「ジャエスのおやっさんに聞いてみれば?」と、俺の悩みにジールはそっけなく答えてくれた。まだ昨晩の件で怒っているみたいだな。 そんな名前の奴いたかって返したら、忘れたの? って……俺はそんなに人間の知り合いなんていないのに。 「親方の戦友の名前も忘れちゃったわけ? まったくもう……」 と言われてようやく思い出した。 親方がまだ俺を買う前。現役バリバリの岩砕きのガンデと恐れられていた頃に知り合った、いわゆる舎弟という間柄の人だ。 傭兵やってた頃はどこへだって一緒についていった仲だったそうだが、結婚を機にいち早くこの仕事を卒業し、逆に傭兵に仕事を紹介する斡旋業という道を選んだと聞いた。 「俺がいないときに仕事やりてえときは、まずはジャエスのとこへ聞いてこい、割のいい仕事見つけてくれるからな」 そう、まだ俺に名前すらついていなかった頃の話だ。その頃に1,2回会っただけだから、正直どんな人だったかほとんど覚えちゃいない。 ……無論、親方の葬儀の時だって姿は見ちゃいねえし。 親方が墓に埋められるときは、俺ら獣人はそこに参列すらさせてもらえなかったしな。 俺たち4人は、墓地の高い壁の向こうから聞こえる変なお祈りの声だけ聞いてるだけだった。トガリなんかずっとわんわん泣きっぱなしで……いやそんなことはどうでもいい話だ。 今は、ジャエスの親方に……って、なんでその親方に聞けばいいんだ? 「あのおやっさん、いろんな占いに凝ってるって聞いたからさ。夢見とかでも相談に乗ってくれるんじゃないかなって」いい加減すぎるなジールも。 占いそのものも俺は一度も信じたことがないんだが、こればかりは自分でもどうしようもないってことで、俺はすぐさま、町はずれにあるジャエスの親方の家へと行ってみることにした。 「おいおいおい! 誰かと思えばガンデ兄ィのとこのバカ犬じゃねえか! おいコラ元気でやってンのか⁉」 親方とは5歳くらい年下とはジールから聞いたが、まだ生きてればきっとこのくらいの年の重ね方だろうな、って思えるくらい年を取った感じだ。 浅黒い顔に刻まれたシワがとても太く、深い。 そして頭に毛は一本も生えておらず、陽の光を受けたらキラキラまぶしいんじゃねえかと思えるくらい、ピカピカに輝いていた。 「で、いったいどうしたんだバカ犬よぉ、仕事を探しにでも来たのか? いくらでも相談に乗ってやるぞ!」 通された客間は、まるで親方と趣味が瓜二つなんじゃないかと思えるくらいだった。足の裏がムズムズするくらい深い毛足のじゅうたん。それに咳き込むほど染みついた煙草の匂いがあちこちから漂ってきやがる。どこでもたくさん吸ってるんだな。 「へ、へえ、実は……」俺はこれでもかっていうくらい低姿勢でジャエス親方に例の件の相談をした。 これ、ジールから聞いたことなんだが、とにかく先に親方を上機嫌にさせておけとのこと。 普通に見た夢を話してお願いするよりか、親方の相談が良く当たると聞いて……と、まず最初に言っておいたほうが、ラッシュ的にはいいぞとジールは言ってた。つーかラッシュ的ってなんだよ。 「ガッハッハ! そういうことか! 俺の噂がそこまで広まってるってか! 面白いじゃねえか!」 うん、それを話しただけですげえ上機嫌になってきやがった。これでいいワケだなジール。 ジャエスの親方は、手脂とヤニで黒光りするパイプに火を点けると、いきなり親方との過去話を始めてきた。 この煙自体俺は好きな匂いじゃねえし、おまけにこういう長ったらしい話は大嫌いなんだ。我慢して聞いてたって30分が限度だ。眠気の方が勝っちまう。また俺にそこで夢を見させろっていうのか。 ざっくり言ってしまえばほとんど自慢話だった。親方がオコニドの将軍の首を取りそこなったとか、ヒザに矢を受けたけど3日で完治して戦線復帰したっていう武勇伝とか…… ああもう、正直どうでもいい。俺にとって親方は特別な存在なんだから。 クッソ長い自慢話が終わりを告げて、さて、お前の見た夢っていうのを教えてくれという話にようやくなってくれた。 「それなんですが……」 俺が見る夢。 おそらく生まれて初めて見る夢。 そして、正直口にもしたくない内容だ。 「俺……死んでるんです。戦場で」 ジャエス親方は、これ以上にない驚きの顔で俺を見ていた。 夢の始まりはこうだ。 どこだかわからない戦場。周りでは敵味方の死体があちこちに散乱している。 その中に俺も交じってる。背中に何本もの矢が刺さった状態で、泥の中に突っ伏して。 ……と、ここまで来てなんとなくわかるかなと思うが、なんで俺が死んでるのが分かるのかっていうこと。 そう、俺は、俺自身はそれを離れたところから見ているんだ。死んでる俺の身体を。 