ある獣人傭兵の手記

17話

「やれやれ……全員始末したと思ってたのに、まさか六人目がいたとはね」ふと、俺の後ろのドアから聞きなれた声がした。 「「デュノ様!」」しかしその声に驚いたのは俺だけじゃなかった。騎士団全員だ。  おまけにルースじゃない、誰だデュノって?  でも振り向いて見てみると、やっぱりルースだ。いつもの真っ白の毛の小さなルース。 「あのさあ……お前たち、何回言ったら分かるんだ? デュノという呼び方はやめろって。あれほど言ってるのに」  っていうかお前ルースだろ? って俺が言いかけたときだった。  ドールの手足が異様な方向へバキバキと音を立て、そしてみるみるうちに倍の長さに伸びていった。  もはやそれはさっきまでの初老の人間の姿じゃない、例えるならば、悪夢の中で現れてくるような物の怪の姿だった。 「そうか……それがお前たちの真の姿なんだね」  何倍もの大きさに伸び上がった姿を見上げて、ルースは鼻で軽くため息をついた。  団長の変わり果てた姿に、残された騎士の連中どもは慌てふためいていた。  うーん、もうちょっと騎士団ってかっこいい連中かと思っていたんだが、こうやってみると、ただのガキの集団にしか見えない。  その団長はというと、以前霧の中で見たひょろ長い枯れ木にそっくりなまでに姿を変えていた。  明け方の濃い霧の中、周りの連中が、化け物がこっちにきたぞって叫んで、近づいてみたらこいつだったっていうお笑いなことがあって。その枯れ木がそのまま巨大化した感じに見えた。    そして、かつて団長だった存在は、俺よりもさらに身体が伸びて、もうこの大部屋の高い天井にまで届いている。  もう人間だった頃の姿かたちは完全に失われていた。    あきらめず接触を試みる若い騎士に対して、鞭のような手を振り回し、べしべしと壁に叩きつけてゆく。立派な鎧なんてこの怪物には関係ない。壁に叩きつけられた連中はぐしゃりと嫌な音を立てて、そのまま壁の染みになっていった。  一方の俺はというと……武器も持っていないし、それに第一いままで戦ったこともない敵だ、分も悪いし、ちょっと様子を見てみたい気持ちもあった。  だが、厭味ったらしい連中だったとはいえ、こいつらが次々と化け物に殺されてゆくのをただ見ているわけにもいかない。 「お前……ルースだよな?」デュノと呼ばれたあいつにとりあえず問いかけた。一応ルースだとはいえ。 「ええ、正真正銘のルースですよ、ワケは後で」ルースは腰のガラス瓶を何本か取り出し、なにやら調合を始めていた。  右手に持っている瓶の中身が、液体を入れるたび緑や赤にいろいろと変ってゆく。見ていてちょっと楽しかった。  まずは部屋の外へと抜けだし、ルースは俺に説明を始めた。 「いいですかラッシュさん、あれはドール騎士団長なんかじゃありません、彼はとうの昔にマシャンバルのスパイに殺されていました」  そうは言われてもなあ、俺の方は正直奴なんてぶっ殺してもいい存在だと思っていた。正直あの騎士団長とやらは性格が悪すぎる。要はマシャンバルが殺すか俺が殴り殺すかの道しかなかったわけだ。 「そのスパイが、騎士団長の皮をかぶってずっと彼になりすましていたのです……僕とジールは、このリオネング城に潜伏した連中を探し続けてきました。決定的な証拠をつかむまで」手にした瓶を軽く揺らすと、中の薬らしき液体はだんだんとドス黒い色へと変化し始めてきた。 「で、そのうち、大臣に化けた奴をとらえて尋問したところ、この城には同じように死体の皮をかぶったマシャンバルのスパイが合計5人潜んでいることを聞き出すことができました」 「で、そいつらはどうしたんだ?」 「それ以上口を割らないし、このまま生かしとくのも面倒なんですぐ殺しましたよ」あっさりと言い放つ。なるほど死神らしいわ。 「でも、そいつを含めて5人ではなかったんです……結局のところトータルで6人。その最後の一人がドール騎士団長だったんです」 「どうやって分かったんだ? 見た目じゃ判断しきれないだろ」ドアの向こうでは、相変わらず若い騎士団員鎧の金属音と、声にならない悲鳴が聞こえている。そろそろ俺らも行かなきゃマズそうな気が……! 「できた! 強酸!」ルースの掲げたガラス瓶の中は、無色透明の液体で満たされてはいた……が、口から立ち上る謎の白い煙、それにツンと酸っぱい匂いが俺の鼻を直撃、思わずゲホゲホとむせ返った。 「えっと……ですね。