そしてゲイルは苦笑いを浮かべながら、大きくうなづいた。 「ならば……覚悟ォ!!!」ゲイルが大剣を大きく振りかぶった瞬間、奴の後方で大きな爆発音が轟いた。 しかも一つじゃない、二度三度と、至る場所で。 めりめりと大木が落ち崩れ、恐らく人獣であろう金切り声にも似た悲鳴が森の中に響き渡った。 「な……⁉」ゲイルが構えを解いた瞬間を狙い、俺は奴の身体を思いきり蹴り飛ばした。 吹っ飛ばされた中、俺とティディは急いで馬車へと戻る。こんなかたっ苦しい服着ていられっかとびりびり破き脱ぎ捨てながら……あとで仕立て屋の店主にきちんと謝っとかなきゃな。 俺は馬車の中で武器と革鎧を装備しながら、同じく服を脱いでいるティディに言った。 「いいんだよな、あれで……」 薄暗闇の中、彼女は寂しげな顔で俺に微笑みを向けた。 「うん、いいの。もうどこででもラッシュと一緒」 そういってティディは俺の鼻……でなく、その下の、口にぎゅっと唇を押し付けた。 「ん……」 俺の周りの喧騒の音が消えた。 静かな、だけど森の木々のざわめきだけが心地よく聞こえる…… 「ラッシュは、大事な人だから。これから、ずっと」 ティディは馬車に積んであった何本かのダガーを鷲掴みにし、外へと舞い降りた。 そして俺も、彼女の生暖かく柔らかな唇の感触を忘れられないまま、愛用の大斧を片手に外へと躍り出た。 ああ、もう引き返せない。 馬のケツを叩いて逃し、俺はすぐさまティディの後を追った。 おっと、もちろんルースのこさえてくれた薬も持っていかなきゃな。 そうしている間にも、人獣は俺のところへ奇声を発しながら襲いかかってきた。 群がってくる何匹もの人じゃない物体を、おれは斧で横薙ぎにまとめてぶった斬る。 そうだ……この前戦ったときのより、こいつらさらに人に見えなくなってきているんだ。 変な言い方かもしれねえが、異形……といった感じだろうか。 肌は灰や青緑に、さらには苔の生えたような濃い緑とまちまちだし、手足は前以上に細く長くなっている マジで、こいつら人間だったのか……って疑問すら湧いてくる。 それに加え、もうこいつらは鎧も服も身にまとっちゃいねえ、せいぜい腰にボロ布を巻き付けて隠しているくらいだ。だが俺にはそんなの関係ない、襲いかかってくる奴らは誰だってブッ殺すだけだ。 俺は先に行ったティディを探しながら、波のように襲いかかってくる化物をことごとく斬っていった。だんだんと、俺の中で居眠りこいていた戦いの血が目覚めてくる…… そんな中、俺の近くでも大きな爆発が、それと共に化物の手足らしきものが雨のように降り注いできた。 「ラッシュさん!」アスティだ、手にはボウガンを握りしめている。となるとこの爆発もあいつが……? ターゲットを切りかえアスティに襲いかかってくる化物を、俺は一息で切り伏せた。 「悪ィ……今はお前の面倒まで見きれねえ。別のところ行ってくんねえか?」 そう、正直な俺の意見だ。そしてこいつを信じているからこそ言える言葉だ。 普通ならこんな事言わねえ、今まで仲間なんて居ない戦場でただ黙々と戦っていたから。 だけど今は違う、アスティにせよジールにしろ、そしてティディにしろ……今は大事な俺の戦友だ。誰一人として死なせたくねえんだ。 その言葉の意図をわかってくれたのか、アスティは黙って俺の後ろへと走り去っていった。 さすが俺のファン一号を自称するだけはある。イイやつだ。 もう何人切り捨てたのかわからねえ。だが、まだ息は一つも上がっていない。 化物どもの血と脂でドロドロになった斧をブン! と一振りすると、コイツはまたもとの白い輝きを取り戻してくれた。 そうだな……この斧って一体どうやって作ったのか、例の親父にも会わないとな。 なんて思ったら、こんな状況なのにもかかわらず、ついプッと吹きそうになっちまった。 「……なに笑ってんだ俺」意識を切りかえ、俺は森の奥へと走っていった。 だが、この前のときみたいにトラバサミで足を持ってかれちまったら危険だ……ちょっとは用心をな。 「あの姫様、なかなかやるね」 突然俺の後ろで女の声が、慌てて振り向くとそこには……ジールだ。 こいつ、いつの間に俺の背後に来てた!? 「へっへー、驚いた?」 「……バカ、心臓止まったぞ」 「何秒くらい?」 「知るか」 なんて冗談を交じわせながら、俺とジールは合間合間に敵を斬っていった。 彼女の手には、細く長い刀身の剣が握られている。そういやこいつとこうやって戦うのも初めてか? 「面白え剣だな、ジールのか?」 「ううん、ジャエスのおやっさんからもらった」なるほどそうか。親方も粋なことしてくれるんだな ジールはそんな中、顔をくいっととある大木の上に向けた。 視線を追うと、そこには小さな影が飛びながら木々を渡っている。まるで足元なんか気にしてないみたいに。 「あそこにいるの姫様だよ、ああやって木の上で潜んでいる連中を先にやっつけていてくれてるの」 「あいつ……が?」目を凝らすと、同じく木の上にいた化物オコニド兵の首を、音もなく切り落としては消えていった。 慌てて足元を見ると、樹の下には連中の首のない身体がいたるところに落ちていた。 「上から誰も襲ってこないのはあの子のおかげ。ああ見えても自分の役割をきっちりと把握してるんだよ。かわいいよね」 ジールの説明に、俺はついつい感心。「はあ~」と変な声を出してしまった。 そう考えてみると、森の中だっていうのに立体的に敵が襲ってこなかったな、と。そう、化物はみんな俺の方に走って向かってくるだけだった。 どうもティディの姿を見てないなと思ったら、あいつずっと木の上に居たのか…… なんて時だった。ジールは俺の首の後ろに手を回し、ぐっ……と、唇を重ね合わせてきた。 鼻から感じられるちょっぴりの酒臭い吐息…… 「あたしからもプレゼント。結婚おめでとう、ラッシュ」そういってジールは、また音もなく森の奥へと走り去っていった。 「まったく……今日は何人からキスされるんだか」木々に覆い尽くされた空を見上げ、俺はため息混じりに一言呟いた。
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2019年8月5日 19時46分
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