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東方幻想入り 作者:コノハ

迷い込んだ世界で

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大人の外来人と私

 麗仙が小さくなって、永遠亭が見えなくなるころには、私はすっかり方向を見失ってしまっていた。

「だ、大丈夫なの、アリス」

「大丈夫よ」

 同じような景色が延々と続くここが、少し怖い。

 アリスにくっついてしばらく歩いていると、男の人を連れた女の人が視界に入った。

 男の人はスーツを着ていて、小さな鞄を下げていた。日本だったら違和感ないのだろうけど、こんな竹林じゃ不審人物に見えてしまう。

 女の人は白い長髪に、頭に大きなリボンをつけていた。白い上着に赤いオーバーオールのようなズボン。赤い瞳をしていたため、私は彼女が吸血鬼ではないかと思った。

「ん、アリスか。永遠亭の帰りか」

 けど、彼女には恐怖を感じない。むしろ暖かい人柄ではないかと想像した。

「ええ、元気みたいね、妹紅。そっちは外来人?」

「まぁな。その子もか?」

「そんなところ」

 軽く挨拶を交わすと、二人はお互いが連れてる人物が気になったらしく、すれ違う寸前で止まった。

「……よ。私は藤原妹紅。そっちは?」

「私はミオ・マーガトロイドです」

「一応、うちの妹。そっちの中年は?」

 アリスが聞くと、モコウという女性は後ろのスーツ姿の男性に目配せした。

「私は東野康介」

 そう自己紹介した彼の声は、上ずっていた。

「だから、康介、無理して気張るなって」

「黙ってくれ。早く帰してくれ。仕事があるんだ」

 気を遣ってくれたモコウに、東野は冷たくそう言った。

「あなた随分冷たいのね」

 アリスも私と同じことを思っていたようだった。

 アリスの言葉に、東野はさらに言った。

「君には関係ないだろう。それに、言葉遣いに気をつけたらどうだ? 私はこれでも、社員五千人を抱える会社の代表取締役だぞ?」

 この人、そんな上の役職の人なんだ。少し私は感心した。

「何? 暗号?」

「こいつずっとこんな調子なんだよ。どっかから電波受け取ってんのか、とか本気で思ってよ。今から永琳んとこに行くつもりだったんだ」

 もしかしてモコウは、東野が病気だとでも思っているのだろうか。その可能性は否定できないが、訂正はしておいた方がいいだろう。

「モコウさん」

「ん?」

「代表取締役というのは、日本のとある会社形態で上位に位置する役職」

「へぇ、偉いさんだったのか、あんた」

 モコウが感心したように東野を見ると、彼は偉そうに胸を張った。

「ようやく理解してくれたか。にしても君、小さいのに物知りだね。偉いぞ」

 そう言って、東野は私の頭を撫でようとした。ふと、背中に悪寒が走った。

「ありがとうございます。お気持ちはありがたいのですが、あなたの手に恐怖を感じるので、撫でるのをやめてください」

 私は一歩下がった。東野はピクリと動きを止めた。なぜだろうか、この人の手がとてつもなく怖かった。

「あはははは! なんだこのガキ! 面白い拾いもんしたな、アリス! いやぁ、愉快愉快」

 残念だったな、と言ってモコウは東野の肩を叩いた。彼は顔を赤くしてその手を振り払った。

「黙れ! なんだこの子供は! アリスと言ったか、一体どんな教育をしてるんだ!」

「いや、私に言われても」

「私は外来人です。アリスはここにいる間だけ、家族になってくれると言ってくれました。アリスを責めないで」

 私が言うと、東野はう、と言葉を詰まらせた。

「……君は何を考えてそう大人をからかうような事を言うんだ?」

「からかうなど。私は私の思ったことを伝えただけです。悪意はありません」

「何をバカな! 子供がそんな口を聞くときはな! 大人をバカにしてる時だと決まっているんだ! もっと子供らしく話せないのか!?」

