ある獣人傭兵の手記

11話

「えええ、ルルルースの方ではそそそう習ったんだ。ぼぼ僕のとこでは、顔を焼いて教会に入ったってなな習ったよ」 「そっか、トガリのいるアラハスではそういう伝承なんだね……確かに彼女のやった行為についてはいろいろ諸説がある。実は命を取り留めていたとか、燃え盛る炎に自ら入っていったとか。けどただ一つだけ言えることは……そう、顔に傷をつけたってこと」    2人の会話を聞いてて俺の鼻面の古傷がむず痒くなってきた。  しかしなんでわざわざ傷をつけたりするかね? そこをルースに聞いてみた。 「お忍びで街へ繰り出したエイセル王子が、街で行商をしていたディナレに一目ぼれをしてしまったと聞いています。彼女は遠く離れた寒村に住む少数部族である狼族だったとかで……」 「狼族?」「ええ、ラッシュさんと祖を同じとする、ピンと通った鼻筋と耳が特徴的な種です」  なるほど、ディナレってやつは俺と同じ顔だったってワケか。 「ディナレ姫は、自身にすべての罪があると信じ、そして誰にも二目と見られないように、顔に傷をつけたのでしょう……」 「それが狼聖母ディナレいう伝説になったんだ。ラララッシュがいつか字がきちんと読めるようになったら、図書館とか各地の教会とかでしし調べてみるといいよ、面白いから」  いや、めんどくさそうだしそういうのは性に合わねえ。身体がなまっちまう。  でも、俺にそっくりの姫さんか……まあこの世にはもういないとはいえ、どんなもんだかっていうのは見てみたい気がしないでもない。 「ディナレ姫の……彼女のその身を挺した行為は、もはや生きる希望をあきらめかけていた東リオネングの民たち、そして虐げられていた獣人たちをみるみる奮い立たせました。その頃、東リオネング国内でも人間と獣人の内紛があちこちで起きていたそうです。お前たち獣人のせいでこんな戦いが起きたんだ……って。その内紛で獣人たちはかなりの命を落としたという話です」  今も昔も差別の根っこは変わらねえってことか。 「東リオネングの民は今までの行為を恥じ、手を取り西の軍勢に立ち向かいました。もとより肉体的に秀でた我々獣人です、戦局はだんだんと……劣勢から拮抗へと変わっていきました」  ルースはさっき書いていたリオネングの地図にどんどんと矢印を書き足していった。 「追われていった西リオネングはついに独立宣言をし、オコニド国と名を変え、更なる抵抗をし続けていったのです。国名が変わったのは……親方が現役バリバリのころくらいでしょうかね。隣接するリンザット、マシューネといった小国から、金を稼ぎに傭兵稼業が続々集結していったのがこの頃だとか。何せ軍部がそのまま独立国となったオコニドですし、小さいながらも戦力に関しては獣人を含む新生リオネング国を軽く凌駕していましたし。気を抜けばすぐオコニドに敗北を喫する……そんな危惧ゆえに、各国に傭兵を募ったのです」  親方の名がルースの口から出て、俺はちょっとうれしくなった。そっか、親方も傭兵から名を挙げていったんだったっけな。  岩砕きのガンデ……そう、尊敬する親方の二つ名だ。 「そこからまた果ての見えない戦争は続いていき、オコニド国はついに、隣国のマシャンバル神国に助けを求め、同盟を結んだそうです」  また初めて聞く名だ。舌を噛みそうな変な名前だし。 「神国……国王を神様と讃えている国のことを言います。けど、マシャンバルについては今でも謎が多い国なんですよ……その、神と言われている王ですら全く姿を現すことなく、何百年も同じ姿のまま君臨しているという話ですし」  リオネング国の左下の大きな空欄……それがマシャンバルだと、ルースは付け加えた。 「僕ら獣人を含むリオネング国の誰すら、この国へ行ったこともないのです。ある意味同盟を結べたオコニドは奇跡といってもおかしくないくらい、徹底した鎖国政策で通してきた……そう、マシャンバルはいわゆる暗黒の国なのです」  ルースの口調に、また一段と熱がこもりはじめてきた。