあなたのように、捕まっていたぶられたことがないからわからないけど、その方法では、解決しないわ。記憶を思い出すことが怖くなくなるかもしれない。けど、そうなったとき、あなたは今のあなたとはかけ離れたものになっているのよ?」

 ゆっくりと、髪を梳くように撫でてくれる。なんだか、心地がいい。

「あなたが感じてる恐怖って、あなたを、私やアリス、皆が大好きなあなたを捻じ曲げてでもして消したいの?」

 怖いのは、怖い。けど、確かに、そこまでして、消したいのだろうか。自分の中を探る。良くないものに触れそうになりながらも、答えを探す。

 ううん、違う。私が怖いのは、その先にあるんだ。記憶が蘇って、壊れてしまうのが怖いんじゃない。

「カグヤ、私が解放団に入らずにいれるには、どうすればいい?」

 痛みと苦しみに私が折れて、解放団に入ってしまうのが怖いのだ。事実、私は半ば折れかけている。次攫われて半日でも痛めつけられたら、頷いてしまうだろう。そうなったら、苦痛に怯えて裏切ることさえままならなくなるだろう。心の底から、解放団に従うようになる。そんなのは、嫌だった。

「……戦うことよ」

「誰と?」

カグヤからの言葉を、私はすぐに否定することができなかった。

「あなたを傷つけようとする者全てをよ。あなたは、守りたいものために戦ってもいいのよ」

「……でも、私」

「私があなたなら、いいえ、あなたを守るためなら、解放団の連中を殺すことだって躊躇わないわ」

 カグヤの過激な言葉が、耳に入ってくる。否定しようとして、できない。

「……私は」

 どうしたいのだろう。なぜ、こうも頑ななのだろう。もっともっと奥まで、自分を探る。自問自答を繰り返す。

 ああ、そうか。

「……私は、私のままでいたい」

 お父さんと会ったときに、お父さんが戸惑わないようにするために。大切に守ってくれて、私を大事に思ってくれたアリスの思いを、無駄にしない為に。私に遊びを教えてくれると言ったマリサのために。私と遊びたいと言ってくれたチルノのために。私のことを気遣ってくれた人里のゲンや、ケイネのために。そして、私と友達になってくれたカグヤのために。皆のために。

「それなら」

「でもそれは、戦って、解放団を皆殺しにして、私の敵を殲滅したら守れることじゃない、と思う」

 私がそう言うと、カグヤはにっこりと微笑んだ。

「答え、見つかったみたいね」

「うん。ありがと、カグヤ」

 どういたしまして、とカグヤは私の頭を撫でてくれる。

「ノーマの様子はどうだったかしら?」

 カグヤは私を撫でる手を止めてそんなことを聞いてきた。

 私はカグヤにゆっくりと抱きついて、背中をさする。

「大丈夫だよ、カグヤ」

「本当に?」

「うん。辛そうだったけど、多分大丈夫」

 確信はない。けど、わかる。ノーマは、私と違って頑固じゃない。いつか助けが差し伸べられるのを、待ってるんだ。

「……情報、ありがとうね、澪」

「こっちこそ、慰めてくれてありがとう」

 私たちは離れると、お互いを見て微笑んだ。私の表情は動かなかったけど、わかってくれたと思う。

「とりあえず、私たち永遠亭は解放団と徹底抗戦するわ。澪、こんなの頼むのおかしいんだろうけど、気が向いたら戦闘に参加して」

「気が向いたらね」

 そう言って私は外へ出る襖を開けた。

「ふふふ、用がなくても、遊びに来てね。今度はとびきり楽しいことをしましょ」

「うん。じゃあね」

 とびきり楽しいこと? なんだろう、すごく興味がある。この問題が収束すれば、またここに来よう。今度は、純粋に遊ぶために。

「それじゃ」

 私は襖を開けた。驚くべきことに、レイセンが扉から少し離れたところで立っていた。

「……聞いてた?」

 私が聞くと、彼女はふるふると首を振った。

「ごめんね。でももう、あなたや姫様の友達が攫われるわけにはいかないから。帰る?」

 頷く。

 レイセンは私の手を引くと、玄関まで私を連れて行ってくれた。

「澪、どうだった?」

 玄関では、アリスとエイリンが何かを話していた。アリスとエイリンも、顔が険しい。

「ん。来てよかった」

「それは何より」

 エイリンが仏頂面のまま言った。

「何かあった?」

「……何でもないわ。二人とも、今日何か予定あるかしら」

「これから少し調査に出るところ」

「そうか。急ですまないが、頼みたいことがあるのだけど」

「……どうする、澪?」

 私は頷いた。

「そうか。頼みたいこと、というのはな……」

 エイリンは厳しい表情で、口を開いた。

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