ある獣人傭兵の手記

番外編「トガリのこと」

前編

 今から書くものは、僕の生きてきた今までの事だ。  ……うーん、やっぱラッシュみたいにカッコよくは行かないかな?  でもとりあえずはいろいろ書いとこうかなと思ってる、  ラッシュはチビちゃんと一緒に文字を勉強し始めてから「日記でも書いてみっか」だなんて言い始めて、毎日食堂とか自分の部屋で書きものしてるしね。まだ全然読めないくらいヘタクソな字だけどさ。  けど僕は内心ちょこっとだけ嬉しいんだ。あいつここのところ魂が抜けたみたいにボケーッとしてる日が増えてきたし。  だから、戦い以外に打ち込めるものができたっていうのは、すごくいいことなんじゃないかな。それに僕もこの宿のほかに働き先ができたし。  いや、生活していくのに十分すぎるくらいのお金は持ってるよ。あいつがくれた宝石、あれはどこの国へ行ったって法外な金額で売れるもん。おやっさんいわく、お屋敷が10件は建つくらいだって言ってるけれど、たぶんラッシュには金銭の価値なんて全然わからないだろうから過小評価で言ったんじゃないかって思えるんだ。  僕の故郷のマーケットだったら、この宝石一個だけで……  いや、ここに記しておくのはやめておこう。いつ誰に見られるのかも分からないし。  さてさて、僕の夢は、自分自身で食堂を開くことなんだ。  故郷で父さんのマーケットを継いで、交易して生きてゆくのもアリじゃないかって? それもそうだけどさ、僕はとにかく、自分の夢を試してみたかったんだ。  採掘もマーケットもみんなやってることだ、ある程度の技能、それに勉強した知識を親や師匠から受け継いだら、それを続けていくだけで人生が終わるだなんて、そんなのはイヤだ。  そのことで僕は父さんと大ゲンカした、一族の仕事を継がないヤツなんて、紅砂地の民の恥さらしだってね。だから僕はその夜こっそりと家を出たんだ。直射日光は僕らの敵だから、家出するんだったら明け方までしかないし。    でも、母さんだけは分かってくれていた。  僕が村の掟を破ってこっそり家を出る時は、いつもこの道を通っているもんねって、村の脇にある小道でずっと僕が来るのを待っていたんだ。  お弁当と水、そして父さんに内緒でこっそり貯めていたお金。それに紅砂地族のお守りを僕にくれて、母さんはぎゅっと僕を抱きしめてくれた。僕が食堂を開いた時には、お客さんの第一号にしてくれるかい、ってね。  だけど僕はそれを断ったんだ、母さんも目をまん丸くして驚いた、何故かって? ね。 「第一号なんかじゃない、母さんには数字でなんか表わせないからね」  僕はそう言って村を出て行った。振り返るとそのまま泣いちゃいそうだから、母さんの最後の言葉は背中でじっと聞いてた。 「ドゥガーリ、どこへ行っても紅砂地の誇りを捨てるんじゃないよ」ってね。  僕の名はトガリ。南の大砂漠に住む、誇り高き紅砂地族だ。  そうそう、おやっさんやラッシュは僕のことをトガリって呼んでるけど、本当の名前は近いようでぜんぜん違う。僕ら紅砂地族の正式な発音だと「ドゥガーリ」なんだ。  確か……意味は「先を拓く爪」って、名付けてくれたお爺さんが言ってたっけ。  でも、僕らは人間や他の獣人たちとは舌や鼻の構造が特殊らしく、発音方法も全く違うんで、結局のところみんなには「トガリ」が一番言いやすいってことがわかった。    僕らと少しでも会話したことがある人なら分かるけれど、最初の言葉が連続して発音されてしまうんだ。僕らは決してどもっているんだじゃない。紅砂地……いや、アラハス特有のしゃべり方と言っていいのかな。  だからこの言い方は悲しいけれど治すことはできない。故に僕らアラハスは、マーケット以外での外部とのコミュニケーションはあまり行わず、ちょっと前までは幻の砂漠の民とまで呼ばれていたんだ。  そうだ「アラハス」についても話さなきゃね。これは僕ら砂漠の民を総称した呼び名だ。そこから毛の色、採掘物の違いなどから呼び方が「紅砂地族」「藍砂地族」「金砂地族」の3つにわかれた。  名前が違うからといって、僕らは差別とか揉め事を起こしたりはしない、アラハスの民はとにかく争いが大嫌いなんだし、それにリオネングにとっても、ましてやオコニドにとっても貴重な香辛料や貴金属がここでは採れる。ゆえに双方の国はアラハスに一切手を出してこなかった。ここはある意味中立国なのかもしれない。  父さんと喧嘩したのも、実はそれが発端だ。  物心ついた時から僕らは、香辛料や鉱石の採取法、鑑定、そして細工……  それらを祖父から、父から、そして師から学んできた。僕は友達からも、家族みんなからも成績優秀だって褒めてくれた。  だけど月日が経つにつれ、このままで本当にいいのかな? って僕は思うようになってきたんだ。  小さい頃から僕は、交易に来るお客さんをもてなすため、母や姉が作っている料理を目で見て学んで、ときには手伝って作っていた。他所の国の見たこともない食材や、僕らの村で採れるスパイスをふんだんに使ってね。  母もお客さんもとっても喜んでいたけど、父は「料理なんざ女の仕事だ」といちいち文句を言っては、僕と口論してた。けど学校の成績は一切落とさなかったから、いつもこの勝負は僕が勝っていたけどね、だから僕は決心したんだ、外の世界に出て、自分を試したいって。  