ある獣人傭兵の手記

ラッシュ、奇跡と出会いと

1話

事のはじまりは、俺が例の夢からようやく開放され、久々に熟睡している時だった。 「おい、起きろバカ犬」 「ンあ……誰だよもお……」  ゴン! 「いでえ! 何するんだちくしょう!」 「俺だ、ジャエスだ。目ぇさめたか? さっさと起きて出かけるぞ」 「……へ、仕事っすか?」 「まあ、一応仕事みてえなモンだ、だがワケは聞くな」 「でも、なんでわざわざ親方が……?」  ゴン! 「だぁあ! なんで殴るんすか⁉︎」 「ワケは聞くなと言っただろ!」 「で、でも、どこへ行ってなにするかくらい聞いてもいいンじゃないっすか? それくらい」  その言葉に、ジャエス親方は突然ささやき声になって俺に告げてきた。 「ふん……この前な、お前が川で溺れている若者、助けたよな?」 「え、アスティの事っすか?」 「そうだ、あいつをこれから引き取りに行く」  俺は直感した。外を見ると、まだ暗い……夜明け前だな。  なんかウラがあるなと思った。だが親方のゲンコツがまた炸裂するから、とりあえずは聞かずに着いてくか、と。  家の裏口から、誰も周りにいないことを確認していざ病院へ。 「先に礼を言わせてもらう……甥のアスティが世話んなったな」  またまた殴られつつも聞いてみたが、アスティはジャエス親方の甥。オイと言われても全然俺には分からなかったが、アイツはジャエス親方の奥さんの弟の奥さんの……ダメだ、ややこしくて忘れた。  まあとにかく、アスティは親方とは家族なんだってことだ。    後から聞いた話だが、アイツは早くに親父を亡くしたらしく、ジャエス親方が親父みたいにかわいがっていたらしい。親方の方も奥さんが病気で子供を作れなくなったってことで、なんか自分の息子のようにかわいがっていたんだとか。親を知らない俺には全くピンと来ねえ。  さて、本題本題。  病院の裏口で身を潜めていたときのことだ。 「あいつ、どうもハメられたみてえだ」と。  ハメる……? しかし誰がなんであんな奴を? 「軍……いや、このクソな国そのものだ」  なんでこのリオネングがクソなんだ……普通に居心地はいいし。もうオコニドとのイザコザも済んだハズだし。意味が分からねえ。  そんな俺の思っていることを察したのか、親方はまた俺に言った。 「思った以上にこの国は腐ってる……まさかここまでとは」  親方はほとんど独り言のような言い方だった。  しかし腐ってるだのクソだの…この前までのジャエス親方とはえらい違いだ。  その時、ふと親方は俺に言った言葉……おそらく、この時に俺たちの運命は変わったのかもしれない。 「おまえ、この国を捨てる覚悟はあるか?」 事前に病院の親父とは話を済ませていたらしく、俺はアスティを目立たぬように麻袋に入れ、こっそりと病院を抜け出した。  とにかく頭の中がハテナだらけだ。アスティの件といい、国がハメたといい……  家に戻ったときには、もう朝告鳥の鳴き声が聞こえてきていた。  アスティはまだ頭とか身体に包帯が巻かれていたが、それ以外には特に深刻なケガとかはなかったみたいだ。  だが、ひどく落ち込んでるみたいで……ちょっとやつれ気味だし、この前会った時とはまるで別人のようだ。 「やっぱり、殺されそうになったんですね、僕……あのときはてっきりチンピラか何かに突然因縁吹っ掛けられたものだとばかり」  家の奥にある大きい部屋にアスティは運び込まれ、あいつはことの経緯を話してくれた。  深夜までひとりで飲んでいたアスティは、軍の宿舎に帰るときに数人の男に突然袋叩きにされて、そして川に放り投げられたんだとか。  なるほど。それで川に投げ込まれて溺れ死んだようにされたってことか。 「アス坊、どうもお前を生かしちゃおけない奴らがいる……ある程度察しはつくだろうがな」  アスティは力なくうなづいた、つーかジャエス親方ってアスティのことをアス坊って呼ぶんだな。  つまり、先日の仕事が発端だったんだ。  ゲイルの……そして人ともケモノともつかない奴らに襲われ、俺らの舞台は奇襲によって壊滅状態にさせられたこと。  それしか考えられない……しかし誰が、いったい何のために⁉ 「俺も人づてに聞いた話なんでな……要はこの国が、半分オコニド……いや、マシャンバルの連中に乗っ取られちまってるみてえなんだ」  しかもそれは、つい最近の話でもないらしい。まだオコニドとの和平が締結する前のことだとか。 「俺たちが思っている以上に、マシャンバルってえのはヤバい国だってことだ」  外に俺たちの状況が見えないように、親方は窓の厚いカーテンを閉めた。  しかも、この前俺らが行った仕事……オコニドの掃討。あれはほかの場所でもあったらしく、親方が知る限りじゃリオネングの方がほぼ全滅するくらいの損害だったとか。  そう、それもほとんど聞かされていない。 「軍部がマシャンバル派にとって代わられている……おそらくアス坊とバカ犬もこれで潰される危険性があったんだが、運良く残ったのはお前たちだけ……さらには出会ったライオン野郎から秘密を聞き出せた。これはマシャンバルにとっては誤算だったってことだ」 「そして僕も消されようと……そんな、そんな……!」アスティが悔しさに泣きだした。そうだろうな、今まで信じていた自分の居場所が、実は敵国に乗っ取られていただなんて、正直あり得ないことだし。 「とりあえず俺の知り合いが何人か軍や城に出入りしている、そこから中身がはっきりするまで、アス坊、お前はここでしばらくいろ」  そうだな、いずれにせよまたアスティが治って外に出て戻っても、もしかしたらコイツ自体の籍が亡くなったことで消えているかもしれないし。  あ、そうそう。  ついでだからと思い俺は、先日チビと公園で遊んでいた時の謎の声をジャエス親方に話した。  案の定、親方は深いため息をついた……そうだよな、これはもしかして俺も監視されているってことなのかもしれないし。 「こいつぁ、俺が考えてた以上に深刻かもしれねえな……」

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