ルノートっていうこのいけ好かねえヤツの言うことを、俺は我慢しながら黙って聞くことにした。この王子が止めてくれなかったら、恐らくこの場で殴り殺していただろう。 さて、ここに連れてこられた理由。 つまりはこうだ。俺の鼻面についている十字傷……そう、とっくの昔に死んでいるはずの狼聖母ディナレが現れて、加護と一緒にこの傷を付けてくれたアレだ。 どうもこの城では、だいぶ前からディナレの加護を受けた奴が居たってことでいろいろと噂がでていたらしい。 で、ようやくそれが俺なんじゃないかってことで、ここに呼ぼうか呼ぶまいか議論されていたとか。 どうも、このディナレの歴史における立ち位置は、リオネングのお偉い連中どもの間で真っ二つに分かれているんだ。 ディナレを聖女として崇めている方……つまり、俺が以前足を運んだ教会、あそこの人間を筆頭としている派閥。 それと、彼女を全ての災いの根元として忌み嫌っている派だ。おまけにこの連中はディナレ、ひいては獣人そのものを「災厄を呼ぶもの」と信じているんだそうだ。 追い打ちをかけるように、こいつらは年々支持者を増やしているらしい。 まあ、リオネングも一枚岩じゃねえってことだ。 今んとこは王様たちも中立を保っているから表だったトラブルは起きていないって言う話だが……今回のゲイルの一件が引き金になり、こいつらたまっていた怒りが爆発した。 「獣人傭兵、ラッシュは災厄の聖母ディナレの生まれ変わりだ」 そう、それで俺をここに引きずり出し、処刑しろ……と。 だが、それに異を唱えたのは他でもない、この王子だ。 「まだ分からないのかルノート。この長きにわたるオコニドとの戦いに終止符を打ってくれたのは彼であることを!」 「しかし王子……こやつは新たな火種であるマシャンバルと内通をしているとの噂も出ているではありませぬか。疑わしき存在はことごとく罰せよと申されたのは、王子……あなた様では?」 ルノートが上目遣いに王子を見据え、早口でまくし立てている。 あ、言われずとも分かる。この野郎は反ディナレ派だっていうことはな。 王子の顔にかげりが見えた。 「ラッシュ、貴様は敵国マシャンバルの将軍ゲイル、そしてその妻であるティディとの間に浅からぬ関係があると伺っておるぞ。よもやそれは違うとは言わせぬぞ」 戦友とは言わないまでも、俺とゲイルは短い期間ではあったが一応ギルド仲間ではあったし、ティディとは……あいつとは結婚までしちまったし。 ………… ……って、ゲイルの妻がティディ!? どういうことだ! 「分かるか? 貴様は新たな戦争のきっかけを、ここリオネングにもたらしてしまったのだぞ」 「だから俺の存在そのものが災厄ってことか……オコニドとの戦争を作っちまったディナレのように」ルノートは黙って首を縦に振った。 「おとうたん……どうなっちゃうの?」胸の中で心配そうに見ていたチビが声を上げた。 「さっき言ったとおりだ。我が国に背いた重大な罪。死をもって償え」 ルノートのその言葉に、周りで見ていた連中が一斉に声を張り上げた。 ーそうだ! 死刑だ! ー奴はマシャンバルのスパイだったんだ! ーさっさと死刑にしろ! 獣人の分際で人間に逆らうな! だんだんと声は大きくなり、この大きな部屋を埋め尽くすまでになっていった。 だけど……不思議と俺の心の中は落ち着いていた。 なるほどな、結局は獣人だからってことにされるワケか。 俺が初めて仕事に行ったとき、そしてこの城に初めて出向いたとき……そう、あの突き刺さるような視線は何年経っても変わらないまま。 おまえら人間と違うってだけでこの有様だ。 なんだったんだろうな、俺が今まで生きてきた意味って。 「静まれ!!!」 突然の言葉に、瞬時に群衆が静まりかえった。 咳払い一つさえ聞こえない。そう、一斉にだ。 その声を発したのは……王子じゃなかった。 もっと年をとった男の声。王子の隣にいる、苦い薬を飲んだような不機嫌極まりないツラ構えをしている王だ。 静寂の中ゆっくりと立ち上がり、王は俺の元へと歩み寄ってきた。 そして、俺の前でこう言った。 「ラッシュとか言ったな……今からこの私と戦え」 「な……に?」
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八百十三
綾瀬アヤト
いけお
海音(かいね)
2019年10月25日 18時00分
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