結局、ルースのあの手紙が意味するものが何なのかわからないまま、仕事の日がやってきた。 出かける直前までチビはべそをかいていたが、ジールが教えてくれたアレ(人間の間ではハグと呼ぶらしい)をやってみたおかげで、どうにかまた轟音の被害は食い止められたようだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ……馬車の中はシンと静まり返っている。 8人乗りの比較的大きな空間の中、獣人は俺一人だけ。 あとに続いている数台の馬車の中にも、いわゆるリオネングの志願兵しかいないと聞いた。そいつらも一人を除けば結構若い……服越しからでも分かる。筋肉が全然ついてないからな。 そして、暗い。 天井からつるされたランタン籠の中には、淡い青緑の光を放つ甲虫が数匹入っている。それが一つだけ。消えるか消えないかくらいにぎりぎりに明かりを絞っている状態だ。 夜目の効く俺は大丈夫だが、人間にしてみれば、周りにいる連中の顔つきがようやく判別できるくらいか。 まあ要は相手に極力見つからない隠密の作戦。それだからしょうがないか。 さらには、馬も特別に調達したものらしい。足元が毛におおわれていることで、蹄の音が極力抑えられている、希少な種の馬だとか。 しかし、廃村にいる奴らを蹴散らす程度の作戦だと聞いたのに、いったいなぜここまでやる必要があるんだか。 「あの……鋼のラッシュさんですよね?」そんなことをあれこれ考えていると、突然向かいに座っている兵士の男が話しかけてきた。 俺に話しかけてくる人間なんて、基本獣人嫌いしかいない。差別めいた言葉、侮蔑に嘲笑……そんなのばかりだ。 しかしこいつはなんだか違う。おまけに『ラッシュさん』だァ⁉ 「え、あ、あの、ご気分悪くされたらすいません。ええっと、その、僕。昔からラッシュさんのファンなんです! ……じゃない、僕の名前はアスティといいます。半年前に軍に入ったばかりでして……」 やっぱりな。まだ新米じゃねえか。身体がひょろっとしてやがるし。 しかし、俺のファンって……ファンって確か好きとかあこがれてるとかそんな意味だったような。マジか⁉ 「どういう意味だ、俺のファンって」新米兵士をギロリと睨み、問いただす。 「僕のいた村なんですが、隣に獣人の同い年の子がいたんです。小さい頃は毎日一緒に遊んでて……ある日、この戦争で無敵の強さを誇る獣人がいるっていう話をそいつから聞いたことがありまして、以来ずっと気になっていたんです。そいつは戦火を逃れるために別のとこへ引っ越しちゃいましたが、ことあるごとに『鋼のラッシュ』の話を聞いた僕は、いつかラッシュさんの雄姿を見たくってこの軍に志願したんです。貴方に、ラッシュさんに憧れて」 いまいち動機と経緯が軽いが、こいつの言う限りじゃ、俺は獣人の中ではそんなこと言われてたのか。 というか、獣人といわれても、トガリやジール、ルース以外の奴とはほとんど接触したことなかったんで外の話題や噂なんて全然知らなかったな。 まあいいか、退屈しのぎにと言うのもなんだが、しばらくの間コイツのおしゃべりに付き合ってみることにした。 しかしこのアスティ、いちいち変なこと聞いては感激してきやがる。 予想してた以上に身体が大きいですねとか、手のひら同士を合わせて、その大きさに感嘆したりとか、チビとはまた違う面白さを持った奴だ。 話してるうち、だんだん強面に徹してた表情が崩れちまった。 「お前ってホント面白いやつだな」って、ついつい俺も楽しくなってきてしまったし。 「オイ、お前ら声がデカいぞ」俺たちの会話がだんだんと熱くなってきちまったのか、馬車の陰から強面の大男が姿を現してきた。 俺と同じくらいの体格。それに禿げ上がった頭には眉毛すら生えておらず、いくつもの刀傷がついている。 そう。こいつがその一人。