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東方幻想入り 作者:コノハ

世界の脅威

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訪れた永遠と私

「あなた、結構運悪いのね」

 診察室で、私はエイリンにそう言われた。アリスは今待合室で私のことを待っている。

 私はここに来て一番最初に事情を包み隠さず言って、調べて欲しいと頼んだ。エイリンは了承してくれて、それからいろんな検査を受けた。そして、今その結果を聞いているわけだ。かなり時間が経った。もう日が傾いている。

 アリスがいないのは、家族にいらぬ不安を与えぬようにするため、らしいが……。何か、問題でもあったのだろうか。

「そうですか」

「ええ、最悪」

 運、の問題なのだろう。幻想郷にくる前も、何度も攫われ、何度も死にかけた。運か悪いから、このようなところにいるのだろうか。

「三日間で、全く別の症状で、三回もウチの診察を受けたのってあなたくらいよ。しかも」

 エイリンは私の体を上から下までじっくりと眺めた。

「しかも、種族まで変わるなんてね」

「……」

 私は今黙って話を聞いてるわけだ。

 自業自得、吸血鬼になったのは自分が悪い。だが、好きで吸血鬼になったわけではない、と叫びたい自分もいる。自分が二人になったような感覚に、目眩を覚える。

「で、いろんなことをやってもらったわけだけど」

 光を当てられたり握力計を握ったり、意味のわからない質問に答えさせられたり。本当に、疲れた。これでわかりません、だったら暴れてやろうか。

 ……何を私は。自然に暴力を振るうことが頭に入っていて、自分で自分に恐怖する。それはともすれば、笑える光景なのだろうか。

「結果を言うと、あなたは規格外、よ」

「測るまでもなく弱い、ということ?」

 エイリンは首を振った。

「測れないほど強いということよ」

 私は、思わず固まった。私が、強い? なぜ? 普通、噛まれた吸血鬼は弱いというのが相場なのに。

「あなたは普通の人とは違う体なの」

「……吸血鬼、ですから」

 エイリンはまた首を振った。いや、まあ、エイリンが能力のことを言っているのはわかるのだが、それでも一応、知らないふりをしないと。

「違うのよ。あなたには攻撃や支援を増幅する力があるの」

「そうなんですか」

 普段通りに答える。エイリンは私に続きを話す。

「だからあなたは、レミリアから注がれた『吸血鬼としての力』を増幅できるだけ増幅させて、その結果、真祖もかくや、というほどの力を持つに至ったわ」

「しん、そ?」

 知らない単語だった。どんな意味を持つのだろうか。

「そう。吸血鬼の中の吸血鬼。人々の畏怖をそのまま形にしたかのような力を持つ、まさしくバケモノ。それが、真祖」

 私は、頭が殴られたような衝撃を感じた。バケモノ。私が、人から恐れられる、怪物。創造はしていたが、そんなものに、私はなってしまったのか。

「……レミリアも、真祖?」

「本人は真祖の直系を主張してるけどね」

 つまりは、違うということだ。私はレミリアよりも強くなったのだろうか。

「それからあなたは、吸血鬼の弱点の殆どをもってないから」

「え?」

「真祖は本当にバケモノだからね。太陽の光なんてちょっと熱いくらいにしか思わないし、水の中だってちょっと嫌、くらいにしか感じないわ」

 日光も大丈夫で、水の中も平気? なんだ、それは。弱点のない吸血鬼なんて、バケモノそのもの……なのか。

「治らない?」

 エイリンは黙って首を横に振った。

「あなたの場合、吸血鬼としての力や吸血鬼の血を排除しても、僅かに残ったそれらを極限まで増幅させるから、かなり強力なものをつかわないとダメなの。そして、その強力な手術や薬は、幼いあなたには耐えられないわ。吸血鬼じゃなくなった瞬間死ぬ、なんて嫌でしょ?」

「……そんな」

「ごめんなさい」

 ……これが、医者が匙を投げる、というものか。初めて経験したが、こんな経験一度としてしたくなかった。こんな絶望を味わうのか。

「……でも、吸血衝動を抑える薬くらいは処方できるわ」

「どんな薬?」

「血を吸いたい、って気持ちを少なくしてくれる薬、よ。でも、毎日三回、飲み忘れたら我を忘れるくらい飢えや渇きを感じるのだけど……」

「じゃあ、いらない」

 もし飲み忘れて、アリスに襲いかかってしまったら? そうなったら、私は家族をまた失うことになる。そんなことになるくらいなら、いくら苦しくても頑張って耐えた方がいい。

