ある獣人傭兵の手記

2話

 とりあえず当分の間は外出を控えろ。とジャエス親方は言ってたけど、正直この家に缶詰めにされるのは俺もチビも耐えきれなかった。  我慢して一日は家にこもっていたのだが……ダメだなこりゃ、トガリの手伝いでメシ作りとかしていたが、不器用だからあいつの足引っ張りまくりで、結局「ラッシュは何もしないで見てていいから」って。  ジャエス親方は親方で、傷の癒えたアスティと一緒に書斎でいろいろ調べ物とかしてるみてえだし。  やつも前線で身体動かすよりかは本を読みふけっているほうのが大好きだとか。だから後方支援の弓兵だったのか。  こういう時、ジールやルースがいりゃ少しは話し相手にでもなれたのかな、なんて思っていると、通りの向こうの武具の仕立て屋から、俺の着てた鎧をきれいにしたぞとの連絡が来た。  ありがてえ、この前の戦いでけっこう返り血で汚しちまったからな。あれ持ってるとチビも寄り付かないし。  まあ、ちょっとならいいだろうと思い、俺はチビを連れて店へと足を運んだ。親方も最初はそれに難色を示してたけど、まあお前なら大丈夫かな、なんて、でも人のいない通りは気をつけろよとのこと。分かってる。俺もそこンところは警戒して歩くさ。  店に行くと、さっそく年食ったオヤジが出迎えてくれた。  ここは親方の時代から懇意にしてくれてる店だ、俺のときも鎧なんていらねえと言ってるのにもかかわらず、動きやすい革と金属の鎧を俺の体格に合わせて作ってくれた。だから俺はここの店しか行ったことがない。 「よお、子供連れてきたか! 元気でやってっか⁉」他愛のないことを話しながら、俺はいろいろ補修してくれた鎧をつけてみた。  当たり前だが、俺の身体の一部みたいにぴったりだ。それに余計なパーツも足さないから断然動きやすいし。 「おとうたんかっこいい!」チビが手放しで喜ぶと、店主はいつかチビのも作ってやるか、だなんて言ってくれた。  おいおい、俺はチビに戦い方を教える気なんてないぞ、なんて冗談交わしながら言ってたら、店主がポツっと俺に話した。 「お前、この年でずいぶん丸くなったな」って。  初めて親方に連れられてここに来たときは、まるで火の付いた薪みたいだったって。  そりゃ一体どういう意味だって聞き返したさ。 「触れないし近寄れない、それにまともに見ることだってできねえだろ。お前はそんな感じがした」って。  そっか……確かにそうかもな。俺はまだ小さな(鼻に傷がつく以前の)頃なんてまだ、親方以外誰とも口を開かなかったしな。  でもそれは、裏を返せば親方以外の存在にどうやって接すればいいか、それが分からなかったせいもある。  今はもう話せる仲間がいるしな。トガリにジール、ルース……そしてチビ。  丸くなったというよりかは、誰かしかと話せられる俺になれた、って言った方が正しいのかも知れないし。  だけどそういえば……親父これからどうするつもりなんだろう。今までたくさんの下っ端かかえて、このリオネングの連中の鎧とかも作っていたが、今はもう落ち着いてきたし。 「ああ、近いうちにここ引き払って、別の国にでも行ってみようかなと思ってる」  見渡すと、結構広かった工房もがらんとしていた。弟子も独立させて離れていったらしい。 「何十年とここリオネングで工房やってきたが、どうやらここで潮時みたいだしな。血なまぐさいとこがいいとは言わんが、もうちょっと平和じゃないところが俺の性に合ってる」  親父は俺に目を向けて「お前もじゃねえのか?」って。そうとも。分かってるじゃねえか親父。  今までみたいに金貨を渡して仰天させないように、今度は銀貨を渡して俺とチビは店を出た。チビの方はというとおまけで作ってくれた革製の小さな短剣のおもちゃをもらって上機嫌だ。 「おとうたんぱーんち!」やっぱりそうだ、っていうか剣で突っついてくるな。特に尻尾は。  なんてまた人気の途絶えた道を歩いていると……  ざわり、ざわりと俺のもとに迫ってくる気配が。  この前といっしょだ。街路樹の上から、建物の陰からと。結構な数が潜んでいる。  分かってる。どんなにお前らが身を隠そうが、気配を殺そうが一切無駄だ。  俺の全身の毛にびりびり来るんだ。お前らの殺気が。 「チビ……いいか、俺にしっかりつかまってろ、それと……」  チビも俺の感触の変化を薄々感じていたのか、心配そうな……それでいて何かを決したような目で俺の胸に抱き着いてきた」 「耳もふさいでるんだ、いいな」    愛用の斧を持ってきていないのもそうだが、俺は左手にチビを抱えている。正直、ちょっと不利かもしれないかな。  なんて考えることはやめて、俺は走った。まずは人通りの多いところまでいけば、奴らも手を出せないはずだ。  城とかは行ったことがないので無理だが、それ以外の街の地図は大体頭に入っている。ずっとここで育っていたからな。 「ミツケタ……」背後から、あの気色悪い声がだんだん数を増してきている。  時間を稼がないと、そしてチビをまずは安全な場所へ……  正面の路地を抜けて、もう少しで開けた場所へ出られる、そう思った時だった。  ガキッ!!  鋭い金属音とともに、俺の右足首に激痛が走った。 「しまっ……!」俺は反射的に肩から仰向けに転んでいた、チビを投げ出さないように。  恐る恐る足元を見ると……俺の右足首に、金属の鋸刃のトラップが思いきり食い込んでいた。  トラバサミかこれ、踏んだ時に発動して、足をはさんで身動きとれなくさせるやつだ! 「おとうたん……」「見るな!」涙目でチビが訴えかけてくる。  くそっ、誰がこんな街中にトラップなんてしかけたんだ。悪態をつきながら俺は挟んだ鋸刃を外そうとしたが……思いのほか食い込んでいた。骨は折れてはいなさそうだが、動けば動くほど鋸刃は食い込み、血が止まらなくなってくる。  トラバサミともども地面から抜こうとしても、杭が地中深く埋め込まれていて容易に抜けないときやがる。  まさか……俺の動きが読まれていた⁉ 最初から全部つけられていたのか?  そんなことを考えているうち、奴らの足音は消え、何匹ものひょろ長い身体をした10人ほどのオコニド……いや、マシャンバルの気持ち悪い兵士が倒れた俺の周りを取り囲んできた。  この前のときと同じ。だが中には服も鎧も身につけてない奴もいる、もはや人間とも呼べない姿だ。  ぎょろりとした大きな目を俺に向け「カカッタ」とケタケタ笑っている。ちくしょう、俺を野生の動物と思っていやがるのか。  じりじりと俺との距離を詰めてくる……さて、どうしたものか。  足首が切れ落ちそうになるほどの激痛から意識を切り離し、俺は考えた。  まずは一番近いやつを殴り倒してから武器を奪い取ることができれば人くらいは一度に行ける。  その後は……いや、またトラップが仕掛けられてる危険性もあるからな、相打ち覚悟で……  ……相打ち⁉ なんで俺、自分が死ぬことなんて考えてんだ。  狼聖母にカゴとかいうやつを受けてるんだろ、俺! チビを護らなきゃいけないんだろ!

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