夜。俺たちは親方の書斎に集まり、ランプの明かりの下、これからのことについて話し合っていた。 もう俺にとっては理解できない不可解なことだらけだ。アスティが殺されかけたこと、マシャンバルの気色悪い連中に襲撃されたこと。 今日遭ったことなんてまるで俺たちの行動が完全に読まれていたし、オマケに奴らはご丁寧に罠まで仕掛けてくれやがった。 「マシャンバルという国は、国民が一目たりとも我々の前に姿を現したことのない暗黒の国家なんです。しかしその一方で、侵略した国の人たちを洗脳及び改良して自国の手駒にするという……全くもって恐ろしい国です」 テーブルに広げられた地図を前に、ルースは説明を始めていた。 「それが僕とラッシュさんを通じて外部に漏れそうになったから、僕は殺されそうになったってことですか」アスティの言葉に、ルースはこくりとうなづく。 そう、アスティの一件が気になっていたジャエスの親方は、ルースを通じて様々な情報を探っていたらしい。 「残念ながらアスティの件で分かる通り、このリオネングの軍も着実にオコニド……いや、マシャンバルに乗っ取られつつあります」 俺がチビと出かけたときに聞いた謎のささやき、そして今日の襲撃。ここにいる限りもはや奴らの監視からは逃れられないところまで来ていた。 「マシャンバルの秘術……というと聞こえがいいかもしれませんが、奴らはもっと血なまぐさい方法を使い、ターゲットにした人に擬態するんです」 ルースが言うところによると、リオネングの軍のお偉いさんがすでにその方法で『すりかえられた』らしい。 でも、どうやって替えることができるんだ? 「その人から剥ぎ取った皮をかぶるらしいです……」 「未開の部族がやりそうな手だな。でもって秘術やらなんやらでそっくりに着せ替えるってことか」 「ええ、オコニドのスパイたちはそうやってこの国に難なく潜り込んだそうです」 そうそう、ルースが最初に言ってたんだが、現時点で判明しているオコニドの尖兵は二種類。 一つはさっきのスパイ連中と、もう一つは『人獣』という存在だそうだ。 人獣……俺やルース、トガリはいわゆる獣人と呼ばれているのは知っての通り。 そして今回のように、人体改造によって俺らに匹敵する力を手に入れた人間……いや、今のところは敵対するオコニドの連中といった感じだろうか。奴らは俺たちとは真逆の存在。つまりは人の姿のケモノ、人獣と呼ぶにふさわしいと、ルースが名付けたんだ。 「正直、この静かな進行を止める手立ては現時点では見つかりません……かと言ってここに居続けるのも、我々だけで打って出るのも無防かつ愚策ですし。ですから……」 軽く深呼吸をして、ルースは続けた。 「この国を出ましょう、ラッシュさん」 あの時言ったルースの言葉が気になって、結局俺はほとんど眠ることができなかった。 ジャエス親方にも言われて、そしてルースにも同じことを言われて…… 正直、ここを出たくない気しかなかった。 俺が鍛えられ育った町。親方と過ごした町。 ここの王様とか姫とか王子とかどうであろうが俺には全く関係がなかった。昔も、そして今もだ。 いろいろ考えているうちに、屋根から雨音が聞こえてきた。正直雨は好きじゃないが、今は別だ。このざあざあと屋根を叩く音がとっても聞いてて落ち着く。 だけどそのうち、俺の鼻にもぽつぽつと水滴が落ちてきやがった、え、雨漏り⁉ この前修繕したばっかなのに、もうかよ、と俺はつい一人で愚痴ってしまった。俺はまだいいけど、チビが濡れちまって風邪でも引いたらかなわねえし。 寝ているチビを雨漏りから遠ざけながら考えていた。こいつ、そういや今まで風邪とか引いたことなかったなって。 恐らくルースかトガリに言わせてみたら、お父さんそっくりなって答えてくるのは明らかだ。 「父さん……」か。思わずおれはふふっと鼻で笑っちまった。 ーいいか、今日から俺のことは親方って呼べ、別におやっさんでも構わねえけどな。 ーおっかっさん? ー違う! おやかただ! ーおやかか? ーだ! か! ら! 親方って言ってるだろうが! ふと、昔のことを思い出した。ルースやトガリ、ジールも言わなかったな、親方って。ずっとおやっさんで通ってた。 俺だけがずっと、親方って呼んでたんだっけか。 そんなことを考えてるうちに、雨音がいっそう強くなってきた。こりゃやべえな、なんて思いつつ俺はチビを抱いて部屋を脱出した。 こりゃ明日は部屋の中びしょ濡れだな、なんて。 「どどどっかでかけるのラッシュ? 外は大雨だよ?」いつもながらトガリは寝るのが遅い。しかも早起きだし。 こいつの一族は早寝早起きだとは聞いていたけど、こいつだけは違うんだよな。いつも仕込みとかしているうちに遅く寝るのが大丈夫になってきたとは話してたけど…… そうだった、俺は…… 眠ったままのチビをトガリに預け、俺は夜の雨の中、墓場へと走っていった。 そう、親方が眠っている墓へ。 俺は今、そんな気分なんだ。 町の外れにある共同墓地、その一角に親方の眠っている場所がある。 ひときわ目立つ大きな巨石……そこには『岩砕きのガンデ ここに眠る』と荒々しい字で彫ってある。ルースが字を教えてくれなかったら、なんて読むのか俺は未だにわからなかったろうな。 最近は誰もここに来ていなかったのだろうか、雨に濡れた枯れ葉が地面を覆い尽くしている。 「俺、これからどうすりゃいいんだ……」墓石を前に、ふとそんな言葉が口から漏れた。 俺が命を狙われてることもそうだが、それ以上に、この鼻の傷跡。 