ーお前、俺よりモテモテなんじゃねえのか? 突然、俺の耳元に懐かしい声が聞こえた。 「え……親方!?」周りを見渡すが誰もいない。足元に転がっている死体だけだ。 そうだ、あれは絶対親方の声だった。それもジャエス親方じゃなく……俺の大好きなガンデ親方の! 「ありがとよ、親方……」ぐっとこみ上げてくるものをこらえ、俺はまた森の奥へと足を進めた。 ラッシュの住む宿屋内で、一人の男が鼻歌交じりで鎧を身につけていた。 「ふん……だいぶ腹が出ちまったな、ここ十年くらい全然こんなの着てなかったしな」 「ああああの、ぼぼぼく手伝いましょうか?」 一人いそいそと食材やら金庫などを地下室に運んでいるトガリが、心配そうに声をかけた。 「ああいや、これくらい大丈夫だ、お前はお前の仕事をしてりゃいい」 そう話しながら太鼓腹の男=ジャエスは、エールのなみなみ注がれたジョッキ片手に、またサイズの合わなくなった鎧に悪戦苦闘をしていた。 「思い出すな……ありゃあ30年位前だったか、ガンデの兄貴と二人でボレスカの砦を襲撃しに行った時のことだったな……」 ラッシュやティディが去った今、この家に残されているのはトガリとジャエスしかいない。 さらにはルースが王に陳情すべく城に出向いている以上、ここを守るのはジャエス一人しかいないのだ。 「あん時は兄貴と二人で最前線に取り残されちまって、結局朝が来るまで数百人近く……って、チビのやつはどうした?」 誰に語るわけでもない武勇伝に聞き飽きていたトガリは、申し訳なさそうにジャエスに話した。 「ししし仕立て屋のご夫婦にああ預けたんだ、ラララッシュがちょっと仕事で出張に出るからお願いしますって」 街の者はだれ一人今日のことを知らない。ラッシュたちがオコニドの人獣と死闘を繰り広げていることを。 仕度を終え、ジャエスは壁に立てかけられている鉾槍を手にした。自身の上背よりはるかに長い得物だ。 「何年ぶりだ……こいつをまた手にするとはな」 「おお親方さんがずっと使ってたの? それ」 「ああ、でもって兄貴はこれまたでっかい戦槌を振り回してな、二人で鍛冶屋コンビとか言われてたっけな」 ガハハと大きな笑い声を轟かせ、ジャエスは愛用のパイプに火を点けた。 「おい、トガリ」 「は、はい?」 「あとで地下の武器庫行って、お前が使えそうなモン探してこい」 「え……っ」 トガリはその言葉に息を飲んだ。 「いや、あくまで最悪の場合だ。当たり前かもしれねえが、俺一人じゃどうにもいかんことだけは承知しておけ」 手足に冷たい汗のような感覚が走っていく。いつかは通らなければならない道だということは承知していた。だがそれが今だということに、トガリは動揺を隠せず、ただうなづくほかなかった。 「分かってるさ、アラハスの連中はこういうことに不向きだってことはな……だが今のうちに覚えておけ。周りに頼れるもんがいなくなった時……」 ジャエスはトガリの小さな肩にポンと手を置いた。 煙草臭く、歴戦の傷跡がたくさん刻み込まれた、丸太のような腕で。 「自分を守るものは、自分だけしかいないってことをな」
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八百十三
みずのえ
海音(かいね)
2019年8月6日 18時37分
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