「ななななんでだよおおお! これから俺は完全な人間になれるんだ! 今まで俺たち獣人を見下してた人間にだぞ! お前にだってそのチャンスがあるんだ! その誘いを何で断るんだ!!!」ゲイルがうろたえながら俺に詰め寄ってきた。 「で、人間になったら今度は俺たちを見下す側になるってことか?」 「え……?」ゲイルの目が呆然と大きく見開かれた。 やっぱりな。その先のことは一切考えてないってことだ。 「そういうのって弱いモンの考えじゃねえのか? 差別されたからって、今度は差別する側になる。お前自身が強くなかったからそういう考えになるんじゃないかなって」その言葉に、もはやゲイルは答えることができなかった。 「ゲイル、お前はいい仲間でいられると思ったんだけどな……だけどそれももう昔の話だ。身も心も最低の奴に成り下がっちまったな」 そうだ。俺にはマシャンバルだの人間になれるだのなんて正直どうでもいい。明日のことなんて明日に考えればいい。今までそうやって生きてきたんだし。 「く……そ、クソクソクソクソォォォォォォ!!! もうお前なんか絶交だ! 友達でも仲間でもなんでもねえ!」 ゲイルは廃屋の壁に立てかけてあった斧を取り、俺に振りかぶってきた。 え、それどっかで見たことある……って俺の斧じゃねえか! 殴られて気絶してる間に持ってったのか! ってオイ! 「死ねやぁ!! ラッシュ!!!」うわバカ! 殺す気か! ヒュッ! ふとその時、俺の耳元をかすめるなにかの音が。 「え、あ……がぁあ」ゲイルの弱い悲鳴とともに、その左目には短い矢が深く突き刺さっていた。 「ラッシュさん! 大丈夫ですか⁉」背後からアスティの声が、あいつの撃った矢か! 「な、んで……なんでお前……」目を貫いたが、まだ致命傷にまでは至ってないようだ。力なく俺の斧がゴトリと落ちた。 「行けよゲイル……二度と俺の前に来るんじゃねえぞ」一応仲間とは言ってはおいたが、もはやそれ以下の存在でもない。しかしそうは言っても、同族を殺したくはなかった。 それは、唯一の俺の良心かもしれない。 「そんな気持ち悪い姿、もう見たくないからな……」 俺とアスティは廃屋を後にした。背後でゲイルが何か叫んでいるようだったが、今はもう何も聞く気にもなれなかった。 頭の中に複雑な考えが入り混じる。別にこの国に居続けることには全く未練はない。王様とやらの顔を見たことも生まれてこの方一度もなかったし、お偉いさんに忠誠を誓ったこともない。朝出かけて、夜には金もらって帰るだけの日々だったし。 ゲイルの考えは、あいつなりの自由と幸せを追い求めた結果だろう。だから賛同はできないが、やめろということも言えなかった。 「いいんですかラッシュさん。あの人放っておいちゃって?」 そうそう。小走りで俺に駆け寄るアスティに、奴が例のゲイルだということを話してやった。 「ええええ⁉ だってあの人全然ラッシュさんみたいな獣人には見えなかったですよ!」 ということで俺は、こいつに例のマシャンバルの件を全部話した。 獣人を人間に、そして人間に獣人の力を与え、ゆくゆくはリオネングの、いや世界を手中に収めるという計画を立てている最中だということも。 「大変だ……! それ一刻も早く報告しないと! ラッシュさんも行きましょう」 いや、と俺は首を横に振った。これはお前の手柄にしたほうがいいんじゃないかってな。 「ラッシュさん、人が良すぎますよ……」 いや正直俺みたいな獣人が報告するよりか、軍にいる人間のアスティが言った方のが、周りの連中は聞いてくれるんじゃないかと思っただけなんだが。 焼け残った馬車と馬を引き上げ、俺たちは帰路へとついた。 チビのやつ大丈夫かな……なんて思いながら。 結局、予想外の奇襲で隊長他ほとんどの兵が殺された。生き残りは俺とアスティと、ケガ人2名だけ。 実をいうと、仕事で俺もここまで痛手を受けたことは生まれて初めてだった。これもゲイルの言う『新たな時代の人間』のもたらした結果なのだろうか。 いずれにせよ、このままじゃリオネングは奴らに圧倒されてしまうだろう。とはいえ俺みたいな傭兵が言ったところで門前払いが関の山かもしれないが。 ということで、俺はアスティにゲイルが話していたことを分かる限り言っておいた。 