ある獣人傭兵の手記

4話

 太陽の光が眩しくて目を覚ましたのは、生まれてはじめてかもしれない。  いつもなら朝日がまだ顔を見せる前ー薄暗い時ーに目が開いて、身体を動かしているのが普通なんだが。  昨日は夜遅くまでルースの野郎のわけわからん講義をずっと聞かされていたからだろうか。生き物は男と女がいないと生まれて来ないとか、それが父ちゃんと母ちゃんになるとか、正直俺にはどうでもいい内容ばかりだった。だってそうじゃねえか、親がいなくたって人は育つだろ、俺がそうだし。  で、当の本人のルースだが、トガリに聞いたところ、別の仕事があるからっていうんで、暗いうちにここを出て行ったそうだ。ジールも同じらしい、ゲイルは…あいつ俺と一緒なのが余り好きじゃないのかな、なもんで一旦故郷へ帰ったとか。  つまりここに残っているのは、俺とトガリと、そしてチビだけになっちまったってワケだ。まあ、こいつだって後で孤児院へ渡そうと考えているしな…  しかしこれでようやく身軽になれる。ジールは最悪の選択肢として、チビをここで育てるかなんてほざいていたけど、俺には無理だ。それにトガリに子育ては…うん。やっぱり無理だ。  どうにかしてこのチビを預けて、またいつもの仕事へと戻りたいんだ。それだけでいい。生活を大きく変えちまうのは正直ゴメンだから。俺の身体には戦争の、いや戦いの空気が染み付いている、それがなけりゃ旅にでも出て、探しに行くだけだ。  …忘れてた、その前に武器屋に行かないと。  相変わらずチビは俺から離れるとすぐに鳴き出すんで、結局、昨日と同様に俺が抱きながら出かけることになった。  街は戦争の只中の時とは打って変わり、人間たちですごく賑わっている。もしかしたら獣人なんて世界に自分一人しかいないんじゃないかと思えるくらいだ。 「あら、ラッシュの旦那どうしたのさ、子供なんか連れちゃって」行きつけの(とは言ってもいつもリンゴを貰うだけだが)果物屋のババアが、俺を見るなり早速声をかけてきた。  答えはストレート。「仕事中に拾った」ってな。  おしゃべり好きなババアによると、通りの突き当たりにある教会兼孤児院も、最近他の村から流れてきた難民であふれかえっているらしい。かなり厳しいんじゃないかって心配してくれた。 「長かった戦争ももうすぐ終わるって噂だしね、いまは結構流通も良くはなり始めているけど、この先どうなることやら…」  俺はその時のババアの話は適当に聞き流していた。親方も言ってたけど、戦争が終わるなんて言葉は今でもピンと来ない。  …俺には、まだ終わってほしくない思いのほうが強いんだな。  去り際にいつものリンゴをもらっていこうとしたら、ババアはおチビちゃんの分だよって言って、小さなリンゴを一個余分にくれた。優しいこともあるもんだな。  俺には大きいリンゴ、チビには小さいリンゴ。そばの空き地にある芝生で休憩がてら食べようとして、チビに渡したんだが…  どうも、こいつには食べ方が分からなかったみたいだ、手にするなりジロジロ見回したり、匂いを嗅いでみたり。なもんで俺が一口かじると、チビは真似して大口でかぶりついた。   「うまいか?」俺が尋ねてみると、ほっぺたにいっぱい詰め込んだまま「んっ!」って元気にうなづいてきた。 その仕草についつい俺は吹いちまった。  なんか不思議な気分だ…昨日までは正直ウザかった存在だったのに、こうやって懸命に俺の真似をしているのを見ていると、心の奥底が妙に落ち着いてくる…  それどころか、ふと『一緒にいててもいいかもな』なんて感じるようになってきたし。  いや、ダメだダメだ、そんなこと考えちゃいけねえ。俺は獣人、こいつは人間なんだ。それに俺の居場所はこんな落ち着く場所じゃない、戦いの中にしかないんだ。  そう自分に改めて言い聞かせながら、俺はまず最初の目的である、例の武器屋の前へと着いた。  …が、窓から見える店の中が、違う。  棚に並んでいる品物からして武器じゃない。服だ、人間の服だ。  店を間違えたんじゃないかと思って、上の看板を見てみる。字は読めねえが、前のやつとは全く違っていた。剣と槍が交差して飾ってあったはずなのに、それがない。変わったんだ、武器屋がどっか行って、それでこの服屋が新たに入っちまったってことか!?  俺はドアを蹴破って店に入ろうとした…けど、よくよく考えてみたら、今いる店の奴らに罪はない(と思う)し、俺はチビを抱いてる。おまけに街中はかなりの人出で賑わっている。ここで暴れたりでもしたら一大事だ。ガマンガマン。ここは戦場じゃねえんだ。落ち着け俺。  俺は大きくゆっくり深呼吸をして、店のドアを開けた。  シーンと静まり返った店、壁には上着やらズボンやらがたくさん下げられている。すべて人間のやつだから俺には小さいし、服なんてもんには全然興味も湧かない。  しかしよくよく見ると、明るめの色の服がかなり多いことに気がついた。今まで街にいる奴らが着てた服なんて、茶色やくすんだ灰色みたいな、辛気臭い色ばかりだったし。  それがこの店は違う。黄緑とか青、それに透き通るような白。  俺が見たって綺麗だなって思える色が、結構目につく。 「いらっしゃいませ!」  俺の姿に気づいた店員が、奥から出てきた。それも二人。若い男と女だ。  この二人がルースの言ってた『父ちゃんと母ちゃん』になるのか。なんて頭の隅っこで思いながら、俺は例の件を問いかけてみようとした。 「あのよ、この店の前って…」 「まあ、かわいいお子さんですね!」  いきなり女の方に先手を取られちまった、ヤバい、不覚だ! 斬り合いだったら先手を打たれたようなもんだ。 「どのような服をお探しですか?」続く男からの攻撃。しかもすごく丁寧な姿勢だ。同じ物言いでも毒と嫌味のあるルースやジールとは大違いだな。  ふと、俺は抱いているチビに目をやった。そっか、こいつ見つけた時からずっとボロボロの服のまんまだ、下着も、靴すら履いてないし。毛があるがゆえに、あまり服にはこだわりを持たない俺たちとは違って、こいつは人間だったんだよな、うっかりしてた。 「あいにくですが、獣人さんの服となると仕立てに時間がかかるのですが…」男のほうがなんかいろいろ言ってくるが、全然分からねえ用語ばかり。  そうじゃねえ違うんだ! 俺が聞きたいのはここの前の店主のことだ! って言いたかった…  が、俺の口から出た言葉は、今の思いとは全く違うものだった。 「えっと…このチビ…の服、欲しいんだけど…」  俺は負けた。

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