さてさて……そんな中あれこれ侍女の連中にそれとなく聞いたところ、だ。 リオネングの今の偉い奴ーつまりは王様ーの名前は「リブス五世」と言うそうだ。そしてこいつのあだ名は「沈黙王」。 その名の通り、死んでるのかと思っちまうくらいの無口で、人前に姿を現しても、基本は息子の王子が代弁を勤めているんだとか。 気難しい顔で何度かゆっくりうなづくだけ。賢王ということは臣下や街の人たちに知れ渡ってはいるものの、いつも眉間に深いシワを寄せていて、近づきがたい雰囲気を醸し出している……それがここで聞いた全てのことだ。 年齢は50後半。親方も生きてたらそのくらいになっていただろうな。 例に漏れず、この騎士の野郎も王様がしゃべっているところは一度もないそうだ。 「くれぐれも、王の機嫌に障るような振る舞い、言動を犯さないように」 って念を押された俺は、逆に怒らせたらどうなるんだと聞き返してみた。 「ならばいつも貴様がやっているように試してみるがいいさ」 そっか、そう答えざるを得ないよな。 しかし、俺はこれから一体どんな裁きを受けるのだろうか…… 鞭打ちとかならまだ耐えられそうな気もしないでもないが、その場で首を落とされたりとかとなると……そうなってしまうと、やはりチビや俺と一緒にいた連中も同罪になるんだろうか。 まあ、あの世に行ってトガリやアスティに詫びるっていうのも悪くはないかな。なんていろいろ考えてたら、いつしか目の前に巨大な扉が。 金で縁取られた豪華な作りしてやがる。さすがは王様のいる城だな。 「ここからは一人でいけ」とは言うものの、やはりチビは放ってはおけないので、いつも通り俺は抱っこした。 ……相変わらずの心配そうな目で、チビは俺をじっと見続けている。 「おとうたん、こわくない?」 いや俺だってめちゃくちゃ怖いさ。王様に会うだなんて人生初だしな。 だけど、今俺の胸の中はとっても落ち着けてるんだ。 不思議だよな。これから俺は死ぬかも知れねえっていうのに。 さっきまで、ふざけるんじゃねえバカとしか頭の中にはなかったんだぜ。 親方もトガリももうこの世にいないからか? ゲイルの野郎を負かしたからか? それとも、ケッコンっていうのができたからか? ……あれこれ考えていてもどうにもならないし、俺はそのまま一歩歩みを進めた。 「いいのか? 子供も一緒で」 悪いな、こいつは俺にぴったりとくっついたまま離れねえんだ……と、最後に騎士の野郎と会話を交え、俺とチビは追うという巨大な怪物が待っている広間へと向かった。 気のせいかな、前を見続けているチビの顔が、急に凛々しく……いや、かっこよく思えてきた。さっきまで情けない顔していたのに。 もしかしたら俺らはこれでおしまいかも知れないのにな…… なんて思うと、ふとチビを抱いている俺の手にもぐっと力が入ってきた。 相変わらずふわふわとした気持ちの悪い触感のじゅうたん。同じように鼻の奥の方に重くのしかかるいろんな種類の香水の臭い…… ああ、分かる。中にいる連中はみんなアホみてえな金持ちの人間どもだってこと。何十人もの奴らが俺のことをじーっと見てる。まるでさらし者みたいだ。 「来たか、傭兵ラッシュ」俺の前には、分厚い本を小脇に携えた中年の痩せた男が、俺の方をいっさい見ずに話しかけている。こいつも獣人嫌いなのかな。 いや違う。こいつもそうだ、みんなそうだ。 俺が初めてこの仕事をやった時から感じていたピリピリする視線、雰囲気……どっかの遺跡だかで目にした闘技場ってヤツだったかな。そこで戦わせられる奴隷の戦士ってところか。飾りの重そうな服を着た金持ちどもにじっと見られて…… 「本来ならば貴様のような獣人風情が王に会われることなぞ……」 「ルノート、言葉が過ぎるぞ!」 周りが瞬時にざわついた。 前方へとまっすぐ延びている真っ赤な絨毯のさらにずっと奥。そこには上り階段が続いていた。 その先にそいつがいた。 痩せ男の言葉を遮った、凛とした声の若い男……ルースやトガリとかと同じくらいの年齢だろうか。金色のカールがかった髪の毛が、いかにも王様っぽい雰囲気を出している。 その隣には……うん、一発で分かる。機嫌の悪そうな顔をしたヤツが。 こいつがリオネングの王子と王様か。
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綾瀬アヤト
八百十三
いけお
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