もはやオコニドという国は存在しない。あるのは神国マシャンバルといういまだ全貌の見えない小国。 だがここの王とやらは獣人を人間に、そして人間には俺たち獣人の力を付与した、敵に回したら相当厄介な兵士を作っている。 しかし……こういう場合って証拠とか持っていかないと信じてもらえないかもしれないな。とはいえ襲ってきた連中は皆殺しにしちまったし。 「あ、いますよここに」帰りの馬車の中、アスティはあっけらかんとした顔で答えた。 焦げてボロボロになった荷台の上、そこには縄でぐるぐる巻きにされた、あの襲撃犯の……獣人の能力を身につけた兵士の姿が。 「ラッシュさんを追っていったときにうろついてたのを見つけたんです。足を狙ったら偶然にもうまく当たってくれて。で、もみくちゃになりながらもなんとか生け捕りにしました」 なるほどな、あいつら木の上から飛んで襲い掛かってきたし、身体の能力も人間以上ってことか。 舌を噛ませず、声が出せないように分厚い布で口をくるまれている、何か叫んでいるようだが俺たちにはさっぱりだが、きっとあの時みたくくたばれリオネングって言ってるに違いない。 「しっかし、見ればみるほど異様な姿してますよね。最初は化け物かと思っちゃいましたよ」 朝の光に照らされたその姿。さっきは暗がりでイマイチ分からなかったが、こうしてみると本当に異形そのものだ。 目は大きく、そして月の明かりのように黄色い。耳は大きく横に張り出し、先端は俺たち獣人みたいに長い毛が生えている。 手も足も長く、指先には長く鋭い爪が生えている。 そうだ、こいつらは人間でも獣人でもない、言うならば化け物に近い存在だ。 「大丈夫ですよラッシュさん、軍に戻った時にコイツを上司に見せれば、僕の説明がいかにへたくそでもすぐに信用してもらえますって」 なんて他愛のない会話をアスティと長々しているうちに、急にデカい睡魔がやってきた。しかもよく見ると身体じゅう返り血だらけだし。まあしばらくすりゃ乾いて勝手に落ちるだろ、この程度で身体なんて洗いたくないし。 アスティには「ヒマなときには遊びに来い」と言って、街で俺は馬車から降りた。なんかもう金すらもらう気力すらなかった…… いろいろありすぎて、頭の中にとどめておかなきゃいけないこともたくさんあって、そう、脳みそが疲れると身体も疲れるんだなということを初めて知った気がする。 気が付いたら太陽は頭のてっぺんあたりに来ていた。そっか、もうお昼か。腹減ったな。 なんていろいろ頭のすみで考えながら、俺は住処のギルド兼宿屋へと帰ってきたのだ……が。 俺の姿を見たチビが、やけに怖がっていたんだ。 いつもなら仕事から帰ってくると「おとうたんおかえり!」って真っ先に飛びついたりタックルかましてきたりするのに、今日は違う。 トガリのいる厨房の陰で、おびえながら俺を見つめていたんだ。 「おい、どしたんだチビ……? 来ねえのか?」 「おとうたん……やだ、こわい」 ワケ分からねえ。いったいどういうことだ……? よくわからねえ。別に俺はツノ生やしたりとか、誰かの首を土産にぶら下げてるわけでもないのに、ずっと逃げちまう。 俺が近づくと、逃げる。その延々繰り返し。 しかもだんだん泣きそうな顔になってくるしで、俺もそんな行動に対してイラつきを感じてきた。 「あああ、ラララッシュおかえ……」厨房の奥で支度をしていたトガリがようやく俺に気付いたが…… あいつも同様に、表情が凍り付いた。 「とがりー! おとうたんこわい!」援軍が来てくれたからか、チビはさっとトガリの後ろに隠れてしまった。 「ああ、あのさラッシュ……」「どうもこうもねーだろが!」 チビもトガリもなんだっていうんだ、旅の疲れも相まって、俺のイライラはついに頂点に行ってしまった。 「だだだだだからさ、ラッシュ、その、わわ分かる?」トガリもすっかり怯えきっているし。 けど普通俺が帰ってきたら、おかえりーとかご飯できてるよって真っ先に言ってくるのがいつものお前じゃねえか。 食堂の長椅子にドカッと腰かけた俺に対して、トガリはまた申し訳なさそうな顔で言ってきた。 「ラ……ラッシュさぁ」「あァ?」 俺も俺だから、こいつらに対して引き下がろうという気は全くなかった。いつもの俺だろ? まるでどこぞの沼の怪物が入ってきたみたいな怯え方しやがって。 