 それに、吸血衝動を抑えたところで、私がバケモノであることには変わらないのだ。

「ありがとうございました」

 私はエイリンに礼を言うと、診察室を出た。

 診察室の外ではレイセンが立っていた。ずっと待っていたのだろうか? ノーマは、どこだろう。殺された……ということはないだろう。ここの人がそんな酷いことをするとは思えない。

「アリスはこっちの部屋にいるよ。いこ、澪ちゃん」

 そう言って、案内してくれる。少し長めの廊下をしばらく歩いていると、かぐや姫とすれ違った。

「あら、この前の」

「こんにちは、姫様」

 私は挨拶をした。綺麗な、本当に美しい人。もっとずっと、見ていたい。

「永遠が欲しくてきたの?」

「え? いや、そんなことは」

「ふふふ、あなた見たところ日本人でしょ。ダメよ、遠慮しちゃ」

 そう言ってかぐや姫は袂をまさぐって、何かの薬瓶を取り出して私にくれた。

「永遠が欲しくなったら、この薬を飲みなさい。それだけで、永遠が手に入るわ」

 私は手の中にある薬瓶を見つめる。これが、永遠。これを飲むだけで、私は死なずに、母と同じにならずに済む。でも、お父さんとも会えなくなる。

 ……どうしようか。

「……姫様、ありがとうございます」

 とりあえず、もっていることにした。

「そんなかしこまらなくてもいいのよ? 私はただの居候、帝に求婚された姫、なんて過去のことよ」

 そう言って姫様は優しく微笑んでくれた。

「……そう、ですか」

 憧れ、というものは人によっては苦痛を与える。だから、口にはしなかった。

「それじゃあね。永遠を手に入れたら、とりあえず私のところに来なさいな。永遠の生き方というものを教えてあげるから」

 そう言うと姫様は私達とは違う方向へと行ってしまった。

「……綺麗な人だね、本当に」

「顔だけはね」

 どういう意味だろう。憧れはその人の人となりを知らないから抱けるもの、というのをどこかの本で読んだ。憧れを失望に変えたくない私は、レイセンに深く聞かなかった。

 レイセンは一つの部屋の前で止まると、扉を開けた。

「終わりましたよ、アリス」

 中では、退屈そうに足をぷらぷらさせていたアリスと、全身を包帯に包まれた人間がいた。

「終わったの? そう。じゃ、行きましょうか、澪」

「……お姉ちゃん、その人は?」

 アリスは怪我人に対してお父さんが私に向けたような冷たい目を向けた。

「東野よ」

「……」

 私は部屋の中に急いで入って、アリスと包帯だらけの男との間に入って、両手を広げた。

「お姉ちゃんに手を出さないで」

 でも、心の奥にいる私は、手を出して欲しいと言っていた。そうすれば、誰にも咎められることなく血が吸えるから。

 違う。私はアリスを、守りたいんだ。だから、こうしているんだ。

「……澪」

 アリスが、私を呼ぶ。

「手を出させはしない、東野」

 まだ、恐怖は消えない。ここにきた最初の日におもちゃにされかけたことが、まだ頭にこびりついている。気持ち悪くて、吐き気がする。こんな、こんな満身創痍の人間にでさえ怖いだなんて。

「……」

 私は、ふと思う。でも、最初の日と、今は違う。この恐怖を消す方法を、私は知っている。しかも、その方法は簡単だ。

「……東野。あの時の復讐、してもいい?」

 私は静かに言う。両手を下ろして、手を、物を掴む時の形にする。

「澪」

 アリスの声が聞こえる。……。

 思いとどまることができた。東野をバラバラにして、その肉を食らう衝動は消えてくれた。でも。ただで赦しはしない。

「あのとき、私は気持ち悪かった。何度舌を噛もうかと思ったくらいに。私の言葉をカケラも信じず、独りよがりな行動を続けた。あの時私の心に刻まれた恐怖を、あなたにも刻み返してあげようか」

