やはり俺がここに入ってきたときに感じた、既視感ってヤツ。 闘技場だ。俺を裁くために王と一騎打ち。これはまるで罠にでもかけられたみたいだ…… 支度を終えると、ずっと静まりかえっていた貴族連中がざわざわと騒ぎはじめてきた。そばで見守っていた騎士の奴らも。 みんな、こいつが俺の心臓に剣を突き立てることに期待しているのかな。 俺の味方はここにいるチビ一人だけだし。きっとここも血なまぐさい場所になるだろう。そんなモンこいつには見せたくないし。 「ううん、おとうたんが戦うとこ見てたい」 チビを外へと連れだそうと手を引いたとき、俺の思いとは逆にここから離れようとはしなかった。 「おとうたん絶対に勝つもん!」 そか、そういやこいつ見てたんだっけ、俺のことを。 ボロボロになって戦っている俺のことを。 あの大雨の中。 「本当にいいのか?」最後に告げた言葉に、あいつは俺の目をしっかりと見据え、うん! と力強くうなづいた。 「貴様の子供か? それにしては毛も生えとらんし、全然似ても似つかないな」嫌み交じりに話してきたルノートの顔をにらみつけて黙らせた。 チビは特別なガキなんだ。なんとかの始祖……と言いたかったがそこはガマン。これがバレたら結構ヤバいしな。 群衆の声が大きくなりはじめた。全員が王を称えている。 そんな中あいつはというと、未だに剣を鞘から抜いてすらいない。なんなんだこの余裕っぷり。 開始の声もそこそこに、俺は王の脳天めがけ、思い切り斧を振り下ろした。 ……………… ………… …… が、かすりすらしなかった。こいつ全然動いてもいないのに。 空を切った白銀の刃は、赤い絨毯に深々と突き刺さっていた。 「え……?」思わず変な声が。 体勢を立て直し、もう一度全力で振り下ろす…… 突き上げ、横凪ぎ、蹴り、タックル…… って、なぜだ!? こいつは。王はさっきっから剣も抜かずただ突っ立っている、俺の渾身の斬りも、技も全然ダメだ。まるで空気をつかむかのような手応えのなさ。 ワケわからねえ……この野郎、マジメに俺と戦う気あんのか!? 「どうした? もう息が上がったのか」 飄々とした王の言葉に、おれはうるせえとしか返すことができなかった。 もう一度、もう一度! だが何回踏み込んでも、ひょいひょいと軽妙にかわすだけ。 くっそ! やる気あるのか! そうこうしているうちに、俺の心臓がバクバク音を立てているのが聞こえた。ゲイルとの戦いを終えて以来、どのくらいブッ倒れていたんだっけか……その分俺の身体はナマっちまってる。 いつもより早く息が上がる……これじゃあっちの思うままだ。 なにか策を考えないと…… 「ふん、無い知恵を振り絞ってからに、お前に策なんぞ練れるのか?」 こいつは挑発だ、乗るんじゃねえ俺! 手が止まってしばらくすると、群衆がどっとヤジを飛ばして来やがった。 ーこいつの息のを止めろ! ー王に逆らった奴なんかさっさと殺せ! その声はだんだん大きくなり、俺の頭の中でガンガン暴れ回ってきた。 弱気になるな……俺! そうとも、劣勢に陥ったことなんて今まで何回もあったじゃないか。 でもあの時は、周りには仲間とはいえないけれども友軍がいた。一応の仲間。ああ、なんでだ……今はどうして俺だけがここまで攻められなきゃならねえんだ。 いや、獣人である俺が、だ。 ラッシュとしての俺じゃない、獣人だからここまでボロクソに言われてるのか。 どうして、ここまで……! ーおとうたん! 負の心の声が響く頭の中で、ふと、チビの小さな声が聞こえた。 水滴がぽつりと静寂を打ち破るかのように。 ーがんばっておとうたん! 振り向くと、チビが一生懸命に声を上げていた、がんばれ、がんばれ……って。 ああ、そうだっけ、俺はただ一人の獣人じゃないんだよな。 でもこいつは人間だ、だけど……このクソ野郎たちしかいない中で、たった一人の俺の味方であり、仲間なんだ! 「お前の唯一の味方……か」 まるで俺の心の中を読みとっているかのような、王のその言葉。 あいつがゆっくりと歩み寄ってきた、今度はそっちの番か!? 「今のお前のその姿……ガンデの奴が生きてたら、なんて言うだろうな」 ガンデ……? ちょっと待て、ガンデって、それ俺の親方の名前じゃねえか! なんで、あんたが親方の名前を知ってるんだ!? 「知りたいか、ラッシュ」 そして、ゆっくりと口を開く…… 「ガンデと私は、共に同じ村で育った親友であり、そして……」 いつの間にか王の顔からは、あの険しさが消えていた。 「戦友だった……」
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八雲椛
八百十三
綾瀬アヤト
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