奇声を上げて、オコニド兵が次々と俺の方へと集まってくる。前後左右、とにかく俺を取り囲むように。 斧を長く持ち替え、渾身の力でブン! とひと回しすると、たちまちのうちにやつらは血肉の塊へと姿を変えた。 疲れと身体じゅうの痛みで意識が消えかかる、だがこんなのはガキの頃から味わってきたことだ。まだまだこれからだ。 目指す一点に向けて走り抜け、立ちふさがる奴らはとにかく切り捨てていくのみ、前の見えない出口に向かって。 「そうだ……意識を俺の方に向けろ、町の方へ行くんじゃねえ!」と荒い息の中から独り言が漏れた。 ちらりと振り返ると、血塗られた一本道にティディはいなかった。全く、あいつまた違う方向行っちまったか。なんて思ったり。 今度は上を見上げてみる、さっきまで雲一つない空だったのが、みるみるうちにどす黒い雲が覆い始めてきた。 降るな……それも雷を伴った土砂降りかもしれない。 また意識を無にして斬り進むうち、ついに……ついに俺たちの住む町が、高い塀と門が目に入ってきた。 大丈夫だ、まだ奴らは攻め込んじゃいない。だけど俺らの……ルースの姿も見えなかった。 やっぱり、お偉いさん方に願いは通らなかったか。 「ふん、ようやくお出ましになったか。その身体でよくここまでたどり着けたな」 俺の真ん前に再び姿を現したのは、誰でもない、人の姿へと姿を変えつつあるゲイルだった。 あの時投げつけた爆弾が効いたのか、右腕は肘から先が失われ、顔の右半分も大きくえぐれたようになっていた。 「……つーか、お前、もそんな姿で……よく生きて、いられるな」息が苦しくて、これだけ話すのがやっとだ。 「お前、あの爆弾みてえなものになんか混ぜたろ? おかげで回復が全然進まねえ」 「かい……ふく?」 「……まだ教えてなかったか。俺のこの身体は人間になるためでもあったんだがな、もう一つ、不死身にもなれるんだ」 不死身……⁉ つまり死なない身体ってことか。 前にアスティがこいつの目を貫いた時もそうだったな、その後出会ったときにはほとんど治っていたし。 「それにな、こンだけ吹っ飛ばされても全ッ然痛くも痒くもないんだぞ! これも全て神王様とラザラス大司教のおかげさ!」 なるほどな、確かに身体の右半分が凄まじいことになっているのにもかかわらず、いつもと変わることなく平然としゃべっていやがる。そう、本来なら死んでいてもおかしくないはずなのに。 ゲイルがそう話している間に、周りをオコニド兵がぐるりと大きく取り囲んでいた。 まるで、こいつと俺との戦いを観戦するかのように。 そうだ、これは……闘技場だ! 「俺もこんな身体だし、お前もボロボロだ。まあ互いに五分五分ってとこかな?」残された左手に握られた大剣。片腕なのをものともせず、奴は軽々と振り回していた。 一方の俺はというと、斧を握り締めていた掌の皮は裂け、持っている重さも感覚も、疲れと痛みですでに失われていた。 「ンな条件いらねえだろ……さっさと始めようぜ」 俺の口から笑みが漏れだす。 いいな……この、どうあがいても俺一人だけが死にそうな張り詰めた感覚。それに緊迫感。 「「いくぞおおおおおおおおっ!!!」」 俺とゲイルの呼吸が合わさり、武器のぶつかり合う重い音が、身体じゅうに轟き、響いた。 片腕だけなのに、ゲイルの放つ一撃が重い…… いや、俺の疲れとかじゃない、こいつ、さっきより力を増している⁉ 「いいねえ、名匠ワグネル師の創り上げたこの剣は。お前のその斧と共鳴しあってるな。打ちこむたびに身体にビリビリきやがる」 ワグネル……⁉ ワグネルって、俺のこの斧作ったジジイの名前か‼‼‼ 久しぶりに聞いた名前だ。 「俺が勝ったら、その斧頂くぜ……!」 「!!!」一瞬の意識のスキを突いて、奴の刀身が俺の左わき腹にめり込み、ひざまずいてしまった。 革鎧のおかげで胴体が二分されることすらなかったが、メキッと嫌な音がした……そして呼吸をするたびじわじわと痛みが増してくる。こりゃアバラが何本か逝ったな。 「けっ、腕が生えてこないから力が発揮できねえ。まだまだだな」 「……腕のせいにすんなクソ野郎。元からテメエの腕前なんて大したことねえだろうが。このヘタレが」 ペッ、と俺は血交じりの唾を奴の顔へと吐き捨てた。 「こ、この腐った犬野郎がアアアアアアアアアアアアッ!」 案の定ゲイルは挑発にまんまと乗ってくれた。そうだ、その調子だこの単細胞。 そうだ、俺も単細胞だ。 単細胞同士、とことんやりあおうぜ。 俺とゲイルの一騎打ちはすでに武器を投げ捨て、拳での殴り合いになっていた。 「どうしたラッシュ! まだ終わっちゃいねえぞ!」気づいたとき、俺はまた地面に顔をうずめていた。 正直もう無理だ、奴の方は人間の身体になって、身体が千切れても再生して、おまけに力も体力も底なしになってて…… 意識も朦朧としかけた、そんな時だった。 「ラッシュ、だめ、立って!」ティディだ。どっかからあいつの声がする。 鉛みたいに重くなった身体を起こすと、そこには、ティディが…… ゲイルの背中に組み付き、奴の首筋にナイフを突きつけていた。いつの間にあいつ……! 「姫様、なぜ私に……」一方のゲイルも戸惑っていた。 「ゲイルお願い、ここから引き返して」 「なぜなんだ姫様。リオネングに行きたいって言ったのは貴女じゃないですか⁉ 父上の制止も聞かずに」 なんなんだ、こいつらなんの話をしてるんだ? 「それがいつの間にかこんな奴に惚れたってんで心変わりですかい? ワケが分からないのはこっちの方ですよ!」 「ラッシュは……あたしが苦しくなった時、ずっと看病してくれた。向こうじゃ誰もそんなことしてくれなかった! ずっと繋がれっぱなしで、みんなのためにいっぱい血を取られて、でもっていきなり結婚しろって、もう嫌だった……」 「姫様……それはマシャンバルとオコニドの民のためであって……」 「そんなことされるのもうイヤ! 私、自由になりたかった。ここに来れば、リオネングに行ければ、きっと……」 大粒の涙が彼女の頬をつたう……そうだ、ティディは、泣いていた。 「きっと、誰かがあたしを自由にしてくれるって信じてた。それがラッシュだった」 「そうですかい、それが逃げ出した理由だったとはね……!」 ゲイルは残された腕でティディを引きはがし、軽々と俺の前へと投げつけた。 とっさに俺はティディの小さな身体を受け止めた……しかしもう身体が、これ以上は動かねえ。 「姫様、貴女はマシャンバルの未来のために必要だった。その存在も、身体に流れる血も……新たな民を作り出すためにもね」 ゲイルは落ちていた大剣を拾い、高々と天に構えた。 よく見ると、まだ枯れ枝のように細いが、右腕が徐々に再生し始めている。それに、顔の方も。 「姫様、なんとしてでも貴女には戻ってもらわなければいけないのです、そのためには、この……ラッシュの野郎を!」 ブン! とゲイルの剣が俺に向かって振り下ろされた。
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