ある獣人傭兵の手記

4話

血の海の真ん中で、俺は必死にルースを揺り動かした。 「おい! 起きろルース! 久しぶりに会ったのにいきなり死ぬな!」  だが、その小さな身体は急速に温もりが消えていった……流れ出る血とともに。 「フザけんなよ……お前からまだ全然勉強教わってねえんだぞ! バカ野郎! 起きろ!!!」  だらりと力なく下がる腕……完全に息絶えていた。 「るーす……?」胸に抱かれていたチビの目に、ルースが映った。 「るーす、どうしたの?」 「……死んだんだ」 「しんだ?」 「動かないんだ、もう……こいつは」  何も知らないチビにどう説明していいかわからない。こいつと初めて会った時、チビは親らしき死体の隣にいたっていうのに。 「なんでうごかないの……? るーすどうしちゃったの? ねえ!」 「うるせえ……もう、黙ってろ……」悔しさと虚しさの入り混じったものが身体じゅうを覆う。もうどうすることもできないんだ、と。 「ねえるーす、おきてよ、おきてってば」もう片方の手で、チビはルースの身体をぐいと揺り動かす。 「やめろ……チビ。もうこいつは……もう」 「おきてってば! るーす!!!」 「やめろ!!!」  そのときだった、不意に俺の周りの景色がグラリと揺れ動いた。  まるでめまいか、それとも地揺れのような……もしくは誰かが突然突き飛ばしたような、妙な感覚が。  俺も結構流血してたから、失血でめまいでも起こしたのか、なんて思ってしまったかのように。 「え?」  あまりにも突然のことで俺もつい変な言葉が出ちまった。 「え?」  そして、ルースも俺と同じ言葉を上げていた。  ……じゃない。  ルースの奴が、生き返っていた。  いや、そうじゃない。  ルースから流れ出た血が俺の周り一面に広がっていたはずなのに、それも消えていた。 「あれ、私……今さっきまで」 「ああ……死んで、た」あまりに唐突なことで、俺もルースもそれ以上の言葉が出なかった。  もちろん、ルースの胸を刺し貫いていた槍も、そして傷も消えている。  恐る恐る後ろを振り返ると……マシャンバルの兵の死体も、そして血の跡も、まるで最初からなかったかのようにきれいさっぱりと消えていた。  もしやと思い、トラップに挟まれてちぎれそうになっていた俺の足首……も、だ。  血の跡もない、動かしても全然痛くもない。  そう、まるでケガなんてしてなかったかのように。 「落ち着きましょうラッシュさん。まずは深呼吸して状況を……」 「るーすー!」そんなルースの背中に、チビがうれしそうに抱き着いてきた。  なんなんだ一体……⁉ 倒したはずのマシャンバル兵は消え、死んだはずのルースも、それに俺のケガもすべてが消えていた。  でも、確かに戦った時の記憶は残っている……なぜだ⁉ 「そういえばラッシュさん、私のことを突き飛ばしませんでしたか?」  聞いてみると、ルースの意識が遠くなる直前、誰かに思いきり突き飛ばされたような衝撃を感じたらしい。それがこの結果だ。 「俺もな、誰かに突き飛ばされた感覚があって……」 「と、とりあえず、帰りましょう……」  事態が呑み込めずにまだ呆けているルースと一緒に、俺とチビも帰路についた。

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