ある獣人傭兵の手記

8話

「だめーっ!」俺の首に切っ先が突きつけられた時だった。  王との間に立ちはだかって、両手を大きく広げた小さなその姿……チビだ、なんでお前……  だが、そんな抵抗にあっても奴の剣はピクリとも動かなかった。 「おとうたんきっちゃだめ!」  チビのその一声に、あたりが一斉に静まり返った。  あんだけ俺を殺せだの斬れだの騒いでいた野郎どもが……全員だ。 「チビ……」そして俺もこれ以上は言えなかった。  そういえば、こいつの……チビの背中って今までほとんど見てなかった気がする。  いつも頼りなさそうな上目遣いで、俺のことをじっと見つめていた。  そんなチビが、俺を守ってくれている。  小さな背中が、足元が怖さでガタガタと震えている。だがチビだってやっぱり怖いんだ。 「おとうたんわるいことしてないもん! まいにちそとであそんでくれるし、いっしょにめしくうし、おべんきょうだってしてくれるし、それに、それに……」  涙でぐずついた声が漏れ出る。 「おとうたんはせかいでいちばんつよいんだもん!!!」  ひときわ大きな声が空間を揺るがした。この小さな身体にそぐわないほどの、頭の中までキンキンするほどのでかい声で。  そしてその声に折れたのか、王の剣がゆっくりと下がった。 「……坊主」対する王の優しい声。さっきとは全然違う。 「お父さんのことは大好きか?」  その言葉に、チビは黙ってうなづいた。 「どのくらい大好きだ?」 「うん……えっ、と……」  しばらく考えたのち、チビは口を開いた。 「おうさまよりだいすき!」  その言葉に、周りの騎士から貴族連中から、どっと笑いが起きた。  だが、それ以上にガハハと大口で笑っているのが一人。  そう、ずっと不機嫌な顔でいたあの王が、だ。  チビの声より、さらに大きく響く豪快な笑いで。  その姿に俺とチビだけは呆気に取られていた。 「参った、俺の負けだ。降参だ」  チビの前で王はドン! と座り込んだ。なんなんだいったい? 「いや、ラッシュ……おまえとの勝負には勝ったが、坊主には負けた……ってことかな」  リオネングで一番偉い男、王様が、あろうことか俺たちの前であぐらをかいている。  チビのおかげで俺は勝てたのか……? まだイマイチ王の言っていることが分からないままだ。 「すまなかったな、お前を試そうとして」 「え?」その言葉に、つい俺は変な声を上げてしまった。  じゃあ、この一対一の戦いっていうのは一体⁉ と言いたかったんだが。鼻血がひどくてここまで話すのがやっとだった。 「お前を呼びつけて色々話そうとしたのは本当のことだ。だが私はお前を処刑しようとするつもりは毛頭なかった、全ては……」  王はまた不機嫌な目で、周りの貴族どもを……いや、さっきまで俺を殺さんと囃し立てていた観客をにらみつけた。 「ここに集まっている馬鹿どもを、とにかく黙らせたかっただけだ」