非常に言いにくいかもしれませんが、あいつら、時間が経つと独特の死臭にも似た嫌な臭いがしてくるんです。それを大量の香水でごまかしたりとかして、違和感が増してくるんですよ。それと妙にぎこちない動きとか、首の動きと合わない視線とかもありますが、でもやっぱり一番の決め手は臭いですね、鼻の鈍いラッシュさんには無理かもしれませんが」  うん、やっぱりルースだこいつ。めっちゃ早口で、オマケに一言多いところなんて誰がどう見ても俺たちの仲間のルースだ。  こいつの首もあり得ない方向へ殴って変えたい気持ちをぐっと抑え、俺はルースの説明を聞いた。 「私がいま作った薬。これを刃に塗って、とにかく一撃でいいからあいつに傷を負わせてください」    その言葉が天に届いたかどうかは知らないが、団員が一人ドアから飛び出てきた。  そうだ、こいつこの前俺のところに来て威張っていた男だ。 「な、なんなんだよあいつ……斬りつけても全然ひるまないし、仲間はみんな殺されちまったし……」 「ちょうどいいや、お前のその剣よこせ」「え?」  俺は奴の握りしめていた剣を強引に奪い取り、ルースに渡した。  その刃の部分に、ゆっくり、少しづつ薬を垂らしてゆく…… 「ああああっ! 我が家の家宝の剣になんてことをするんだぁぁぁぁあっ!」この前威張り腐っていた時とはえらい違いだ、なんだこのうろたえっぷりは。 「強酸ですから、この剣も長くはもちません。さあラッシュさん急いで!」  刃の部分をよく見てみると、緩やかに錆びた色へと変化してくるのが分かる。なるほど、それだけ強いってことか。 「僕の! ぼくの大事な剣がぁぁぁあああああ!!」  最近愛用の斧しか使っていなかったから、正直剣なんて使うの久しぶりだった。けど今はそんなこと言ってはいられねえ。  今一度大部屋へと、俺はドアを蹴破って突入した。  ……たった数分の間に、部屋はまるで大規模な戦いがあったかのような状態にまでなっていた。  血と死体で壁まで塗り尽くされ、その奥には、かつてドールだった怪物が、鞭のような腕をひゅんひゅんと唸らせ、こちらをじっと見つめていた。 「よおおおおお、薄汚い獣人君、ようおおおおおやく戻ってきてくれたか。まああああち詫びていたよおおおお」  気味悪く反響する奴の声、もうさっきまでの人間の皮をかぶっていた頃の声ではない。  血だまりと化したベタつく床を一歩一歩踏みしめ、俺は奴へと近づいて行った。 「それで、どおおおおかな? さっきの提案、受け入れてくれえええええる、かな?」 「ああ、ティディのことか?」こいつまだ覚えていやがったのか。 「そうさ。私は、私は、私はね。素直に姫君を渡してくれればもう何も言う気はなかったのおおおおおさ」  だんだんと奴の話す言葉から、理性そのものが失われてゆくのが感じられてきた。もう何を話しても無駄だろうな。  だから、一撃で決める!  錆色に染まってきた剣をぐっと握りしめ、俺は奴の懐へ一気に走って詰めた。 「どうううううする気だね。薄汚い獣人の分際でえええええええ⁉」  振り下ろされた奴の腕が俺の頬や肩口をかすめ切ってゆく、だが俺の毛はちょっと硬いんだ、だから痛くもなんともねえ。 「うおおおおおおおおっ!!!」俺はそのまま奴の胴体だった場所へと、錆びつく剣を根元まで突き刺した。  やっぱりさっき殴った時と変わらねえ。ぶよぶよとした脂の固まりに手を突っ込んだかのような、鈍い触感が手に伝わった。  ……ああいやだ。人間をぶった切った時よりもずっと気持ち悪い感覚。  直後、ジュワアアアアアと泡立つ音が、化け物の身体から聞こえてきた。  剣を突き刺したところから、だんだんと奴の身体が溶けてきたからだ。 「なあ、なあラッシュ。なああ、姫君をかえしてててくれなああああいか? 悪いようにはしなああああ……」  きつい臭いのするこげ茶色の泡に包まれながら、化け物は足元からゆっくりと崩れだしていった。 「……ああ、悪ぃ、お前にさっき言うのすっかり忘れてたわ」 「なに? 何? 早く! はやくううううううう……!」 「俺はな、あいつと、ティディと……」 「がぼがぼがぼげぼげぼがぼおおおおおおおおおおおおお……」泡立つ沼のような床に、奴の溶けた身体が沈んでいった。 「結婚、するんだ……」 「げぼごおおおおおおお……」  そして、茶色く臭う水たまりだけが残された。

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