 東野は首を振って否定する。声は出ないようだ。よほど、丹念に燃やされたのだろう。

 でも、許さない。こいつが私にしたように、私もこいつに恐怖を刻む。

「たとえ神や閻魔が許しても……私はあなたを許さない。この、強姦魔」

 吐き捨てると、アリスの手を引いて部屋の外に出る。

「それじゃ、レイセン。私は帰る。エイリンに、よろしく言っておいて」

「え、ちょっと」

 一方的に別れを告げると、私はアリスを連れて外に出た。アリスを連れて、私は歩く。

「……ずいぶん、気が大きくなったじゃない」

 竹林に入ったところで、アリスが私に言った。

「……ごめんなさい」

「責めてるわけじゃ、ないんだけどね。まぁ、いいわ。とりあえず、家に帰りましょうか」

 私は頷いた。アリスと手を繋いで、私は帰路についた。

「……ねぇ、お姉ちゃん」

「ん?」

 私は手に持っている薬を、アリスに見せる。透明な、水のような液体だった。でも粘度がとても高く、まるで水あめのようだった。

「なんのお薬?」

「かぐや姫がくれた、永遠が手に入る薬、だって」

 アリスは難しい顔をした。そんなアリスに、私は言う。

「……でも、きっと私からかわれてるんだよ。死なずにいれるだなんて、ありえないもの」

「吸血鬼だって、あなたの世界ではありえないもののはずよ?」

 私は黙った。手の中にある薬を見つめる。これを飲めば、死なずにいれる。のだろう。

「……何を迷うの?」

「これを飲めば、お父さんに会えなくなる」

 アリスはため息をついた。

「ま、気持ちはわかるけどね。飲んでほしいかな」

 私はアリスの方を見た。アリスの表情からは、何を考えているのか読めない。

「どうして、そう思うの?」

「あなたが死ななくなれば、あなたの死に様を見ずに済むわ」

「やっぱり、見たくないよね」

 人の死に様なんて、見れたものじゃない。昨日のことのように思い返せるほど、母の死に顔は凄惨だった。

「……どうしよう」

「ま、しっかり悩みなさい」

 飲む、飲まない。いくら悩んでも、答えは見えなかった。

 死にたい理由はお父さんに会いたいから。死にたくない理由は母のようになりたくないから。どちらにせよ、両親が絡んでいることに、苦笑すら浮かびそうだった。私の表情は、相変わらず変わらないけど。

「……アリスは、どうしてほしい?」

「さっき言ったじゃない」

「私が死なないと、嬉しい?」

 アリスは頷いた。新しい、この世で最も大切な人が、頷いてくれた。でも、でも、お父さんと会えなくなるのは、困る。どうする。

 そこで、思いつく。

「ねぇ、アリス」

「ん? 決めたの?」

「幻想郷で、できないことってなに?」

「ん? ……そうね、すぐには思いつかないわ」

「生き返らせることって、できるかな」

 アリスは、首を振らなかった。頷きも、しなかったけど。その反応で、私は確信する。簡単ではないだろう。けど、人を生き返らせることはできる。

「……質問の意図を、聞いてもいいかしら」

「決まってる。お父さんを、生き返らせる」

 アリスは苦い顔をした。

「いくら時間がかかっても、いつか!」

 私は決心すると、薬瓶のふたを開けて、薬を飲む。

 言葉にしたくないほど残虐な匂いがした。もし味を感じる体だったら、どんな味がするのだろう。

 とにかく、私は飲み切った。味を知らなくてよかった、と心の底から思った。

「……澪。あなたは、まだ」

「大丈夫だよ。お父さんの蘇生は気長にやるから。それよりも、これでずっと家族だね、お姉ちゃん」

 私はぎゅっと、アリスの腕を抱きしめた。

「……なんだかこそばゆいわね」

「嫌だった?」

「不快だったら振り払ってるわ」

 不快じゃない、と言われて嬉しくなる。ふと、思い出す。

「あ、そうだ。かぐや姫のところに行ってもいい?」

「どうして?」

 かぐや姫に言われたことを思い出したのだ。

「永遠の生き方を教えてくれるんだって」

「ふうん」

 アリスは立ち止まって、私の顔を見た。

「今から?」

「……だめ?」

 アリスは首を振ると永遠亭の方へと足を向けた。私も、アリスについて歩く。

「もう、あなたは永遠なのね。少し、感慨深いわ」

 アリスは僅かに微笑んだ。

「アリスは、永遠なの?」

「魔法使いだしね。それに近くはあるわ」

 ということは、アリスに先立たれることはないのだろう。きっと。

「……澪」

「何?」

「私の亡骸は、花畑に埋めて」

 私は、俯いて地面を見る。

「そんな話、しないで」

「……ごめんなさいね」

 謝ってはくれたけど、さっきの遺言じみた言葉は本心なのだろう。

「……アリス、死なないでね」

「努力するわ。全力でね」

 そう言ってくれることが、うれしかった。

 それから私たちは、永遠亭につくまで無言で歩いた。

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