こうして僕は家を飛び出して行ったんだけど、紅砂地の……いや、アラハスの誇りは忘れちゃいない。  例えば、僕がいつもかけているこのメガネ。今や目の悪い人には欠かせない存在だけれど、元はといえばこれもアラハスの技術が世界に広まったものなんだ。  僕らは眩しい陽の光が苦手で、基本的に薄暗い場所か、もしくは夜間に仕事やマーケットを開く。それだからか、アラハスは生まれつき視力が良くないものがほとんどだ。  そこで生まれたのが、特殊な鉱石を加工して作り出されたレンズ、そしてメガネなんだ。  それだけじゃない、病気の時に服用する薬や、岩を運ぶ機材、加工技術の難しい宝飾品なんかも。  この世界の技術は僕たち紅砂地、藍砂地、そして金砂地族から生まれたと言っても過言じゃない。そして僕がいつか自分の夢をかなえることが出来た時もね。それがアラハスの誇りなんだ。  そして、行き倒れた僕を拾ってくれたおやっさん。無骨で、口より手が早いけど、何より僕を心配してくれているラッシュ。2人にはすごく感謝している。  そう……ここからが大変だった。  数百年に一度巻き起こると言われている大砂嵐に、僕は運悪く……いや、結局はそれも運命に導かれたのかな。  それも家出した翌日に遭ってしまった。しっかり握りしめていたお守り以外、水も食料も飛ばされてしまい、おまけに陽の光から身を隠す場所すらないところを延々と歩き続けたものだから、僕は砂漠のど真ん中で行き倒れてしまったんだ。  次に気がついた時、僕は馬の背に揺られていた。そう、それがガンデさん……ううん、おやっさんとの出会いだった。  けど困ったことに、おやっさんは僕らアラハスのことを全く知らず、この僕の鋭い手の爪を見て「強そうなやつ」だと思って拾ってくれたらしい。  僕は連れて行かれた彼のギルドの一室で、必死に説明をした。だけど「おめー、もうちょっと落ち着いて話せねーのか?」の一点張りだったよ。  アラハスを知らない人にアラハスの説明をする……これほど難しいと思ったことはなかった。  どうにも困り果ててしまったそんな時だった。  突然僕の後ろのドアが勢い良くドン! って開いたんだ。そこに立っていた姿……最初にそれを見た時、伝説の泥の怪物でも現れたんじゃないかって、本気で思った。  僕の背丈の倍以上の岩みたいな身体に、大量にこびり付いた血のり。    丸太のような腕や背中のいたるところに刺さった無数の矢。    そして、鼻面には白い十字の傷。  それが、僕とラッシュとの初めての出会いだった。  あいつは……うん、この時は疲れきっていたみたい。すごく気だるそうなしゃべりだったし眠そうな目をしてたしね。  ようやく僕の方を向くと一言つぶやいたんだ。 「なんだこれ?」って。  ちょっと! 「こいつ誰だ?」ならばまだ分かるけど、なんだはないだろ! 僕はモノじゃないんだから! ……って言いたかったけど、あいにく僕はその血と泥で汚れたモップのようなあいつにすっかり怯えていて、口からは何も出てはくれなかった。  でもおやっさんもおやっさんだ。返した言葉が「出先で拾ってきたんだ、使えそうだと思ってな」だって。ひどい言われようだ。  まあでも、おやっさんには命を救ってもらった恩義はある。アラハスは受けた恩は忘れない。ましてやそれが命にかかわるものなら絶対にだ。そう、一生ね。  だけど、僕は戦いなんて全くしたことがない。しかも全然言ってることを聞いちゃくれないし……本当に困った。  なんて思っている時だった。  突然ラッシュは僕の前の床にどん! と勢い良く座ってきたんだ。  なんでいきなり? 目の前に椅子があるのに。しかも背中向けてさ。 「ちょうどいいや、これ、抜くの手伝え」  ずれていたメガネを直してよく見ると、ラッシュの肩口には何本もの矢が刺さっている。  ふっと、気が遠くなった。  刺さっているとは言ってもそれほど深くはなさそう。だけど、その…… 「ここんとこの一本、こいつだけ俺じゃ手が届かねえんだ、頼むわ」と言ってラッシュは、左肩に刺さっている矢を親指で指した。  僕が躊躇している間に、あいつは他の部分に刺さっている矢を引き抜いている。  案の定、抜いた屋の先には血がべっとり……また意識が遠のいてきた。  でも、言われたからにはやるしか無い。やらなきゃダメだろうなきっと。  僕は大きく深呼吸をして、刺さっている矢を両手でギュッと掴んだ。  ……だけど、怖くってまともに見ることができない。初めての感触に手も足もガクガク震えてきた。 「そんな深くないだろ、なにビビってんだ、ほら」しびれを切らしたおやっさんが、僕の手を取り、一気に矢を引っこ抜いた。  抜かれた矢の先からぽたりと落ちた血のしずくが、僕の鼻先にこぼれ落ちる。    その直後、張り詰めていた僕の意識は、ついに切れた。  こうやって思い出して書いていても、未だにあの気持ち悪い感触は僕の手の中に残っている……  でも、あの時が僕とラッシュの初めての出会いだったからね、ちゃんと書かないといけない。  さて、そんな僕がどうやってこのギルドで働くことができたか。それに関しては本当にアラハスの神に感謝しなくてはいけない。  コックとしての力を与えてくれた、我らが紅砂地の神様にね。