加護。自分がなすべきこと。使命。こんな俺に一体なにをどうしろっていうんだ!? 謎めいたことばっかり叩きつけられて、もう正直俺の頭じゃ何から手を付けていいのかさっぱりわからなくなってきた。 「けっ、こんなトコで弱音吐いてるとはな、豪腕のラッシュが聞いて呆れらぁ」 聞き慣れた声に振り向くと、そこにはルースが。 「お前……」 「ラッシュさんが行くとしたら、ここくらいかな、なんて思いまして」 そうだな、俺は酒ってものがてんでダメだから、その手の場所で愚痴ったり発散することなんてしない。行くところはここしかないんだ。 「あのときの件……ですが」ルースは腰につけていたポーチから、空の瓶を俺に見せてきた。 「僕がとっさに使った薬……この中には目潰し用の酸が入っていたんです。これが使い切ったままだったんです、つまり……」 「俺とお前がマシャンバルの連中と戦ったことは、夢じゃなかったってことか」 「ええ。そして僕は何事もなかったように生きてる……でも、いくらラッシュさんが聖母ディナレ様の加護を受けているとはいえ、これっておかしなことじゃありませんか?」 ルース……お前、俺の鼻の傷のこと知ってたのか? そこを逆に聞いてみた。 「はい。ジャエスのおやっさんにひととおり聞きました。あなたが小さい時に戦場で彼女に遭遇したって」 「でも、それがおかしなことって、一体どういうなんだ?」 「通常、加護というものは聖痕を授かった自身にのみ受け継がれる事象なんです。ラッシュさんがあのとき深手を負っていたにもかかわらず、しばらくしたら何事もなかったかのように治っていた。それはそれで加護としてはうなずけるんです。だけど自分が胸を貫かれて死んだこと……その後が全て加護としては納得行かないことばかりなんです。なぜ僕まで恩恵を受けていたのか……いや」 ルースは大きくかぶりを振った。 「もしかしたら、ラッシュさんとは別の奇蹟の力が……そう、チビちゃんとか」 「チビが!?」 「はい、そう考えると納得がいきませんか? マシャンバルはチビちゃんを欲しているんですよ。僕はそう思うんです」 そうか、チビを初めて見つけたとき、そして教会の前で聞いた奴らの言葉……ミツケタ。の意味。全部合点がいく。 「あの子にはきっと隠された何かがあるんです。マシャンバルが手に入れたくなるほどの大きな秘密が。わかるでしょうラッシュさん! ここに居続けること自体がもう限界なんです、それに……」 ルースは親方の墓石に付いた枯れ葉を落としながら、俺につぶやいた。 「あなたは外に出て、世界をもっと知るべきです……それこそが聖母ディナレ様が望んでいたことかもしれません」 ルースは親方の墓石についた枯れ葉を落としながら、俺につぶやいた。 「あなたは外にでて、世界をもっと知るべきです……それこそが聖母ディナレ様が望んでいたことかもしれません」 「それとも、ここを出るのが寂しいとか……ですか?」 ルースのその言葉、確かに図星だ。 いつも仕事に出るときはここを何日間も離れているのに、いざ出ようと思う旅に、未練という名の気持ちが足を引き留めちまう。 「でも、わかりますよラッシュさんのその気持ち……僕も生まれ育った家を離れようとしたときに、なかなか身体が動かなかったんです。最後の最後まで懐かしさと思い出が邪魔しちゃって」 雨が激しさを増してきた。身体にしみ入る雨粒が痛いくらいに。 「おやっさんが最後に言ってたんじゃないですか? 俺が死んで自由になったら、ここを離れて外を見てこいって。きっと今がそのときなんですよ。自分の使命を知って……いやちがう!」 ルースは俺の肩をつかんで言ってきた、また何かを発見したみたいに、喜びを浮かべながら。 「ラッシュさんの故郷を探しましょうよ! おやっさんの日記をたどってゆけば、きっとわかるはずです!」 「俺の、故郷……?」 「そうです、それとチビちゃんの生まれたとことかも探せば、きっと旅がおもしろくなるはずですって!」 そうだ、そういえば俺は今まで自分自身のことなんて一度も考えたことがなかった。親という存在なんて、親方だけで充分だったし。 それに、ディナレにあったとき思わず言ってしまった言葉「かあさん」。 俺はどこで生まれたのか、誰から生まれたのか。ああ、そうだ。 俺には、見つけたいものがいっぱいあるってことを。 「マシャンバルのこともオコニドの件も、まだあまり考えすぎない方がいいかも知れません。私もまだここで調べたいことが山ほどありますし。まずはチビちゃんとラッシュさんの旅支度とかいろいろ……あ、もし大丈夫なら、アスティも一緒に加え……!」 「ミ、ミツケ、タ……!」 墓石のそばから激しい雨音に混じって聞こえた声…… まだやつらが生きてたのか!
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のーとん
自分はやっぱり狼男よりラッシュ派です!好みの問題ですが
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最強でありながら、キャラ的に結構いじりがいがあるところとかでしょうかねw
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たか☆ひ狼
2019年7月20日 19時23分
いけお
神谷将人
双子烏丸
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