ある獣人傭兵の手記

39話

 ゲイルの両手をダメにした程度じゃ俺の怒りは到底治まることがなかった。  止められない怒りってこと自体、生まれて初めて……そうだ。仲間とか、友達とか、愛する人とか俺には何もなかった。唯一親方だけが全てな俺だった。  そんな仲間を立て続けに殺された。アスティとトガリが……それもあっさりと。  親方が死んだ時と同じくらいに俺は叫びたかった。  だが叫ぶ声が枯れた代わりに、今は抑えようのない怒りが俺の身体を支えている。 「な、な、落ち着けよラッシュ。俺もう両手がないんだぜ、これ以上もう戦えないし……な」  この期に及んで薄ら笑いを浮かべて命乞いか。ふざけんな。その態度が許せねえんだ!  応えることなく俺はゲイルの顔面に拳を叩きこんだ。何度も何度も。  どうせまた腕は生えてくるんだろうが、どこぞの王様にもらった力で。  だから俺は容赦することなんて全然考えなかった。恐らくこいつを殺したって俺の気持ちは晴れることはないだろう。  ジールもティディも部屋の隅で倒れていた。俺が意識を失っている間に恐らく力を使い果たしたんだろう。  ああ、もう俺には誰もいないんだ。止める存在も、泣いてくれる存在も……だから、俺もここで…… 「やめて! おとうたん!!」  聞き覚えのある声が突然、豪雨の中から聞こえた。耳がおかしくなっちまうくらいの雨の音の中、その声だけが、はっきりと。 「おとうたん……」チビだ、チビの声だ!  振り向くとそこには、ぐったりとしたルースの肩を支えているチビの姿が。  そうか、さっきゲイルの腕を斬り落とした時、逃げ出すことができたのか。 「ラッシュ……さん、そこまでです……」ゲイルに殴り飛ばされたときにもう死んじまったとばかり思っていたが……だが左腕は力なくぶらりと垂れ下がり、洗濯したての服のような白い毛は血と泥に汚れていた。 「奴は、殺しちゃダメです……」チビの手を離れたルースが、ふらふらと俺の元へとやってきた。 「なんでだ? こいつはトガリを、アスティを殺したんだぞ! それなのになぜ殺しちゃいけねえんだ!」 「それが、条件なんです……」 「条件……?」  そうか……そういや、騎士団連中連れてきたとき、こいつはなにか言ってたっけ。だがそれ以上のことなんて今はもう思い出せない。 「リオネング王直属の騎士団を動かせられるなんて、いくら私にでも無理なことでした。だけど、だけどラッシュさんだけじゃオコニドの何千もの兵と戦うなんてそれ以上に無謀なこと。だから僕は直訴したんです、王子と……」 「条件付きで、ってことか……」その言葉にルースは小さくうなづいた。 「一つはゲイル、そしてティディの身柄を引き渡すこと。そしてもう一つは……」  オイ待てよ、ゲイルはまだいいとして、ティディも、なんで……⁉  そう言おうとした俺の言葉をさえぎり、ルースは雨音にかき消されそうなほど小さな声で、ポツリとつぶやいた。 「ラッシュさん……あなたを《リオネングの厄災》として刑に処することです」

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