デュノ……そういやさっき、騎士団の連中はルースのことをデュノって言ってたっけか、ってことはつまり……⁉ 「奴は私の弟であり、そして……」ルースはこぶしを握り締め、小さく言葉を漏らした。 「私の母を殺した男です」 ルースは俺たちの前で全てを話した。 黒い毛の家系に生まれた自分が、望まざる子だったこと。 幽閉させられて育った子供時代。そこから毒と薬の全てを学んで、リオネング城で暗殺を生業として地位を得たこと…… まあ、それを話せばめちゃくちゃ長くなるんで、とりあえずはそこまでにしておく。いつかまた話す機会もあるかも知れないしな。 そんな中、俺はジャエス親方に一人呼ばれたんだ。明日の作戦のことについて。 親方は銀貨を数枚俺に渡して「これでティディと二人分のいい服買ってこい」って。 俺も一応、ウチの親方の遺産的な物は結構持ってはいるんだが、こういうお金のことでは素直に従っておくのが懸命と判断はした。信用云々じゃなく、俺とトガリの持っている宝石は二人だけの秘密にしたいんで。 ってなことで、俺は久しぶりにあの仕立屋へと足を運んだ。ティディとチビを連れて。 しかし……ここ最近店に全然行かなかったからかも知れねえが、例の店、すごく大きくなっていたんだ。看板も色使いが派手になって人目を惹く作りになっていたし、結構儲かっているのかな、なんて思い、俺は店へと入った。 「いらっしゃ……って、お久しぶりです!」 うん、店主は全然変わらない姿だった。しかも俺のことを覚えていてくれてたし。なんかちょっと嬉しかった。 だけど……女の方が見当たらないんだよな。どうしたんだか。 「あなたのおかげです。あのときくれた大金を元手にいろいろいい生地が買えたもので、いまでは服の予約もひっきりなしですし、このとおり店も改築して倍の大きさになりました」 そうか、それはよかったじゃねえか。確かに広くなった店の奥のテーブルでは、別の従業員が紙とペンで服の絵を描いてたりとか、別の場所では商談っぽいこともしてるし。 ええ、従業員を何人か雇うこともできましたって、店主はすごく喜んでた。 「ところで、奥さんだっけ……どこ行ったんだ?」と俺は逆に聞いてみた。どこを見ても彼女いないしな。 ちょっと不安にも思ったりしたが、奥から彼女がゆっくり姿を現したとき、俺は内心ホッとした……んだが、なんか様子が変なんだ。 お腹がすげえ膨らんでいることに。 「赤ちゃん! 赤ちゃんだ!」後ろに隠れていたティディが、突如大はしゃぎで彼女の前へと駆け寄っていった。 「そ、そうなんです、はい……来月くらいには、生まれる予定で」 彼女は気恥ずかしそうに「これも生活に余裕が出てきたおかげです」だって言ってくれた。 「ラッシュしらないの? おなか大きくなると赤ちゃん生まれるんだよ」 すまん、そっちの話はいまいち分からねえんだ。 ティディを引き戻そうとすると、おなかの大きな彼女が「もしかして、お子さんがもう一人……?」と、そばにいたチビと交互に見ながら俺に言ってきた。 「子供じゃない、明日そいつと結婚するんだ」って説明してやったら、突然夫婦とも目をまん丸くして驚いた。おめでとうございます! って。 「……って、明日ですか!?」 「そうなんだ、だからここで急いで服を作れねえかなって」 「え……」 二人の動きが止まった。 たとき、とっても怖かったけど、でもすごく優しかった。だから好きになった。ティディね。ラッシュとなら結婚してもいいって、ね」 ティディは突然、俺の身体をぎゅっと抱きしめてきた。 上半身裸だから、熱いくらいに体温が伝わってくる。 俺の鼻に覆いかぶさってきた髪の毛からは、朝露に濡れた木々の匂いがしてきた…… 「そんなに俺と一緒になりてえのか?」俺は改めてティディに問いただした。 結婚という意味はしらねえけど、こいつが俺と一緒になりたい気持ち、今は痛いほど伝わってくる。 「うん……」彼女も俺を、痛いくらいぐっと抱きしめてきた。 「あの、そろそろ……」いきなり聞こえた店主の一声に、俺たちはハッと我に返った。 やべえ、服が作れなくなっちまう! そんなこんなで、俺とティディ、そしてチビの正装を仕立て上げてくれたのは、陽もとっぷりと暮れたころだった。 すっかり暗くなった道を、俺はティディとチビを背負って歩いた。 ティディはともかく、チビはすっかり疲れちまったようだ。俺につかまりながらすうすうと寝息をたてている。 「ラッシュ、明日が楽しみだね」大急ぎで作ってもらった服を手に、ティディは終始ご機嫌だ。 俺の方は……というと、不安しかない。 街にともるたくさんの明かりを目に、ここは一体どうなっちまうんだろう……と。 明日になったら戦場と化しているかも知れない。そうだ、ルース次第だ。もしあいつが城の兵を連れてきてくれなければ……いや、最初っから頼りにしちゃいけねえな。俺一人ででも、どうにかしなきゃ。 どうせゲイルの奴は激怒して、俺と刃を交えるのだし。 あとは森に潜んでいた人獣の連中がどれほどいるかだ。 「ラッシュ、楽しくないの?」 「おまえは怖くねえのか?」ティディの言葉に、俺はつい苛立ちで返してしまった。 きょとんとした目で、ティディは俺の顔をじっと見つめていた。 「ラッシュがいるから、ぜんぜん怖くない」いたずらっぽい笑顔で俺にほほえむ彼女。 口元をよく見ると、俺たちみたいな鋭い牙も生えていた。 「みんな強いもん、トガリは分からないけど、ジールもルースもアスティもラッシュの友達だもん、友達強いから怖くない。それに……」 ティディはぴょんと小さく飛び上がり、俺の首にぶら下がった。 「あたしも、ラッシュを守ってあげるから」 そう言って、ティディは俺の鼻の頭に軽くキスをした。 でも……不思議だ。 以前ジールにキスされたときは、心臓が爆発するくらい高鳴ったのに、ティディの時はそれが全く起きてこない。静かなままだ。 なんなんだろう。この穏やかな気持ちは。 彼女のことを全然、好きとも何とも思ってなかったのに、なぜか心が落ち着くんだ。 これが結婚という気分なのかな……なんてよく分からない思いを抱きながら。俺たちは家へと向かった。
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高松アポロ
T&T
二人の動きが止まった。 のあとが恐らく文章が消えてしまっていると思われます!
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すいません、元原稿をエバーノートに入れた際、ここの一部が消えちゃってて…急いで探します!
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たか☆ひ狼
2019年8月3日 9時07分
八百十三
双子烏丸
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