ある獣人傭兵の手記

34話

「この子は、マシャンバルの祖の血を引く子なんだ」 「で、祖ってなんだ?」 「うん。つまりチビはマシャンバル人。だけどもあたしより、父君ディズウよりずっと血が濃いんだ。言うなれば……」  俺の問いかけに、ティディは大きく息を吐きながら答えた。 「まじりっけナシの、本物のマシャンバル人……いうなればこの世界で最も忌まわむべき存在にして、最も神聖な存在」  だんだん言ってることが分からなくなってきた。忌み嫌われてるのか、それとも尊いのか…… 「神王様はこいつの力を欲しているってことさ。こいつの、チビの血を手に入れることによって、あのお方は真のマシャンバルになることができるんだ。肉体も、さらには忌むべき力も!」 「チビの力……?」 「ラッシュとルースはチビの力を知ってるはず」言われてふっと思い出した。もしかして、教会の前で俺とルースが襲われて重傷を負った時か。けれども直後に何もなかったアレか。胸を貫かれて死んだと思っていたルースまで生きていたあれが、チビの力だというのか⁉ 「まだ無意識だったと思う……けど、すでにチビは力を使えるの。自分を守ってくれている人を護るための……だけどそれは自然の摂理に反した禁忌の力」 「そうだラッシュ。お前のバカな頭でも分かっただろ? 何が起こったかが。こいつの力は……」 「治癒……とか、死んだ奴を生き返らしちまう力か?」  ティディは大きく首を横に振った。 「事象を無にするんだ。あったことをなかったことに……そう、ルースは死んだけど、死んでなかったことになった」  理解できねえ、全然だ。すでに起きちまったことをなかったことに……って、そんなことまず有り得ねえことだ。 「ってことだ。正直もう姫様は必要ねえ。チビだけ頂いて俺はマシャンバルへと一足先に帰らせてもらうさ」 「だめ!」ダガーを抜き、またティディは一歩ずつゲイルの元へと近づいていった。 「チビは返してもらう、例えゲイルと刺し違えてでも」  危険だ、あいつは……ティディは死ぬ気だ! 俺と違ってゲイルの野郎はまだまだ有り余るほどの力を持っている、ティディ一人じゃ絶対に勝てない!  だが、もう正直手の指一本動かす力だって残ってねえ。こんな時にかぎって、くそっ! 「チビは……返してもらう!」  雨の轟音の中、聞きなれた誰かの声が耳に飛び込んできた。これは親方……ジャエス親方か⁉ 「おやっさ……!」崩れて積み重なったテーブルを踏み台にして、ジャエス親方はゲイルの背後から大槌の一撃を浴びせた。  ゴッ、と鈍い音を立てて、醜く膨れ上がったゲイルの頭部が大きくへこむ。 「があああああああああああああああああああああああああ! このジジイいいいいいいいいい!」  だが親方の渾身の一撃もこの異形と化したゲイルには全く通じなかったようだった。  もう一撃浴びせようとした親方の小柄な身体を、筋肉の塊のような右腕が包むように掴んだ。チビと同様に。 「ジジイいいい! 死んだンじゃなかったのかァァァァァァ!」ぎしぎしと親方の骨のきしむ音が聞こえる。 「……ん? あ、いや、そっか……もう話してもいいか。どうせもう俺このまま帰るしな」  つい今まで怒りの形相をしていたゲイルが突然、微笑んだ。なんなんだコイツ一体。怒ったり笑ったり…… 「この前話したよなラッシュ。ガンデ親方がなぜ死んだか理由を教えてやるって、な」  そうだ、思い出した。このクソ野郎が話していた交換条件。親方がなぜ死んだかっていうことを。  ずっと、ずっと俺は老衰だとばかり聞かされていた。年を取ると人間も生き物もみんな細く弱く白くなっちまうんだって。  だが、そうじゃなかった。ゲイルいわく、親方は…… 「ゲイル、お前まさか、あのことを知っ……⁉」ゲイルの右腕に捕まれたジャエス親方の顔が、焦りで引き攣っていた。 「おうよ、そういうことだ。ガンデ親方はな……」 「お、おいゲイル、つまり、まさかジャエス親方が殺し……」 「それ言うと思ったわ。残念だな。お前の答えは大間違い。親方を殺したのはな……」  誰なんだ……ジャエス親方じゃないとしたらいったい……⁉  ゲイルはポイとゴミのようにジャエス親方を放り捨て、その丸太のような人差し指で、俺をぐっと指さした。 「お前だよ、ラッシュ」

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