ある獣人傭兵の手記

10話

「兄、エイセルが結婚相手に選んだのは、私たちと同じ、獣人の女性だったのです……」  ルースの声がわずかに重くなった。  しかし俺はそれが疑問に思えた。いわゆる父ちゃんと母ちゃんだろ? 相手が俺らと同じ獣人ってだけであって。 「当然ながら弟のリューセル王子は大反対しました。父親である現王ゴドも最初は難色を示していましたが……」  ルースの熱弁をさえぎって、俺は聞いてみた。どうして反対なのか、を。    え、あ……その。と、今度はルースの白い頬がみるみるうちに真っ赤になる、なに考えてんだコイツ。 「あの、ですね……ラッシュさん。あなたは、その……まだ、そういうのを知らなかった、の、で、す、か……」今度はうーんうーんと悩み始めた。 「ルルルースさぁ、祖とする神様がぼぼ僕らと違うから、人との間にはここ子供ができないっていい言えばいいんだよ」  聞き覚えのあるいつもの口調が裏口から入ってきた。トガリだ。あいつもう仕事終わったのか。  ナイス! とルースは親指を立てている。でも相変わらず、祖と言われても俺はなんかピンとこないが。 「そそそうです! 我々を作った神様が人間と違うのですよ! なのでどんなに頑張っても王子と獣人の姫との間には子供ができないんです。それに……」  ルースは胸の前で拳をぎゅっと握りしめた。「我々と人間との間にある差別という溝……わかりますよね、ラッシュさん。あなたなら」    ああ分かる。毛むくじゃらだの怪物だの戦場じゃいい言われようだったな。 「エイセル王子は、獣人である彼女との……ディナレとの結婚を通じ、リオネング国の更なる発展と平和を望もうとしていたのです」  あ、ディナレっていうのは王子の結婚相手の名前ですねと補足して、またルースの熱のこもった語りが再開した。 「溝は獣人とだけでなく、兄弟の王子との間にも出来てしまいました。あんなに仲が良かった二人でさえも、です……。獣人の女と結婚するなんて、エイセルは頭がどうかしてるとまでささやかれる始末。それを危惧したゴド王は、ディナレ姫を交えた夕食会でこの愚かないさかいに終止符を打とうとしたのです……誰だって争いなんてしたくない。ましてや兄弟の喧嘩なんてもってのほか。最善の策は、リューセルを次の王とし、エイセルには他国から養子をもらって、ディナレと二人で弟王を陰から支えてくれれば……と」  白い拳が小刻みに震える。 「王は夕食会での演説のさなか、突然倒れ、そのまま息を引き取りました……何者かが酒に盛った毒で。犯人はエイセル派かリューセル派かは未だに分かりません。でもこの暗殺事件により。兄弟の対立……いや、リオネング国を二分する永い戦いが始まったといえるでしょう」  なるほど、俺のしていた戦争っていうのはそういう発端だったのか……他愛もない兄弟喧嘩がここまで拡大していったのか、と。 「憎しみはもはや留まることを知りません。リューセル王を筆頭に獣人排斥派を含む西リオネングと、分裂したエイセル王の東リオネングとの戦争は、旧リオネング王国の軍部をほぼ掌握していた西側が、当初圧倒的優位にみえました……が、この事態を憂いたディナレ姫は……姫は」  ルースの長い溜息が、静かな食堂に響いた。 「自らの美しい顔に短剣で傷を刻み、そのまま崖に身を投げました……」

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