化け物の始末を終え、俺はこの血と酸の臭いが充満した部屋から出ようとした時だった。 「ぼくの剣をかえせええええええ! あれは我が家に代々伝わる伝説の……!」 そっか、そういやルースの作った酸でこいつの剣も朽ちちゃったんだっけか。しかしドールを前に逃げだしたり、俺に泣きながら逆切れしてくるしで結構うざいな。 「あーうるさい」この前散々威張り散らしていた割には、武器取り上げると結構ヘタレなんだな……なんて思い、心を込めて顔面にパンチを決めてやった。 「リオネングの騎士団は前々からこういうお坊ちゃまばかりで腐敗しきってましたからね……壊滅したのは気の毒ですが、いい気味です」と、毒交じりの言葉をルースが投げかけた。 「でも、ラッシュさん、結婚って……?」 そうそう、こいつにはまだ話してなかったんだっけか。 とりあえずドールの一件であわただしくなった城から出なきゃな、と思った矢先、通路の先から見慣れた姿が。 「ラッシュ……よかった!」突然ぎゅっと抱きしめてくる、でもティディじゃない、ジールだ。 「ジールと私とで、この場内に潜伏していたマシャンバルの兵をずっと調べてたんですよ」 なるほどな、最近姿を見なかったのはそういう意味があったのか。 「そうそうジール、ラッシュさん結婚するらしいですよ」 「え……」ジールの言葉が止まった。 呆然とするジールを連れ、俺たちは人気のない裏庭へと向かった。 城の庭とはいっても全然手入れすらされていない。雑草は伸び放題だし蔦は壁を覆っているしで、意外と城主っていうのもズボラなんだなって感じすらした。 それはそうとして、まずは結婚の話だ。とはいえ…… 「ラッシュさん、結婚って一体どういうことだか知ってます?」 「いや、知らね」 その言葉に二人は頭を抱えていた。とりあえず誰かと一緒になって生活とかを共にすること……くらいしか俺は知らかなったし。 「えっと、ですね、愛する男と女が……いや、別に最近は同性を容認している国もあるとは聞いてますが、基本は男女が一緒になって、生活したり子供産んだりして子孫を反映していくのです」 悪い、途中から全く言ってることが分からねえ。 「う、うん……まあしょうがないかな。ラッシュってこういうことには全く無縁の生き方してたからね、正直に言えば純真なのかも」 まさしくジールの言う通りだった。親方と寝食を共にする以外は、外の生活になんて全く興味がなかったし。 「結婚するからには盛大にお祝いしてあげないとね。で、だれと結婚するの?」 「ああ……実はマシャンバルから逃げ出してきたお姫様なんだ」 「え……」またジールの時間が止まった。 ジャエス親方と合流して、どうにか家に帰ってきた俺たちを待っていたのは、また彼女の抱きしめ攻撃だった。 「ラッシュ、おかえりー!」チビも負けじと俺の足元にしがみついてくる。いやもう正直暑っ苦しい。 「奥さんに子供……か。ラッシュほんと大モテだね」と、ジールは呆れ気味に俺に言った。 「バカなこと言ってンじゃねえよ、こいつぁあくまで偽装ってやつだ。もうここまで来ちまったら城の連中の助けなんて呼べねえしな。俺らだけでなんとかするっきゃねえ」 確かにジャエス親方の言うとおりだ。騎士団がああなっちまった以上もはや頼れるものなんて存在しない。ここにいる俺たちだけでマシャンバルの連中を食い止めるか……もしくは全部片づけちまうか、だ。 ジールもルースも戦力にはなるが、一度に大多数を相手にするのは分が悪すぎる。 となると俺一人……いや、アスティとティディの協力も必要か。 どっちにしたって、渡り合えるのは俺だけ……か。 「いいか、いま俺らはマシャンバルの大事な人質を握っている……これは分かるな? だとしたら余計渡すわけにもいかねえ。それにこっちにはラッシュがいる。これを機に連中を痛めつけてやれば、俺らだけでもあの大国に揺さぶりをかけられるはずだ。違うか?」 