ある獣人傭兵の手記

5話

 女が、なれた手つきでチビの身体のあちこちを測ってくれている。  しかしなぜ、チビの服が買いたいだなんて、裏腹な言葉が出たんだか…この後もう孤児院へ言っておさらばするだけだってのに、金の無駄遣いじゃねえか。  まあ…一応金は持ってきてはいるけどな。金貨と銀貨一枚ずつ。  チビの服が一式いくら掛かるのかな、なんて思いつつ、俺は生地をあれこれ選んでいる男の方へと声をかけた。 「…以前、ここって武器屋だったはずなんだが」 「ええ、知ってますよ。ワグネルさん…でしたか、その方からこのお店の権利を購入しましたので」  あのオヤジ、ワグネルって名前だったのか。 「しかしなぜワグネルさんのことを?」 「ああ、ちょっと前に武器を仕立ててもらったんだが、代金の残りをまだ支払ってなかったんだ」  この男は何も知らなさそうだ。俺の斧の事情を説明したって無駄に思い、俺はあえて嘘を教えた。  そして最後の質問「ワグネルのオヤジ、どこへ言ったか知らねえか?」  だが、男は困った顔でいいえと首を横に振るだけ。参った…脈はここで途切れたか。 「あ、でもあの人、確か大金を手にしたとかで、もうちょっと大きな街へ行って店を構えたい、とは言ってましたね。すいません、これくらいしか話してなくって…」  大きな街…か。それだけじゃ正直厳しいな。しかしワグネルから斧の秘密を聞き出さない限り、俺はこれからもずっと盗賊団連中に命すら狙われ続けるワケだ。この先一体どうすりゃいいのか…  と、あれこれ思いを巡らせてるうちに、チビの担当が男から女へと代わった。隣の部屋でよさ気なサイズの服を着させてみるらしい。チビはいつも通り泣き出しそうになったが、昨日の夜にジールが教えてくれた魔法の言葉を思い出し、難なく離すことが出来た。 「大丈夫、俺はここにいるから」これが、この言葉だ。  ってなワケで、今度は女の店員と二人っきりになっちまった。こいつにも男と同様の質問をしてみたものの、結果は変わらず…だった。  さてさて、どうしたものか…  とは言っても、俺はこの女の店員にこれ以上何を話しかけていいのかもわからなかったんで、しばらく無言のままの時間が流れていった。  窓の外からは祭りにも似たような、街の人のざわめきが聞こえてくる。だいぶ賑やかになったな、ここも。なんて思っていたら、女の方が話しかけてきた。 「あなたは…違うんですね」  いきなり言われたその言葉。俺にはどういう意味かさっぱり分からない。 「え、いや、あの、いきなりですいません、おお怒らないでください!」  今度は顔を真っ赤にして謝りだした。ますます訳が分からねえ。 「違うって一体どういうことだ? 別に怒ったりしねえから、な」彼女に問い返してみた。 「えっとですね、私…獣人って、その、もっと厳つくて怖い人なのかな、なんてずっと思っていたんですよ。そしたらお客さん、とても物静かですし…それに子供さん連れていたから、今まで私の思い描いていた獣人と全然違っていたな…って」  俺に怯えてでもいるのか、彼女はずっと下を向いたまま、緊張した口調で、そして早口で一気に話してきた。  確かにそうだな。ジールやルース、それにトガリはともかくとして、俺たち獣人の…しかも男たちはみんな屈強で、戦場で暴れまくるような連中ばかりだったし。  実際親方だって「戦場じゃお前たち獣人の数が勝ち負けを左右するんだ」って事あるたびに言ってたっけ。だからいつの間にか人間たちには、俺たちは怖いってイメージが定着していたってことなのかもな。  しかし、こんな場所で戦歴を語ってたって大した意味ないな、とさすがの俺も思った。彼女を余計怖がらせちゃいけないし。ということで俺自身のことはやんわりと話した。近所のギルドへ職探しに来たってことで。それに獣人とはいってもいいヤツだってそれなりにいると思うぜ。とも付け加えといた。最後にチビのこともな。  俺が話し終えると、彼女はようやく笑顔を見せてくれた。柔らかい笑顔とでも言えばいいのかな。店に入った直後の時は、正直顔がこわばっていたくらいだし。 