ある獣人傭兵の手記

3話

 ぎょろっとした目の男が剣を首筋に突き付けた瞬間、俺は身体をそらしながら顔面にパンチを叩きこんだ。  直後に剣から手を放す、そうだそれでいい。  そのまま剣を奪い取り、よろけた肩口に振り下ろす。これで一人目。  隣にいたもう一人の腰を、俺はしゃがんだままの状態で一気に横に薙ぎ斬った。二人目。  そしてその背後にいた奴の心臓めがけて剣を投げつけて三人目。ほんの一瞬で三人片づけることができた。  だが、これ以上は距離が遠すぎて無理だ。どうする俺……このまま右足斬り落として残りを片付けちまうか。  万事休すだなんて死んでも思いたくないが、これがピンチっていう状況なのかな、なんて思っていた時だった。  距離を置いていた連中が二人、膝から音もなく崩れ落ちて行った。それも同時にだ。 「ラッシュさん!」  ふと、俺の後ろから声が。それも、聞きなれたちょっとやかましげな声。 「久々に帰れたと思ったら……。ケガ、大丈夫ですか」やっぱり、ルースだった!  両手には刃が内側に湾曲したダガーが握られている。こいつで二人瞬殺したってことか。 「あんまり大丈夫じゃねえけど……お前がいれば大丈夫かもな」  その言葉に、ルースはあなたらしいですね、と鼻で笑っていた。  いつもならここで一発殴る予定なんだが、今はとても心強い。 「わたしが奴らの気を引きますから、そのうちにそのトラバサミを外してください」そういうと、またルースは姿を消した。  あいつ結構すばしっこいんだな。っていうかまともに戦っている姿を初めて見た気がする。  残りのマシャンバル兵の視線が白い存在に向いている間、俺は足首に食い込んでいる鋸刃をどうにか外すことができた。  俺が三人。ルースが二人仕留めて、残るは五人。 「正面からやり合うのは苦手なんで」と以前話してたことがあったなあいつ。  とにかくいまルースに頼るしかない。  と考えている内に一人が剣を振りかぶって俺の懐に飛び込んできた。  チビに見えないように殴り倒した後、俺の足に食い込んでいたトラバサミをそいつの頭に被せてやった。鋸刃が顔面を食い破り、これで六人目。  ルースはというと……腰につけているガラス瓶の中の液体を相手の顔面に引っ掛け、その隙に首筋をかっ切る……と、なかなか手の込んだ倒し方をしている。俺みたいに胴体ごとブッた斬るなんてのは、体格からして無理だしな。  残る三人も同じような思考ばかりだった。何も考えずに闇雲に斬りかかってくる。だから俺も簡単に倒すことができた。 「足、大丈夫ですか⁉︎」片付け終わったルースが一目散に俺のもとに駆け寄ってきた。  大丈夫……とは正直言えないかもしれない。予想以上に鋸刃が深く食い込んでいたから、歩こうにも全く力が入らないし、血もいまだに止まらない。  こりゃ、もしかするとヤバいかもな…… 「誰か呼んできた方がいいかも知れませんね」傷の具合を調べたルースの顔も深刻だった。  くそっ、以前の俺ならこんなトラップすぐに避けてたっていうのに。 「ところで、なんでここが分かったんだ?」俺はチビに後ろを振り向かせないように下ろした。背後は死体の山だ。見せたくない。 「用事があって仕立て屋さんに行ったら、その直前にラッシュさんが来てたよって聞きまして……でもって後を追ってたらばこんな事態に」なるほど、タイミング良かったな。  もう少し遅かったら俺もチビもヤバかった。 「ありがとな、ルース」  俺のその言葉に、あいつは黒い瞳をまん丸くして驚いてた。なんだ一体? 「ひょっとして……ラッシュさんが私にお礼を言ってくるのって、生まれて初め……ッ!」  突然、ルースの背後からドッと鈍い音がした。 「え……?」  あいつの胸が、どんどん真っ赤に染まり始めてくる。  槍が、まだ生きていたマシャンバルの兵が、事切れる直前、渾身の力でルースに槍を投げつけていた。  ルースの小さな胸から突き出た槍…… 「ちょ、なに、これ……」 「お、おい……ルース! 冗談じゃねえぞ! 死ぬな!」  白い足元に広がる血だまりの中、ルースが……  死んだ。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