今回の作戦を指揮する隊長と言ってたな。名前までは言ってはなかった。 しかし、当たり前だがほかの奴とは身体つきから何から全然違う。 隊長はアスティの頭を小突くと、「こんな奴といちいち会話するんじゃねえ」だと言いやがった。 もちろん俺は頭にきたさ。「おいコラ、声がデカかったのは謝るが、こんな奴とはなんだ」と言い返してやった。本来ならここでもうブッ飛ばしてるはずなんだが、少数部隊の、しかもリーダー格を再起不能にしちまったらさすがにヤバいな。と俺も思ったしな。 「ハア? 獣人ごときがたいそうな口叩いてんじゃねえよ、無敵のナントカかは知らねえが、ここじゃ俺がリーダーだ、分かったら黙って従え」ゆっくりと押し殺した声で俺にそう答えた。 言いたいことはわかるが、獣人ごときというセリフ、思いっきり頭に来たね。 「ラ、ラッシュさん、隊長には逆らわないでくださいよ!」アスティの言葉で俺はぐっとこらえた。しかし獣人嫌いはまだまだ根強く残っているんだな…… 「ちょっと前なんですが、同じような掃討作戦を行っている最中、仲間を殺してオコニドへ亡命した獣人がいたんです……それで軍の方も獣人の動向にピリピリしちゃってまして」 ふとつぶやいたアスティの言葉に、俺は耳を疑った。 ちょっと待て、オコニドって言えば獣人が一切いない国だろ⁉ なのに何故亡命なんてしたんだ? 俺は聞き返した。 「それが謎なんですよ……でもってその話を聞きつけて、国境付近の獣人たちが結構オコニドへ行ったまま帰ってこないらしくって」 「発端は貴様と同じ傭兵の獣人、ゲイルってでっかいたてがみ生やしたクソ野郎だ。知ってるだろ? ああ?」 隊長の言葉に、息が詰まった。 ゲイル⁉ ゲイルって、あの…… ルースのあの手紙、そしてオコニドへと謎の亡命をしたゲイル。ああ、全くもって同一人物だ。 すると突然、隊長が俺の胸ぐらをつかんできた。 「貴様、以前ゲイルと組んで傭兵の仕事してたって話じゃねえか。ってことはここ最近の亡命の理由くらい、すこしは知ってンじゃねえか?」ギリギリと掴む力が強くなる。 「分かるか? 貴様を今回仕事に呼んだのはそういう意味もある。これから向かう村で目撃情報があったんだ。オコニドの敗残兵をかくまっているリーダーが『たてがみを生やした獣人』だとな」 「そ、それがゲイルだと踏んでるワケか⁉」 「そういうことだ。つまり貴様には囮になってもらうって寸法よ。知っていないわけがなかろう、だからゲイルに接触して、油断させたところを俺たちが捕らえるって作戦だ」 この隊長ってやつもムカつくが、ゲイルの野郎ももっとムカつく野郎だ。亡命⁉ いったいどうして敵の国なんかに逃げたりしたんだか。全くもって意味不明だ。 「ヘタなマネすんじゃねえぞ、貴様も一緒に逃げるって言うのなら、俺が二人まとめて始末……ぐふっ!」 突然、隊長の手から力が抜けた。 薄暗がりの中、目をこらすと……半開きの口の中から、おびただしい量の血とともに鋭い矢が飛び出ていた。 「敵襲だー!!!」前方を走っている馬車から絶叫にも似た声が聞こえる。 すると、今度はアスティが俺の胸ぐらを引っ張ってきた。 「ラッシュさん! 伏せて!」 直後、馬車の屋根を貫いて降り注ぐ大量の火矢…… ー奇襲か。つまりは裏の裏を読まれてたってことか。なかなか面白くなってきたなー 炎が燃え盛る馬車の中、冷静な俺の心が、ふと俺自身にささやいていた。 「そうだ……こうでなくっちゃな! オイ!」 今度は俺が、もう一人の俺に叫び応えた。 1年以上眠り続けていた戦いの血が、徐々にまた熱さを取り戻してくるのが感じられた。 ここが、俺の生きる場所なんだ……! 前後含めて三台の馬車がめらめらと燃えている。これじゃほかの連中を助けるのも難しい。 周りを見回すと、進行方向右手が小高い山になっていて、上に行くほど高い木々が生い茂っている。