馬車その他はジャエス親方が事前に用意してくれている、あとは……いや、もうこれ以上心配したって仕方がないか。 もしかしたら、もうここへは帰ってこれないかもしれないのだから。 「そうそう、これはルースからの贈り物だとよ」と、親方はアスティと俺に小さなザックを手渡した。 中には液体の入ったフラスコがいくつか、それに無数の小瓶。 「なんなんだこれ?」「混合液を使った爆薬ですね、これ」アスティが間髪入れずに答える。 同封してあったメモには、色の違うフラスコの液体を混ぜて、すぐさま投げつけてください。と書いてあった。 小瓶には、この前城内で騎士団長の怪物を倒したのと同じ強酸が入っているとのこと。でもつけた武器をダメにするくらい強力なので、あらかじめ拾った武器で使ってくれと。 こんな物騒なもの使わないで穏便に終わってくれたら一番いいんですけどね……」メモを読みながら、アスティが愚痴った。 俺も黙ってうなづくことしかできなかった……が、この争いの種を生んだ当の本人であるティディはと言うと…… トガリと二人で、シチューおいしいね、服きれいだねと褒めあってた。なんだそりゃ。 ってなワケで仕度を始めるべく、俺も例のスーツとやらを着てみた。 ……うん。これで斧振るったら絶対袖が破ける。ぴっちぴちだこりゃ。 「ほんっっと似合わねえなおめえは」ジャエス親方がパイプ片手に笑いながら俺に言った。 「ですね、なんか全然結婚するって感じにも見えないですし」アスティもか、あとでおぼえてろ。 「おとうたん……」チビが泣き出しそうな顔で俺の姿をじっと見ていた。 「大丈夫だ、ちゃんとまた帰ってくるから」 「おとう……」ほら泣くんじゃねえよと、ギリギリで堪えさせる。今までのチビなら、ここで泣き叫んでいたのかもしれないが……こいつも結構強くなったのかもな。 さて、と。 外へとドアを開けると、乾いた風がさあっと中へ吹き込んできた。 いつも仕事で戦場へ繰り出されるのとはわけが違う、今日は特別な日だ。 「……ラッシュ」俺の後ろで、ジャエス親方が呼び掛けた。 そういや、俺のこと名前で呼ぶなんて初めてじゃないか? 「おめえは絶対死なねえと思うが……でも死ぬんじゃねえぞ」 そんな矛盾した言葉が、俺の胸にズンと刺さった。 あらかじめジャエス親方が用意しておいた馬車に揺られてほどなくすると、あの場所……目的地の森が目に入ってきた。 相変わらず鬱蒼とした、昼でも薄暗い場所だ。ツー過去の前の襲撃のときと言い、オコニドの人獣連中はこういう場所が好きなのかな? 「よお! 待ってたぞラッシュ!」人獣たちを束ねるリーダー格のゲイルが、俺たちを出迎えていた。 「やだ、あいつ嫌い」ゲイルの姿を見て、相変わらずティディは不機嫌だった。 「大丈夫だ、事前に話した通り、な」そうだ、もう俺たちは帰れないところまで来ちまっている。ティディを引き渡す気なんて毛頭ない。あるのは…… 奴らに一泡吹かせてやるという意志と力だけだ。 まず最初に俺が馬車から出た。 「約束通り来たぞ、姫様も連れてきた」そんな俺の姿を見てゲイルは目を丸くしていた。 やっぱりな、いつもの革鎧と服じゃなく、タキシード……とかいう名前のすごくぴったりした服を着てきたんだし。そりゃこんな場所柄違和感ありまくりだろう。 「お、おめえ、なに場違いな服着てるんだ……?」 「ああ……っと、理由は後で話す」と言って俺は馬車の中の彼女を呼んだ。 ふわふわと、すぐさま白いドレス姿のティディが下りてきた。 「な……?」ゲイルは呆気にとられていた。俺の格好と彼女の格好。これを見れば一目瞭然だろう。 「ということだゲイル。俺と……ティディは結婚することにした!」 その言葉にティディは勢いよく俺に抱き着いてきた。「そう、ラッシュと結婚する!」って。 案の定、ゲイルは固まっていた。頭の中で処理しきれないといった具合だろうか、いや俺もそうだ。まだ結婚っていうモノ自体が何なのかわかっちゃいねえし。 「あたしね、ラッシュと結婚するの! ゲイルとじゃないよ! ラッシュだよ! ラッシュだーいすき!」 目の前で呆然としているゲイルに追い打ちをかけるように、ティディは俺に肩車したり、ジャンプしてよじ登ったり……と、まるで元気なチビみたいだ。 「ひ、姫……さま?」半開き状態だったゲイルの口がようやっと動いた。 「姫様……あなたはマシャンバルの神王、ディ=ディズウ様の愛娘なのですよ⁉ それがこんな薄汚い野郎となぜ! あなたは言ったではありませんか! このわたくしめと結婚をッ! 誓ったッ! ではありませんか!」 「うん、やめた。ゲイル大嫌い。ラッシュだいすき」きょとんとした目でティディは言い放った。 「ぬ……グアアアアアアアアアアアアッ!!!」元婚約者はその言葉に激高した。理由はよくわからないが俺もどっちかっていうとゲイルは嫌いな方だ。特に獣人である誇りと、その姿を捨てたところとか。 「姫様! 私と結婚してマシャンバルを……そしてオコニドをより強固な国にしていこうという神王様のお言葉を! もうすでに忘れてしまったのではあるまいな!」 いや、だからそういうのはもういいから。と言おうとした俺の言葉を跳ねのけ、ゲイルは顔を真っ赤にしながらも続けた。 「このむさ苦しい男にどんな魅力があるのかは存じませぬが……その身に余る行為、もはや断じて許されるものではありませんぞ!」 わなわなと震える手で、ゲイルは背負っていた大剣を引き抜いた。 その直後、森の木々がざわざわと揺れざわめく。 「気が変わらぬ以上、もはやこうするしかありませぬな……」大剣の切っ先を俺とティディに突き付ける。そうだ、やっぱり最後はこれしかないんだ。 「この森にはオコニドの人獣兵、おおよそ数百名が待機しております……私の声一つで姫様、そしてラッシュめの首を奪うことは造作もありませぬ。それでもよろしいか姫様! そのお心に変わりはございませぬか⁉」 「うん、ラッシュと結婚を誓いまーす!」このような状況においても、ティディは自分のペースを崩すことはなかった。 この肝っ玉の太さと空気を読まない力。こいつ、ある意味最強の傭兵になれるかもしれないな……
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塩谷さがん
T&T
八百十三
いけお
海音(かいね)
2019年8月4日 20時49分
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