 東野の言葉に心がささくれ立った。この人は、私がいた世界にいた大人と同じことを言うのか。私は間違っていない。何も嘘をついていない。

 だけど、私が間違っていると判断されてしまうのだろう、きっと。いつものように、そういうことにされるのだ。モコウも、アリスも、大人である東野のことを信じて……。

「ちょっと、あなた? さっきから随分偉そうな口を利いてるけど、ちょっとは落ち着いてモノを考えたらどう? この子みたいに」

「な、何を。君は、そんな子供の言うことを信じるのか?」

「当たり前。あなたの数倍信用に足るわ」

 アリスは、言い切ってくれた。私のことを疑いもせず、信じてくれた。

「ふん。さっきから表情一つ動かさない子供が信用に足る? 血迷ってるとしか思えん」

「……あなた、いくつ?」

「? 三十五だが」

「無駄に生きたわね」

「何をっ!?」

 アリスに、東野が掴みかかろうとした。私はアリスを後ろに引っ張って、代わりに私が前に出た。東野の前に、両手を広げて立ちはだかる。

「アリスお姉ちゃんに、手を出さないでください」

 東野は拳を振り上げた格好のまま、動かなかった。しばらくして、拳を下ろした。

「……わかった。行こう、妹紅。こんなやつらと一緒にいたくない」

「酷い言い草だな、私の知り合いに。

 ……ああ、そうだ、言い忘れてた。私はあんたを永遠亭に送り届けたら帰るんで、あとは一人でなんとかしろよ」

 永遠亭の方に足を向けた東野が、驚いたようにモコウに顔を向けた。

「何驚いてんの?」

「い、いや、まさか置いていかれるとは」

「は? なんで私があんたと行動一緒にしなきゃいけないんだよ」

 そういうと、東野は私を指さした。

「そいつだって外来人だろう? 外来人は保護するべきではないのか!?」

 モコウは呆れたように肩を落とした。

「あのな。お前……。いや、違う世界で子供も大人もないわな。

 まあ、あれだ。さっきまで持論展開してたじゃん」

「あ、ああ」

「あれが気に食わないんで、一緒に行動できない。理解したか?」

 そんな、と東野は呟いた。鬼のような形相になって、私に向かってきた。

「……」

「いい、私一人で大丈夫だよ、アリスお姉ちゃん」

 武器を持った人形を取り出したアリスを、私は手で制した。殺させるわけにはいかない。

 私のところに向かってきた東野は、私の胸ぐらを掴んで、吊り上げた。苦しくて、息がつまる。

「お前のせいで、私はこの得体の知れない場所で一人になってしまった! どうしてくれる!?」

「私のせいじゃない。あなた自身の責任」

「何だと!?」

 頬に痛みが。はたかれたのだというのは、いちいち確認しなくともわかった。

 また、この人も怒るのか。なぜ、私は大人を怒らせてしまうのだろう。大人達が言うように、私が悪いのだろうか。

「落ち着いて考えてください。あなたが彼女たちなら、どう思うかを」

「なぜお前にそんな偉そうに言われなければならない!」

 偉そうに。いつも大人達は言う。偉そうに聞こえてしまうのは、きっと私の丁寧語が間違っているせいだ。

 まだまだ、私は勉強し足りない。もっと学ばないと。

「お前が黙っていれば、私は!」

「私はその子がしゃべってくれて嬉しいけどな。危うくバカと一緒に行動するとこだった」

 モコウの言葉が嬉しいけど、今は少しそれどころではない。

「黙れ! 今私はこいつと話してるんだ!」

 胸をさらに締め上げられ、さらに痛みが増す。殺されてしまうのではないだろうか。そんな不安がわずかに生まれた。

「やめてください。話し合いましょう」

「うるさい! 大人の私が、躾けてやるのだ!」

 ギリギリと音がして、息がし辛くなる。この体を、壊させるわけにはいかない。

 この体は、母にもらった大事なものなのに。

 それに、傷がついてしまったら、またアリスが心配する。

「お、落ち着いてください。私はあなたに何もしません。悪意もありません」

「無表情で言われても、説得力などない!」

 どうすればいいのだろう?

