ある獣人傭兵の手記

6話

 親方の巨大な墓石の上から聞こえた声。  だけどそれは、今まで聞いたことのない声質……そう、女だった。 「ミツケタ……」まるでトカゲのように、長く伸びた手足の指で、そして四つん這いで濡れた墓石から、音も立てずにゆっくりとそいつは降りてきた。 「人獣……!」ルースが腰に下げたナイフを抜きながらつぶやいた。 「ジンジュウってなんだ?」  初めて聞く言葉。俺たちならば獣人だが、人獣ってのはいったい? 「わ、私たちが人の姿をした獣ならば奴らは逆の存在。獣の姿をした人間……すなわち人獣、ってさっき私が思いついた名前なんですけど!」  この前戦った奴と同じく、闇夜に光る黄色い目。さらには長い毛の生えた大きくとがった耳。だけど俺たちみたいに頭の上部に生えてはおらず、耳がついてるとこは人間のそれと同じ場所だ。  しかし、注意して耳を、感覚を張り巡らしても、この女以外に辺りに仲間の気配はない。ただ重い雨粒がばたばたと降り注ぐ音がするだけだ。  同じく警戒するルース二それを話す。あいつも同じだと首を縦に振った。  しかし、女の人獣は一向に襲いかかってくる素振りすら見せない。  変だな……と俺たちが思ったときだった。  まるで積み木が崩れるみたいに、そいつは力なく倒れ込んだ。 「見てみるか」「罠かも知れませんから気をつけて」と俺は注意して彼女へと近づいた。  またトラバサミに挟まれたら厄介だしな。いくら加護があるとはいえそれが確実にあるとはまだ言い切れないし、あんな痛いのはマジでごめんだ。  だが……俺が近寄っても全く反応がない。それ以上に、息がとても荒い。  ハッハッと、まるで全速力で走った後の俺たちのようだ。  おそるおそるおでこに手を置いてみると……すごく熱い。 「こいつ、熱がすごいぞ」抵抗しないとわかったルースも、急いで彼女を診た。 「ホントだ……これは雨に打たれて風邪を引いてるのかも知れないですね」呆気にとられた声でルースは言う。  さてと、どうしたものか。 「つれて帰るか、どっちみちこの熱じゃ手当しねえともたないし」 「いや反対です。捕虜として私の家に持って帰って調べたいです」 「いや先に手当だろうが」 「っていうかラッシュさん、相手は病気だとはいえ敵国の兵士ですよ!? それを普通に家へ連れ帰ること自体おかしいですって」  妙な気分がした。確かにルースの言うとおり、こいつの仲間は俺たちを殺そうとしてたのだし、調べるなり尋問なりする方が正直真っ当だとは思ったさ。  だけど……なんだろう、このやるせない気持ちは。  まるでチビと初めて会ったときと同じような感覚が、この人獣の女にもしてきたんだ。 「悪ィ、なんか……こいつかわいそうな気がして」  その言葉を聞いたルースの顔、驚きにも似た……そして呆れたような。 「ラッシュさん……あなたの口からそんな言葉が出てくるだなんて」  ふっ、とあいつの小さな鼻から、白いため息が漏れた。 「まぁ、いいでしょう……ただし動きはとれないように手足はきっちり縛っておきましょう。暴れだす可能性も十分にありますしね。あ、薬は僕が用意しますんで」  毒薬なんて出すんじゃねえぞと、俺は冗談半分に念を押しといた。ルースだったらやりかねねえなと思って。 「ラッシュさん」女を背負い、家へと向かう足取りの中、あいつは俺に話しかけた。 「あなたって人は……ほんとわからない人ですよね」  次第に雨粒が小さくなり、止みはじめてきた。これで晴れるかな。 「でも、そのわからなさが逆に好きなんです。私も、みんなも」

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