「ラッシュ、いいから自分の姿を鏡で見て。それ以上僕は何も言わない」 大きく深呼吸をした後、ふとトガリは押し殺した声で俺に言い放った。 俺の背中に冷たい氷のようなものが走る。 メガネの向こうは眠そうな目じゃない。思いっきり俺をにらみつけている。 いつものトガリじゃない。しゃべり方も変じゃないし。これは大掛かりなメシ作っているときのマジな目つきだ! ああ、ヤバい。これ本気で怒っている……! たしか親方が言ってたような気がする「いいか、これは俺の経験から感じたことだが、トガリのやつは絶対に怒らせるな。それとメシ作ってるときは絶対邪魔するな」って。 あいつ怒らせたらどうなるんだ? って逆に聞いてはみたんだが、親方は知らない方がいい、とにかく怒らすなとだけ念を押してたな。 おびえるチビの肩を抱き、奴は俺と一切目を合わせずに厨房へとまた入っていった。 分かる。背中から言いしれない怒りの気迫が漂っているのを。戦場で強い人間から見えてくるものだ。 俺はトガリに気付かれないように、そっと食堂の奥にある大鏡へと足を進めた。 いつも装備を確認するときに使うデカい鏡だ。俺の耳の先から足の先まで全部見れるほどの。 なんでも親方がどっかの国から大枚はたいて買い付けたとか……ってそんなことはどうでもいいこと。 ……でも、別に俺の姿はなんの変哲もなかった。いつもの仕事帰りの俺の格好じゃねえか。 「全然異常ナシだろうが。お前一体俺のどこ見てるん……ヒッ!」 鏡に映った俺の背後に、さっき以上の怒りをまとったトガリが立っていた。その気配に全く気が付かなかった…… 「……異常ナシ。そう、いつものラッシュだよね」 俺はその気迫に逆に怯えを感じていた。いや、怯えるってこと自体全然なかったことだ。 「だけどさ、今は違う。ううん、もう昔とは違うんだよラッシュ! チビちゃんはラッシュの何に怖がっているのかちょっとでも考えたの⁉ ラッシュはあの子のお父さんなんだよ。つまりチビの親方なんだよ! それが返り血まみれの真っ赤な姿でいきなり家に飛び込んできたらいったいどう思う⁉」 目に涙を浮かべながらトガリは一気にまくし立てた。こいつがいつもの聞き取りにくい喋りをせず、ここまで言ってくるなんて相当の覚悟と練習をしてきたに違いない。 俺はもう一度鏡を見つめた。 ……俺の血じゃない。真夜中にオコニドの、いやマシャンバルの連中どもを何人も叩き殺した、その返り血が……顔から、身体から。そして奴らの骸を踏んづけた足元まで、赤黒くべったりとこびりついていた。 今までだったら、トガリはヒッと驚く程度で特に何も言わなかった。 それが日常だから。 親方も「おう、今日は何人やったんだ?」って喜んで話してきたし。 それが普通だったから。 でも、いまトガリに言われて初めて『昔とは違う』ことを思い知らされた。 「べべ別に仕事をすることをやめろとは言わない。ラッシュが生きてきた道だもの。いいい今さら生き方を変えるだなんて無茶だしね。ででででもそれをチビに悟られないように気を使わなきゃ! そうでしょお父さん!」 皮肉でも何でもない、トガリのお父さんという一言がズンと胸に響いた。 チビと初めて会った時、あいつは親の死体のそばに寄り添っていた。 俺はあの時怖がらせたくない一心で、襲ってきた奴らを倒すところを見せないように抱きしめていたじゃないか。 それをすっかり忘れていたんだ。久しぶりに傭兵の俺の血が騒いでいたおかげで。 「……悪かったトガリ、俺もついチビの気持ちのことを忘れちまってて」 トガリは、ううん僕に謝らなくてもいい、でもチビには出来得る限り優しくね、と話してくれた。いつもの口調と眠そうな目つきに戻って。 「っってこことでさ、そそその臭くて汚い身体を一刻もはははやくきれいにして!」 いやそれとこれとは別だろ、俺が風呂嫌いだってこと知ってんだろ、ほかの方法をだなと返したかった。 しかしトガリを再度怒らすともう二度と家事をやらなく……いや、ヘタしたらチビを連れて家出する危険性もあり得るだろうと瞬時に俺は判断したワケだ。そう、トガリとのこのやり取りも戦争の一つみたいなもの。ここは落ち着いて……だな。 ということで俺は駆け足で、離れにある来客用の浴室へと向かった。