「で、どこまで見れた?」 「爪先……です」 と、こんな感じに俺は、ジャエスの親方に夢の詳細について語っていた。 あの後俺は、謎の女性の姿をちょっとだけでも見なければと、動かない身体を必死によじらせて、どうにか首だけ上げることができたんだ。 で、見えたのが足だけという結果に。 「どんな感じだった、靴は履いてたか?」 「いえ、それが……俺と同じだったんでさぁ」 黙々とペンを走らせていたジャエス親方の手が、止まった。 「なにぃ⁉ っていうと、お前と同じ獣人の……女がそこにいたってことか?」 俺は無言でうなずいた。もちろん俺の足みたいなでっかいやつじゃない。もっとほっそりとした、クリーム色のきれいな爪先だった。 「どうにかこうにかお前はその女を見ようとしているワケ……か。ふん、なかなか興味深いな」 この親方のパイプの煙にもようやく慣れてきたころだった。それだけじゃない。その声に妙な懐かしささえ感じていたんだ。 「女の獣人の傭兵なんざ見たこともないしな……いや、一応はあるがお前の言ってる足とはかけ離れてるし、こりゃあ、お前の夢でこの女はなにかを伝えようとしていたのかもな」 自分もそうじゃないかと思っていた。俺が戦場でのたれ死ぬなんてこと自体あり得ないし、だけど…… 「……いや、違うな」 突然、ジャエスの親方が高い天井をじっと見据え始めた。 違うってどういうことだと聞いてはみたが、俺が違うと言えばきっと違うんだ、と。どういうことだ一体。 そんなことを言って親方は黙りこくってしまった。 まあ俺もこれ以上どうしようもねえし。ということで、仕方なく親方の家を後にした。 ………………………………………………………………………………………………………… そしてまた、俺は同じ夢を見ていた。 薄れゆく意識の中、あの女の声が頭の中に響く。 ーこんなところで倒れてしまってはいけません。 『なんでだよ……おれ、もうつかれちゃったよ、からだうごかない』 ーだめです、あなたにはこれからまだまだやるべきことがあるのです。さあ、立ち上がりなさい。 『やるべき、こと……?』 ーそうです、わたしは、あなたの…… 『あなたの、なんなんだよ……?』 いいところにまで来て、また俺は目が覚めた。 チビが言うことには、うなされつつも何かをしゃべっていたらしい。 全く、いつまで俺はこんな変な夢に振り回されるんだか……なんて思った直後だった。 「オイ! バカ犬いるか⁉」 1階から、どっかで聞いたような声が響いてきた。わかる、あれは親方……ジャエス親方の声だ。 食堂に降りると、親方は一番大きなテーブルの上に、何枚もの古地図やら古びた分厚い本を広げ始めた。 「おいバカ犬、ガンデの兄ィの書斎はまだそのまんまか?」 俺と顔が合うやいなや、ジャエスの親方は唐突に親方のことを聞き始めた。 「へ、へえ、全く手はつけてません」 そう。俺は全然親方の部屋には入ってない。すべてをあのまま残しておきたかったから。 「よっしゃ、んじゃしばらく兄ィの部屋使わせてもらうぞ!」 おいおい一体どういうことだ、いくら弟分とは言ったって、やっていいことと悪いことくらい分かるだろうが。親方の部屋を荒らす気か⁉ なんて思った俺は、ついついジャエスの親方に食ってかかってしまった。 「つべこべ言うんじゃねえボケが! おめえのためにここに来たんだろうが! 答えが見つかりそうなんだからつべこべ言うんじゃねえクソ犬!」 え、答えっていったい……? バカとかクソとかさんざん言われたことをすぐに忘れた俺は、また親方に問い返した。 「お前の夢に出てきた女だ! 確かに女性の獣人の傭兵なんてえのは過去の記録には一切存在しなかった。だがな……一度だけあるんだよ! 似た記録がな!」 記録にないけど一度だけある? どういう意味だ⁉ 「サン=デレクト高原の戦いって言ってな。13年前にあったでっけえ合戦で……あったんだよ!」 ジャエス親方は俺に向き直り、ニヤリと笑った。 「狼聖母、ディナレが降臨したんだ……!」
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