死んでいる俺は今の姿じゃない。まだ体格もそれほどしっかりしていない、十年近く前の自分だ。 どのくらいいろんな戦場を渡り歩いたかなんてもう知っちゃいない。泥と血煙にまみれながら斬りあっているだけの場所。 「なぜそれがお前だとわかるんだ?」ジャエスの親方が、使い古した手帳に何かを書き込みながら聞いてきた。 俺一人くらいしか獣人の傭兵なんていなかったし、それに来ていたズタボロの革鎧が、以前着てた自分のやつと同じだったから……ゆえに、これは俺自身だと直感したワケだ。 「ふん……俺も趣味で人の夢を聞いて相談とかをやってはみたものの、この手のは生まれて初めてだな、死んでる自分を自分が見ているなんてぇのは」 グレーの煙を大きく吐きながら、だがな……と親方は続けた。 「別に死んでるからっていって、それがヤバいことにはならない。そこだけは安心しろ。ただ……これからのお前の境遇とか環境、そして生き方が大きく変わる兆候かもしれん。夢の中の自身の死っていうのはそれを現してる」 ほかに何か変わったことはなかったかと親方は俺にたずねた。 自分の姿を見ている俺はというと、なんか地面からほんのちょっと浮かんでるみたいで。まるで、そう……この感触のイヤなじゅうたんに寝てるみたいな感覚だ。歩いても歩いても一向に若いころの俺には近づけない。 そう、そして、まだ鼻面に十字傷がついていなかったっけ。 「結構鮮明な夢見だな……しかしそりゃもしかすると、本当に起きたことだったりするのかもしれねえぞ」 親方はいったん書くのをやめ、分厚い手帳の前の方をパラパラとめくって読む。 「その時、なにかお前の身に重大なことがあったのかもな、それを思い出せなかったりとか。変な夢見なのは、記憶の底からそれをお前自身が引っ張り出したい潜在的な意識がそう作用させている……まあいずれも過去にあった体験談から導き出した答えだ」 悪いな親方、もうここまでくると言ってる意味が全ッ然俺にはわからねえ。でもそんなことは今の俺が死んでも言えねえ。 ってなワケで、また何か変化があったら俺に知らせろとのことで、俺はジャエスの親方の家を後にした。 久々に緊張していたせいか、身体じゅうがすごく硬くなっていた。途中からわけのわからねえことばかり言ってるし、俺も頭から変な煙が出そうだったし。 とりあえずは家に帰ってチビの相手でもするか。別にこの夢のせいですぐに死んじまうとかってことでもなさそうだし。 その夜、案の定俺はまた同じ夢を見ていた。 だが今度は違っていた、見ている俺自身じゃなく、俺の意識そのものが泥の中に突っ伏していたんだ。 あの時、俺が遠くから見ていた若い俺自身。 しかし身体を動かそうにも、指一本すら動かせない。そして耳から聞こえてくるのは人間たちの殺し合いの怒声ばかりだ。 息をしようにも、胸の奥には泥水と鉄臭い血が詰まって、ヒュウと鼻から漏れるわずかな呼吸だけしかできない。 ああ、そうだった。痛みって、『痛い』を通り越すと焼けつくような熱さになるんだっけな。 真っ赤に焼けた鉄の串を刺されたみたいな猛烈な熱さが、背中を覆っていた。矢だ、何本もの矢が刺さっているんだよな、俺。 今まで見ていた夢を思い出しながら、俺は現実じゃない熱い痛みと戦っていた。 しかし、そのうちだんだんと意識が泥と同じになって…… 『おれ、ここでしぬのかな?』 『ああ、ばかやっちゃったな、へんにとびこんじゃったからいっぱいやをうけちゃった』 『おやかたごめん、いきできない。おれ、もうだめ』 しかし俺の意識が薄れてゆくうちに、だんだんと今の俺自身の意識ははっきりとしてきた。 そうだ、俺は確か最前線で勇み足で出て行っちまったから、塹壕に隠れていたオコニド軍の弓兵の矢を背後から受けて……! 『おやかたぁ、おれもっとでっかいにくくいたかっ……」 ーいけません。 その時だった、倒れている俺の目の前に、声とともに光り輝くなにかが。 優しくも厳しい、だけどどっかで聞いたことのあるような懐かしささえ感じる…… そう、それは生まれて初めて聞いた女性の声。 『だ……れ?』 ーようやく見つけましたよ。わたしの……ー そしてまた、俺は汗だくの状態で目が覚めた。 「なん……なんだ、あれ」 悔しかった。あともう少しで俺の夢が、忘れていた記憶が見えてくるとこだったのに。 「おとうたん、だいじょぶ?」俺の隣では、チビがずっと俺の指をつかんでいた。 「あ、ああ、ちょっとな、また変な夢見てたんだ」 「おとうたん、ずっとうんうんいってた……」 そっか、俺、ずっとうなされてたのか……
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