 東野の気持ちも理解できないわけではない。この人はきっと、一人になることが怖くて、一人になってしまう原因を自分に帰結したくないから、私をこうして攻撃しているのだろう。ならば、一人でないことを示してあげれば大人しくなってくれるだろうか。

「あ、あなたは、一人ではありません」

「何を知った風なことを!」

「きっとこの幻想郷には、あなたと気が合う外来人がいるはずです、だから」

「そのばしのぎの言い訳をするな! ああ、本当に、お前を見てるとイライラする!」

 私は説得を諦めた。私では、言葉が足りなかった。なぜ、私はこうも上手く言葉を運用できないのだろう。

 もう、この人は私の言葉を聞かないだろう。全身の力を抜いて、私はただされるがままにされる。少しだけ、楽になる。

 見たところ、東野はここにくる前まではごくふつうに働いていたはずだ。今こうして私の胸ぐらをつかみ、そして首がしまっていることに気付かないのも、今まで喧嘩などしたこともなく、加減をしらないから。ならば、私が気絶すれば、殺してしまったと思うはずだ。いくらなんでも、その時点で我に帰ってくれるはず。

「……」

 どさりと、私は地面に落ちた。硬い地面にお尻が当たって痛かったけど、首を締められるよりははるかにマシだった。

 東野の方を見ると、二体の人形が彼の腕を押さえつけていた。動かしているのは、もちろんアリスだった。

「あなた、人の妹を殺そうとするんじゃないわよ」

「う、うるさい」

「因果応報。死ね」

 槍を装備した人形が一体、東野の前までふよふよと浮く。いくら小さいと言っても凶器は凶器。あんなので首なり心臓なりを刺せば、死んでしまうだろう。死なせるわけにはいかない。

 なぜか保護しているはずのモコウは見て見ぬ振りを決め込んでいるし、私がやるしかない。

 私は東野と槍人形との間に入って、東野をかばうように両手を広げた。

「どいて」

「殺さないで」

 アリスはため息をついた。

「なんでよ? あなた、後ろの彼に殺されかけたのよ?」

「この人は私を殺せない」

「根拠は?」

 私は後ろを振り向いた。東野は私がなぜかばうのか理解できないようで、呆然と私のことを見ていた。アリスの方を見て、私は自分が考えていたことを伝える。

「この人は戦闘はおろか殴り合い一つ経験したことがないはず」

「だから?」

「あのまま首を締め続けたところで、私が気絶した時点で殺したと思って手を離す」

「……ま、そうかもね」

 アリスはそう言ってくれた。ほっと、私は息をついた。

「でも、そいつ、それでは納得しないみたいよ?」

 アリスに言われて、後ろを振り向く。

「私をそんな風に見ていたのか。大人をなめるのも大概にしろ」

「……私、あなたを守ろうと」

「うるさい! お前のようなガキに守られんでも、私は一人でなんとかなった! 勝手なマネをするな!」

 この人は何を言っているのだろう。何か勝算でもあるのだろうか。私が恐れずに槍人形の前に出てこれているのは、アリスは私を守るために力を振るってくれていると信じているからだ。もしアリスが敵なら、私は全てを投げ出してでも命乞いをするだろう。

 この人は、勝つつもりなのだろうか。勝てるつもりなのだろうか。

「……戦うつもりなの? アリスと?」

「なぜそんな目で見る! 大人をなめるな!」

「もういいかげんにしろよ、康介」

 今まで傍観していたモコウが、ようやく口を開いた。東野はモコウの方を見た。モコウは東野の目を見て、それから嫌味たっぷりに嘲笑った。

「お前、ほんっとに滑稽だな」

「な、何が」

「元の世界でのプライドか? おーやだやだ。偉いさんになると、自ら命を捨ててでも守るべきプライドがあるんだねぇ」

「何を言っている!?」

 東野にまるでとりあわず、モコウは私を見た。

「どいてやれよ」

「でも、どいてしまったらこの人は死んでしまう」

「別にいいだろ。こいつ、お前の家族か?」

 私は首を振った。この人が私の家族かと思うと、吐き気がする。

「じゃあ、ほっとけよ」

「私はもう人の死体を見たくない」

 モコウは深くため息をついた。

「気持ちはすげーよくわかる。ホント、痛いくらいにな。

 でも、割り切れよ。いや、そりゃ最初は無理だろうよ。でも、一回だけだ。一回、敵が死ぬのを見逃すだけでいいんだよ。な? 目を閉じて、一歩下がれ。そうすりゃ、お前の敵はいなくなる」

