いつもと変わらない朝が来た。しかもここ最近ほとんどお目にかからないほどの快晴ときやがった。 そしていつも通り早起きのトガリやアスティに「おはよう」と言葉をまじわせながら、またいつも通り俺専用の皿に大量に盛られたパンとキノコのシチューの豪華な朝食にありつく。 となりではチビが俺の真似をしながら、同様にパンを口いっぱいに頬張っている。 そう、いつもと変わらない。いつもと。 だけど唯一違ってたのは、そう…… ジャエス親方がジールと一緒に、ちょっと遅れて朝メシの席に着いた時だった。 「もうすぐだよ、ラッシュ」朝からだというのにリンゴ酒片手に、ジールが俺に言った。クスリと微笑みながら。 一瞬の沈黙ののち、沸き上がる声。 ティディが白いふうわりとしたドレスに身を包み、食堂に降りてきたから。 「ドレスって着させるの結構骨が折れるのよ」メシも食わず、ひたすらにジールは酒を飲みながら俺に説教をしていた。 つーかこいつ、昨夜からずっと飲み続けてるんじゃ⁉ 「ラッシュ、どう?」花飾りのついた白銀の髪が、きらりと朝の陽の光に反射する。 「よせよせ、こいつは美的感覚ゼロなんだからよ」親方の言葉に周りがどっと沸いた。 一方の俺はと言うと……なぜか言葉が出なかったんだ。いや、どう形容すればいいんだろう。 とにかく、ジャエス親方の言う通り俺はこういうモノの褒め方っていうのは全く分からない。 とりあえず「きれいじゃねえの?」とは言っておいたけど。ティディもそれ聞いて喜んでるみたいだし。 「一応下にはいつもの服着せてあるから安心して、彼女も戦う状況になるだろうし……ね」 そうだ、ジールの言う通り、今日はゲイルと一戦交える覚悟の朝なんだ。 街の人間はだれも知らない、そう、いつもと変わらぬ日を送っている。 ヘタしたらここが戦場と化すかもしれない。そして俺らもどうしたらいいのかわからない。 「あとはルースの奴が上手くいってくれれば……だな」ルースは一人、リオネング城に赴いて事の次第を話しているに違いない。 唯一自由に城に出入りできるあいつにすべてを託すほかない。戦場じゃ一騎当千の働きをしているとはいえ、俺らは所詮雇われの獣人に過ぎないからだ。軍人でも何でもない、しかも獣人と言うだけで城からも、そして軍からも嫌われているし。 あ、いや、ルースは特例だったな。でもあいつは家柄からして違うし。 「で、俺はアレ着てけばいいのか?」食堂の広間の奥のハンガーにかけてある、ひときわ大きな……あれ、スーツって いうんだったっけか。 黒でまとめられた、すっげえ肩が凝りそうなスマートな服。しかしこれも仕立て屋の夫婦が食事も惜しんで作った渾身の作なんだ。 親方いわく、まずはお前がこれを着て奴らを驚かせろと言う。 ジールはアスティと一緒に、森に隠れて待っている。ヤバければ相手は倒したってかまわない。どうせ卑怯極まりない思考しかできない連中だし。 そして、親方はトガリとチビを比較的安全な場所へ……とりあえずここの地下室かな。 応援が来なければ、あとはひたすら俺が頑張るしかない。やるしかないんだ。 「つーかジール、お前そんな飲んで大丈夫なのか?」俺は正面の席でひたすら酒を飲んでいるジールに尋ねた。 「あン、ラッシュは知らないと思うけど、リンゴ酒ってお酒の内に入らないんだよ」 マジかよ。つーかもう息が結構酒臭いんだが。
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八百十三
理緒
海音(かいね)
2019年8月3日 10時06分
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