感情の変化と私
アリスに相談しようにも、どう切り出せばいいかを悩んでいる内に、私はついにその機会を逃してしまった。つまり、私はレミリアに対する好意を消したくないと思うほどになっていた。
レミリアに会えない寂しさを感じながら、紅魔館を出てしばらく歩いたところで、神社から素足のまま歩き通しの私の体に限界が来た。足から力が抜け、砂利だらけの道に思い切り膝をついてしまう。
「澪、大丈夫!?」
アリスが私の顔を覗き込んでいた。これがレミリアの顔だったらどれほどよかっただろうか。
そう心の底から願う自分が恐ろしかった。一体、何をされたのだ、私は。
「大丈夫。足から力が抜けただけ。何も問題はない」
「大有りよ! ……って、あなた」
私を覗き込むアリスが、驚愕に目を丸くした。
「あなた、目が」
「どうしたの?」
紅い。そう言われて喜びを感じたのは、レミリアに好意を寄せる自分だった。絶望を感じたのが、冷静な自分だった。
「目が、紅い」
「そう、真っ赤よ? ……さっきレミリアに何かされたの?」
「多分」
アリスの肩を借りて、立ち上がる。足の裏が痛むが、この痛みは覚悟していてので、もはや問題ではない。問題なのはむしろ、もはや恋心や、愛と呼べるほど強まったレミリアへの好意だった。まさか、人間の男性に恋する前に吸血鬼の女の子に恋をするなんて。なんて、数奇な。
「何をされたの? 今、どんな感じ? 説明できる?」
「……わからない」
「わからない?」
「何をされてるのかは、わからない。でも、どんな感じかは説明できる。曖昧な表現を含むかも。いい?」
頷いてくれたアリスに、私は必死で伝えようと決める。今しかない。今伝えなければ、私の心は彼女でいっぱいになって、彼女以外の何も考えられなくなるかもしれない。
歩こうとして、アリスに止められた。
「無理しなくていいから、早く話して」
「……わかった」
私は口を開いた。
「あの時、レミリアに会ってから私の心が激変している」
「……激変?」
頷いて、続きを話す。
「具体的には言えないけど、レミリアを求めてる。際限のない気持ちが心の奥から湧き上がってきて、頭の中が溢れてしまいそう。このままでは、彼女のこと以外何も考えられない人形のようになってしまうかもしれない」
「……そんな、レミリアが、そんなことを? あなた大丈夫なの?」
私は首を振った。素直な、でもかなりワガママな気持ちを伝える。多分、冷静な自分が頭から追い出された時点で、恐れている瞬間は訪れる。だから、その前に。
「アリス」
「な、何かしら」
会ってからあまり経っていないアリス。私が、こんなことを言っていいのか。悩むけど、言わなければ。今、ここで。
「助けて」
ピクリと、自分の体が震えた。レミリアに対する愛情が、弾けたように強まった。急な感情の変化を、私は受け止めきれなかった。その場で蹲ると、今こうして冷静に考えている自分を必死に保とうと努力する。
「澪!? ……あのドラキュラ! やっていいことと悪いことが……!」
ドラキュラ。そんな蔑称のような呼称でレミリアを呼ばれたことが、非常に腹立たしく思う。そう思った自分を見限りたい気持ちを抑えて、ひたすらに溢れる感情から冷静な自分を守る。
「……永遠亭しかないか。澪、急ぐわよ。怖いけど、耐えてね」
そう言うと、私は宙に浮いた。急に空に浮かされたというのに、もう恐怖すら感じなくなっている。目を閉じればレミリアが思い浮かび、目を開ければ驚くような早さで景色が流れていく。
森を行き、竹の林を飛んで抜けた先にあったのは、小さな庵のような家だった。
「永琳! 急患!」
ドタバタと慌ただしいくらいに急いだ様子の着地に、庵の中から左右非対称の色をした奇怪な服をした女の人と、ウサギ耳をつけた女子高生のような格好をした女の人が出てきた。
「アリス、急患って……。その子の足? 大したことないわ。化膿してるけど消毒すれば……」
「この子、レミリアに何かされたみたいなの! 助けてあげて!」
もはやどうでもよくなった足の傷を言ったエイリンという女性に、アリスは私を差し出すようにして見せながら言った。
「あら、この子の目……」
「何? わかったの?」
頷いたエイリンは、静かに私の症状を的確に告げた。
「魅了されかかってるわ、この子。確かに急患ね。じゃ、処置するからアリスは居間で待ってて」
そう言って、私はエイリンに受け渡された。……もう、限界が近い。
「……よ、よろし、く、お願い……します」
「ええ、わかったわ。よく耐えたわね。偉いわ」
ニコリと笑ったエイリンを最後に、私は耐えきれなくなって、冷静な自分を失った。
でももう大丈夫。そう思えた。