「うーん……正直、私はごめんだね。いくらラッシュが強いとはいえ、私たちだけでオコニドとマシャンバルに渡り合えるかって言われると……おやっさんの言葉には賛同しかねるわ」 ジールは難色を示していた。ゲイル率いる人獣の軍隊がどれほどの数だかと言うのも俺たちは把握していないし。なおかつ俺一人の力に頼りっきりだしな。 「僕がもう一度城に行って、このこと話してきましょうか……」親方の隣で話を聞いていたアスティが提案してきたが……うーん、あいつはこの前殺されかけたからな、死人がひょっこり帰ってきて大丈夫なのだろうか、そっちの方が心配だ。 「……私がもう一度城に戻って、なんとか話を通してきますか」 後ろで黙々とケーキの残りを平らげていたルースが、クリームまみれの口で話しかけてきた。 「ただ、自分も秘密裏にマシャンバルのスパイを片付けていたので、これがもしバレていたら……ここへはもう戻ってこれないかも知れません」 指についたクリームをぺろっと舐めて、ルースは続けた。 「……ここの国に見切りをつけて出ようと思っていたので」 「それ、つまりラザラスってやつと関係あるの?」ジールの言葉に、ルースの尻尾がぴくっと反応した。 「そ、それは……」 「どうせだからここで全部話してよルース。あなたとマシャンバル、なにか関係があるんじゃないかなと薄々感じていたわけ。それにことあるごとにラザラスって名前に変な反応してたし」 「……ど、どこで聞いたんですか、それ」 「どこって、タージアからよ。それ以外どこにあるっていうの」 なにやら変な雰囲気になってきた。しかもラザラスとかタージアとか誰なんだ一体それ。 「ルース、お前なんか隠してるのか?」俺からも問いただしてみた。よくわからんけど一応。 「あ、いや、ラッシュさんには関係のないことで、これは、その」 「いんや、関係なくっても関係ある!」立ち上がったジールは、ルースのクリームまみれの両頬をぎゅっとつねった。 「い、えひゃい! ジールひゃん! ちょっと!」 そしてそのまま、ルースの小さな口元に、自分の唇を重ねた。 「んンんんんん……ッ!!!」 突然の光景に、俺もアスティも、そして親方もぐっと息を飲んだ。 「昔言ったでしょ、隠しきれない隠し事なら、隠さず仲間にきちんと話せって」 「ジール……」 「あんたは違うと思ってるかもしれないけど、ラッシュもあたしも、ルースのことを仲間……いや、家族と一緒だって思ってるよ」 ジールは自分の口の周りについたクリームを、舌なめずりでぺろりと舐めとった。 「さあ、話してルース。そしてすっきりしちゃおうよ」 「は……い」 長く深い深呼吸を一つ、ルースは俺たちの前に立ち、話し始めた。 「私は……ずっと自分なりにマシャンバルを調べ続けてきました。皆さんには知られずひっそりと。そして……一人であの国へ行こうと計画していたんです。ある男を殺すために」 「ある男? 誰だそりゃ?」親方の問いかけには答えず、ルースはまた続けた。 「そいつはマシャンバルで王の側近をしているとの情報をつかみました。しかもこの人獣化計画、いや、ひいてはあの国の大規模な侵略計画の筆頭だと知って……急がなければ、と。そして……」 俺の腕をつかむティディの手が、かすかに震えていた。 「僕一人でマシャンバルへ行って、刺し違えてでもそいつを殺そうと思っていました。いや、私の生涯……そいつを、ラザラスを殺すためだけに費やしていたのかもしれないから」 「ラザラス……あの人、怖い」 ティディが怯えた声で俺に言った。なんなんだラザラスって。それほどまでにヤバい敵なのか? 「ラザラス=ブルシャ=デュノ。それが奴の本名です」
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八百十三
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