もちろんチビに気付かれないようにだ。 後ろでトガリが呼び止める声が聞こえたが今はいい。恐らく石鹸を忘れてるよって言いたかったんだろう。 浴室の前で、俺は数回深呼吸をした。 何年もの間、風呂はおろか、身体すら洗ったことがなかったことを思い出しながら。 そうだ、すべては川に投げ込まれて水恐怖症にさせた親方が悪いんだ。 でもその、やっぱり怖い。 なもので俺は何も考えずに、どうせ服きたまま風呂に入っちまえば全部洗い落せるだろう、洗濯といっしょだと思いながら浴室のドアをバン! と開けた。 そこには、湯気に包まれたジールの細い身体が。 街中に聞こえるくらいの甲高い悲鳴とともに俺を襲った。 「せせせ盛大に引っかかれたねラッシュ」苦笑しながらトガリは俺専用の巨大なハンバーグを持ってきてくれた。 その向かいでは、チビがまだ俺の顔色をうかがいながらメシを食っている。そんなに俺の顔が怖いのか。 そして食堂の隅では、ジールが背中を向けながら黙々とメシを食っていた。 「だだだから言ったじゃない。おおお風呂はジールが入ってるってさ」 「聞こえねーよ」 かく言う俺の顔面には、無数の鋭いひっかき傷が刻まれていた。そう、ジールのだ。 だが今の俺にはすべてが理解できなかった。風呂に入ってたジールを見ることが何で悪いのかってことを。 「そそそっか、ラッシュって女性っていうものを全然知らなかったんだね」そう言ってトガリは説明してくれた。 人間や獣人に限らず、俺たち男性は女性がお風呂に入っているところを見てはいけないことを。いや、そういうプライベートなところは許可なく見てはいけないんだということを。 「考えてごらんよ。お風呂中に突然血だらけのラッシュが飛び込んできて、しかもジールの身体を見て平然としているだなんて。チビちゃんだって怖がっているのに」 「おやっさんがそういう教育一切やってこなかったのも原因だけどね。まあ戦場に女性なんてほとんどいないからしょうがないとは言え、次やったら本気で殺すからね。覚えときなさいよラッシュ!」 先に飯を食い終えたジールが去っていった。まだ口調からは怒りがこもっている。 「後できちんと謝るんだよ」こっそりトガリが言うものの、俺はまだまだ解せなかった。 なんなんだ今日は。仕事の件といい、チビに嫌われるわトガリにマジで怒られるわ、とどめにジールに引っかかれるわで最悪だ。 おまけに……そのあと川に入って身体を洗ったおかげで、びしょぬれですげえ寒いわで。 今一度身体を乾かさなきゃと、俺はチビと一緒に裏庭へと出て行った。 今はほとんど手入れしていない草ぼうぼうの庭。ゴロンと寝転ぶと、ひときわ大きな青空が目に飛び込んできた。 「おとうたん、ねてるの?」チビが心配そうな顔で俺の顔をのぞき込んできた。 お前も一緒に寝るかというと、あいつも俺のマネをしてとなりに寄り添ってきた。 ……なんか、こうやって寝るの久しぶりだな、なんて思いながら、仕事の疲れもあってか、俺はそのまま眠ろうか…… と思ったものの、急にゲイルの言葉が気になってきた。 あの時、奴の話に乗って俺も人間になっていたら……なんて。 でもそんな姿を見て、チビは喜ぶだろうか、とも。 複雑な気分がもやもやと頭の中を覆う。 当分は、この悩みは俺の頭から離れないだろうな…… すうすうと寝息を立てているチビの肩を抱きながら、俺は無理やり目を閉じた。 終わり
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T&T
安心しました!笑 続き待ってます!!
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T&T
終わり?って? この続きがないってことでしょうか……?
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ああっすいません!続きます!
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たか☆ひ狼
2019年7月9日 19時20分
楽どじん
八百十三
空色
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