「ここを動いて、そしてこの人が死んだら、私が殺したようなもの」

 妙に優しいモコウが気になったが、構わず私は続けた。

「……あのな。殺すのはお前じゃねえ。アリスだ」

「なら、なおさら。私は家族に人を殺して欲しくない」

「お前のためだぞ?」

「それでも」

 私はアリスを見た。アリスは呆れ返った様子で私を見た。

「アリスお姉ちゃん、お願い。この人を見逃してあげて」

「……あなたは、それでいいのね全く、お人好しね」

 頷く。槍人形と東野を拘束していた人形がアリスの元へと帰って行く。

「だいじょう……」

 後ろを振り向くと、東野が私を捕まえようと、両腕を広げていた。それから私は精一杯抵抗しようと思ったけれど、身動きを取る前に捕まっていた。腕を首に巻きつけるようにして回されているため、私は動けない。こんな状態では、何もできない。

「ははは、さようならだ康介。ホント、澪に感謝だよ。クズと行動することになりかけた」

 モコウの手のひらから、煌々と燃える拳大の火の玉があった。

「ち、近づくな、私に手を出すな! こ、この娘がどうなってもいいのか!」

「お前、自分が燃え尽きる前に祈る以外の何かができるとでも思ってんのか?」

 モコウは火の玉を東野にぶつけようと、思い切りふりかぶった。

「待って、妹紅」

「なんだよ。お前も澪と同じ考えか?」

「違うわ。万が一にも澪に引火したら、澪が死ぬわ」

「……は?」

 アリスは私の能力のことを言っているのだろう。私は知らない振りをするしかない。

「とにかく、澪に全く当てない自信があるなら、やってちょうだい」

「いや、無理だし。髪ちょっと焼いても大丈夫だよな、って言おうと思ってたんだが」

「女の命に何するつもりだったのよ、全く。で、どうやって始末する?」

 アリスとモコウはまるで冗談でも飛ばしあっているような雰囲気で会話する。私は別に構わないのだけど、東野は違うみたい。

「お、お前らふざけるな! い、いいか!? 私が逃げるまで手を出すなよ!?」

「とか言ってるけど。……やっぱり私がやるしかないわね。死になさい」

 アリス後ろから魔方陣が現れ、そこからいくつもの人形が出てくる。それは全て凶悪な武器で武装されていた。

「アリスお姉ちゃん」

「すぐ助けてあげる。目を閉じて」

 ……さすがに、連れ去られたら何をされるかわからない。ここは、割り切るしかないのだろうか。

 自分の命と東野の命、どちらを優先させるべきだろうか……。

 私には、ついに判別がつかなかった。だから、黙った。アリスに任せることを選んだ。アリスの言うとおり、私は目を閉じた。

「よし、よく選んだわ、澪」

 ひゅんひゅんと周りに何かが飛ぶ音がする。これで、私は十字架を背負うことになるのだろうか。

 そう思っていたら、ぐい、と思い切り首が締まって、振り回されるような感覚がしたあと、お腹に突き刺さるような痛みが走った。

 目を開けて、疑問に思う。どういうことだろう。なぜ私は、アリスの人形に刺されているのだろう。

「は、はははは! 私ではない、お前が刺したのだ! こ、これでわかっただろう! わかったら、私に手を出すな!」

 アリスの人形の動きが止まった。そうか、私は盾に使われたのか。

 なんてふがいない。私の存在が、アリスの枷になっている。なぜ、私ごと攻撃しないのだろう。決心がつかないのだろうか。

「アリスお姉ちゃん、私に構わず」

「……」

 アリスは何も言わず呆然と立っていた。なぜ。どうして今、何もしてくれないの。

 ゆっくりと、アリスと私の距離が遠ざかる。そして、離れる速度はだんだんと早くなってくる。

「……助けて」

 アリスの姿が完全に消える直前、私はアリスの方へと手を伸ばした。

 星をつかもうと夜空に手を伸ばしているような気分になった。

 アリスはきっと、私を探してくれる。もし切り捨てられたら、その時はその時だ。

 連れ去られている最中も、私は考えることをやめない。

 どうやって逃げ出すか。力では及ばない。脚力も相手の方が強い。思考力も、何もかもが私の上を行く。そんな大人から、一体どうすれば生き延びられるか。

 私はそんなことをかんがえながら、ただ連れ去られるがままに身を任せた。無駄に抵抗して殺されるわけにはいかないのだ。

 殺されさえしなければ、生きて帰れさえすれば、それでいい。

 私は、必死に逃げ出す東野を見た。

 その顔は怯えと恐れに染まっていた。それは、今こうして人質になっている私の心境と非常に良く似ていた。


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