「私と夫は、ここから馬車で三日くらい西に行った場所にある村で生まれ育ちました。そこで服の修繕とかの仕事をしていたんですが、ある日ワグネルさんが相談を持ち掛けてきまして…この街で開業してみないかって。なもので、二人で来ることに決めたんです」  なるほど、店出して自分の腕を試したいってことかな。  そしてあっちの方は夫…って事は、やっぱりこの二人は父ちゃんと母ちゃんだったのか。 「夫とこの店を開くときに考えていたんです。どんな服を作ろうかって。ほら、もうすぐこの長い戦争も終わるって噂じゃないですか、だから決めたんです、自由な色使いにしようって」  そっか、だからこの店の服はみんな明るめの色にしてたのか。 「今はまだまだかもしれませんが、この街の皆さんが戦争って言う戒めから解き放たれたら、今みたいな暗い色の服って着ないんじゃないかなって思うんですよ。もっともっと…心の中まで自由になりたいんじゃないかって」  彼女は、変ですか? って言って、怪訝そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。だけど、こっちもどういう返し方をしていいのやらサッパリ分からない。自由とは言われても、今の俺には一番縁遠いものだしな。だからとりあえず彼女が喜びそうな答え方をした。 「その考え、いいんじゃねえか?」って。差しさわりのない無難な言葉だけどな。 「ありがとうございます! きっと息子さんも私たちの作った服、お気に召すと思いますよ!」  いや、俺の子供じゃねえから。って頭の中で彼女に突っ込みを入れると、店の奥からチビの声が聞こえてきた。 「おとうたーん!」てってって、と小さな靴音とともに駆けてくる。 「どうですか、この子にぴったりだと思うのですか」そしてチビに続き、男の方も小走りで出てきた。  …変なたとえかもしれないが、人間って服を変えるだけで、こうも別人みたいになっちまうのかな、って俺はその時感じたんだ。  若草色のシャツにベスト、薄茶の半ズボンに革の小さな靴。確かに今まで着てたものみすぼらしかっただけなん  だ。けど今のチビを一言で表すんだったら… 「すげえ、かわいくなったな…」。ふと俺の口から、無意識にそんな言葉が漏れちまった。  軽くジャンプして、俺の手の中へとチビが飛び込む。 「おとうたん!」しかし服は変わっても、チビはチビだ。だから俺もぎゅっと抱きしめて、髪の毛をわしわしと撫でてやる。 「あの、もしよろしければ、お父さん。あなたの服もぜひ私たちがおつくりしたいのですが」  代金を聞こうとしたとき、ふと男はそんなことを言ってきた。  お揃いで、なんていかがでしょうか。って言うもんだから、俺はついつい自分の着ている、薄汚れたこのシャツをまじまじと見ちまった。  …そういや、俺のシャツって何年も着っぱなしだったよな。暑さ寒さなんて全然気にしてないし、仕事へ行くときも寝る時もずっとこれ着たまんまだ。変えたほうがいいのかな? なんて迷いつつも、ついついこの二人の言葉にホイホイ釣られて「じゃあ頼む」と言ってしまった。もしかして俺って買い物下手なのかな?  次に色はどうしましょうって聞かれた。そんなこと言われてもなあ。でも仕方ないから水色を選んださ。青空みたいで素敵ですよね、って彼女は言ってくれた。よく分からないけどそうなのか。素敵なのか。  最後、店を出るときに代金として、俺は金貨を一枚渡した。これが妥当かなって思ってな。  だけど前の武器屋のオヤジ同様「こんなにもらっていいんですか!?」って目をまん丸くして驚いてた。  つーか俺もいまだにお金や物の価値ってモンが分からなかったりする。そんな勉強したことなかったし。  さて変な寄り道食っちまったが、これでようやく俺の身体も軽くなる…  胸に抱いたチビは相変わらずにこにこしながら、俺の顔を見つめ続けている…そうだよな、これからお前の仲間がいっぱいいる場所に行けるんだよな。さっきみたいなオンボロ服じゃ周りの奴らにいじめられちまう。これでいいんだ。