そして左はと言えば……崖だ。 前から射掛けて足止めして、右から火矢でと……なるほど。奇襲の最たるやり方だな。 「隊長は即死でした、それと僕とラッシュさん以外に生き残った仲間は2名、でもかなりひどいケガを負ってます……」 奇跡的に無傷なのは俺とお前だけか。と聞くと、アスティはがっくり顔を落とした。 かくいう俺たちも、馬車を抜け出して近くの岩陰に身を潜めている状態だ。やつらはまだ近くにいるだろうし。 「ありがとな、お前が言ってくれなかったら俺も隊長と一緒に巻き添え食ってたかもしれなかったぜ」 っていうか、俺の言葉でなぜか真っ赤に顔を赤らめてやがるし。ファンだっていうのは本気だったんだな。 しかし……俺がここまでおしゃべりになってて、しかも人にお礼を言うなんて、おそらく生まれて初めてじゃないかな。 戦場じゃ基本一人。背後で悪態垂れ流す連中を尻目に、先陣を切って、ひたすら無言で死体の山を築いていくだけだった。 そこは友情とか、尊敬とか、馴れ合いとか、助け合いとか完全に無縁の世界だったし。 いや、俺以外はみんな人間だったし、しかも一回顔を合わせたらそれっきりの連中……下手したら俺しか生き残ってなかったっていうのもザラだった。 チビといい、このアスティといい、俺を慕ってくれている人間がわずかながらにも存在している……昔だったら考えられないそんな状況に、俺の心の中も少しずつ柔らかくなってきているのかも。 「よっしゃアスティ。お前の得意な武器はなんだ?」 「は、はい! これです!」と、奴はボウガンを俺に見せてきた。 「前線は苦手なんで、ひたすらボウガンの腕を磨いてきました!」 見てくれは頼りないけど、唯一の戦力だ、託すしかない。それに飛び道具なら俺の後ろを巻かせるにはちょうどいいし、幸運だった。 「おそらく、この火が消えたら襲撃してきた連中の何人かは遺体の確認に来るはずだ。まずはそれを俺が仕留める。そしたらこの山上って、連中の注意を引き付けてくる。お前は暗闇に目が慣れてからでいいから、俺の後ろを守ってくれ」 そうだ。人間と違って俺は……いや、獣人の目はこんな真っ暗闇でもよく見れる。それに耳と、鼻と、身体じゅうの毛の感覚と。 どちらにせよ俺のファンを危険にさらすわけにもいかない。ああ、いつもと同じだ。先陣切って、真っ先に俺の首を狙おうと飛び込んでくる連中を斬り落とすだけだ。 馬車を包む炎がようやく消えかかってきた。そろそろ確認に何人か来る頃だろう。 だが正直これは賭けだ。確認に来るかもしれないし、下手したら帰ってこないかもしれない。 岩陰で息を殺しながら、じっと待つ。 「ラッシュさん……なんか、楽しそうですね」ふと隣で、アスティがささやいた。 顔が緩んでるのか? いやしかし合ってるかもしれないな。 今の俺は、この状況をすごく楽しんでいる。 以前の傭兵ラッシュへと戻れたこの感覚、この張り詰めた空気。すべてが楽しさに満ち溢れている。 死と隣り合わせの状況なのに。 そんなことを考えていると、上の方から二人の人間が下りてきた。 見慣れぬ袖なしの地味な茶色の革鎧に、ヒョロ長い手足。わかる、襲撃犯……オコニドの連中だ。 行ってくるの合図代わりに、アスティの肩をポンポンと二度軽く叩く。 あいつもそこら辺は訓練されているのか、黙ってうなづいた。 身を低くして一気に相手のもとに駆け寄る、まだ背中に背負った斧は抜かない! 「!!」俺の姿に気付いた一人目に、ご挨拶代わりのパンチを一発。助走付きだから遠くまで吹っ飛ばされていった。 二人目。 「獣人⁉」その次に何を言うのかは知らねえ。でも言った瞬間に、俺の愛用の斧が肩口から深く切り裂き、そのまま自重で真っ二つになって事切れた。絶叫とともに。 この間、おそらく10秒にも満たなかっただろう。 さて、一人目は……と。 歩み寄って倒れているのを確認する。