ある獣人傭兵の手記

11話

 結果、それ以外のことはなにもおこらず……だ。  だけど俺の頭の中は、もう親方のことだけで一杯だった。 「親方が……!? 老衰って聞いたぞ俺は!」当然のことながら俺はゲイルに食ってかかった。  だけど当の本人は至って涼しい顔で「やっぱり。そうだろうと思ったさ。この件に関してはほとんどの連中が知らないことだしな。まあ俺もつい最近知ったことなんでね」 「……ウソじゃないんだろうな、もしそれが違ってたなら……」 「ああ、絶対にウソは言わん。姫様を素直に渡してくれたら、親方殺しの真犯人を教えてやるとも」  親方が、何者かに殺された……  恨みを買うような人柄だったのだろうか? しかしかつて傭兵をやってたのだから、不特定多数の連中から命を狙われるようなことがあったって当然といえるだろう。  そうだ、去り際にゲイルはこんなことも言ってたっけ。 「じゃあ大サービスでヒントだけ教えてやる、もっともこれを言ったところで絶対分かりやしないけどな」  と、もったいぶった前置きを残しつつ、あいつは一言だけ付け加えた。 「……身近にいるやつだ」と。  身近!? そう言われたってトガリくらいしかいない。それにあいつは恩を仇で返す性格じゃなし。  ルースか? それともジール? いや、あの二人も……しかし見えないように毒物で殺すのだったらやっぱりルース……なのか? いやそんなこと信じたくもない。  あとは身近とは言われても、ほとんど接点のない傭兵ギルドつながりの仲間……か。俺とは友人でもなんでもない連中だ。そいつらなのか?  そんなことをいろいろ考えているうちに、いつもの町の灯りが見えてきた。 「よおお疲れ、で、どうだったんだ?」珍しく門の前でジャエス親方が一人、出迎えてくれていた。 「あの女……あいつはオコニドの姫さんらしい。それをこっちに返してくれとだけ言われました」  ジャエス親方はふん、と前おいて一言「いいんじゃねえのか、お前に懐いてるとはいえ、所詮よその国の迷子だしな、渡しちまえ」別にオコニドの姫と言うことに関してはどうでもいいみたいだ。 「それと……なんですが、あ、いや」親方の死因の件、言おうとして俺は慌てて止めた。  もしや、ジャエス親方が殺しに? と言う重いが頭をよぎったからだ。  俺はそのときほぼ面識なかったとはいえ、二人は兄弟分だ。  遺産やらなにやらでそのとき仲違いして、こっそり……っていうことだってあり得る。  でも……それだって俺は信じたくない。  弱腰の騎士さんにはお昼にでも報告すりゃいいかなと思い、俺は家のドアを開けた。 「ラッシュおかえりー!」ジャンプして俺にいきなり抱きついてきた存在、ティディだった。 「ティディたち、親方がラッシュのためにトガリとチビとでご飯作ってたの!」 「おおおかえりラッシュ。ティディがご飯教えろって聞かなくてさ……」  トガリのいる厨房をのぞくと、すさまじい量の小麦粉が散乱していた。  そこには、真っ白になったチビの姿も。 「おとうたん、けーき作った!」ちがう、よく見たらチビの身体はクリームまみれだった。 「ご飯じゃなくてケーキ? いったい何なんだ?」 「ごはんね、ケーキなの、おっきいクリームの!」  チビとティディが交互に俺に言ってくるもんだから、意味がさっぱり分からねえ。 「ま、まあ、ラッシュにはピンとこないかもしれない……かな?」  ああ、全然さっぱり分からねえ。誰かの記念日か……?  なんて思ってると、ティディが食堂の奥で何かに火をつけはじめていた。  俺の元に駆けつけたチビを抱き上げると、あいつ、耳元でこっそりささやいたんだ。 「おとうたんのばーすでーだよ」って。  ええええええええええ!?  もちろん驚いたさ。俺に誕生日なんてあったっけ……? 「ああ、俺がアス坊のやつと書斎で兄ィの日記調べてたらな、あったんだよ! おめえが初めてここに来た日がな」  ジャエス親方は手にしていたぼろぼろの手帳を俺に見せてきた。 「じゃ……ねえか。正式に言うと、兄ィがおめえと初めて出会った日が、今日なんだ。ってなわけで……」 「ラッシュ、誕生日おめでとう!!!」  慌てて2階からおりてきた寝ぼけまなこのアスティ含む5人が、俺に言葉を投げかけてくれた。誕生日おめでとう……って。 「え、あ、えっと、あの、その……」  そしてティディも俺の胸に飛び込んできた。チビと二人、やっぱり重い。  ……ごめん、やっぱり無理だ、俺。  ティディを返すことなんて、できやしねえよ。

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