鼻が折れたようで顔面血まみれになってはいるが、意識はあった。 「答えろ、お前の仲間は何人いる?」 「くたばれリオネングのクソ犬!」毎度聞きなれた侮蔑の言葉とともに、俺の顔面に血まみれのつばをベッと吐きかけた。 「あっそ」そのまま俺は奴のヒョロ長い首に向かって、斧の切っ先を落とした。 それだけだ、尋問なんて俺の性に合わねえ。イヤだと言えばさっさと殺すだけだ。 さて、叫び声も上がったことだし、おそらく連中はこっちに戻ってくるだろう。ならば…… 「何人かはわからねえが、ま、どうにかなるだろ」 顔にこびりついた血をぬぐい落し、俺は山に向かって走り始めた。 愛用の大斧を手に、俺は一気に山を登って行った。 身体じゅうが熱くなっていくのが感じられる、それに伴うように、感覚も研ぎ澄まされていった。 目は夜の暗闇でも動くものをとらえ、耳はどんな遠くでも枯葉を踏みしめる音すら逃さない。 鼻は……ちょっと鈍いが、人間のにおいは恐らく分かるだろうし、全身の毛は風の気配にまぎれたやつらの動きを察知できる。 久しぶりに取り戻したこのすべての感覚。やっぱり俺はこの中で生きてゆく方が似合ってるんだ! すると突然、前方から奇声を上げて俺に向かってくる奴が。三人目か。 斧を横に振っただけで、そいつは勝手に真っ二つになって坂を転げ落ちていった。 普通、斧と言えば刀身を叩きつけて食い込ませて斬るんだが、俺の斧はまた違う。刃自体が鋭い切れ味を持っていて、振りぬけばほとんどのものが真っ二つになってしまう。よく研がれた剣の切れ味に加えて、斧の長さと重さを併せ持った、まさに俺のために作られたような武器だ。 さてさて、今度は三人ひと固まりになって、鉤付きのロープを投げてきた、捕らえる気だろうがそうはいかねえ。 斧を投げて一人を串刺しに、そして投げてきたロープごと相手を投げ飛ばし、さらに串刺しの仲間入りにしてやった。 だが、さっきから何かおかしい…… 月の光すらほとんど届かないくらいの暗さなのに、やつらはそんなこと全然おかまいなしに俺に襲い掛かってくる。 まるで俺同様、夜目が効くみたいに。 木の葉は生い茂り、月の光すらまともに届いてない。 普通の人間なら、たいまつでも灯さない限りまともに歩くことすらできない場所だ。なのにこいつら…… 本当に人間なのか? もしかしたら俺と同じ獣人じゃないのか⁉ 今度は木の上からナイフを振りかぶって飛びかかってきた。俺は斧で受け止めつつ蹴倒そうとしたのだ……が。 まるでそいつはサーカスの曲芸みたいな身のこなしで、俺の蹴りを軽々避けてきた。こんな足場の悪い坂道でだぞ⁉ 明らかにさっきの連中とは違う……それに、よく見ると目が黄色く光っている。 なんなんだコイツは……⁉ いや、こいつ人間じゃねえ! そうだ、目がジールと同じような。姿かたちは人間なのに、身のこなしから何から、まるで獣人のよう。 形勢不利と判断したのか、そいつは突然山の上へと逃走した。くそっ、こうなった以上全員ぶっ殺そうと考えていたのに。 俺も全速力でその獣人とも人間ともつかないやつを追いかけた。まるで跳ねるみたいにものすごい速さで登っている。やっぱり変だこいつ。 息が切れかかりそうになった頃、ようやく開けた場所へと着けた。 最低だ……最後の一人は見失うわ、運動不足で息を切らすわで…… 「よお、だれかと思えばラッシュじゃねえか」すると突然、俺の背後から聞き覚えのある声が。 「その声……!」振り向いた瞬間、ゴッと顔面に重い衝撃が襲い…… 俺の意識は飛んだ。
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八百十三
みずのえ
いけお
双子烏丸
星川ちどり
2019年8月14日 9時09分
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