ある獣人傭兵の手記

2話

無理だそんなこと! 第一俺たちは人間とは違う、獣人なんだぞ。いまだに毛嫌いしている人間連中だっているのに。ましてや子供がいるなんて知られたら、ヘタすりゃ誘拐だなんて疑われてもおかしくない。絶対にごめんだ。 「まあ、今のはあくまで最悪のパターンかな。それにラッシュだってこの先仕事してたらチビちゃんが足手まといになっちゃうしね」俺は無言でうなずいた。 つーか、もう腹が減りすぎて、しゃべる気も起きてこねえ…… こんなチビがいつも俺のそばにいるなんて、無理……じゃない、無理だ。 目の覚めたチビは、じっと俺の顔を見つめている……なんなんだよその目は。何か言いたいのか? 獣人だから珍しいのか? なんか一言くらいしゃべったらどうだ。 「…おとうたん」 その時、チビが初めて口を開いた。 その言葉に釣られるかのように、突然、周りが一斉に爆笑しやがった。 くっそ、何が楽しいんだよ。完全に俺だけそっちのけかよ! 怒りと空腹が危うく頂点に達する直前、ようやくトガリが夕食を持ってきてくれた。 ふかしたジャガイモと、貝の入ったシチュー。 「昨日のののこりのアアアアレンジだけど、味は保証するからね」 続いてジールが持ってきた、謎のシチューらしきもの……これは一体? 木製の小さなシチュー皿によそられたそいつは、中に小さなアリみたいなこげ茶色の粒つぶがたくさん入っている。 そして煮詰まったミルクの匂い。 ……うん。正直言っちゃなんだが、色といい中身といい香りといい…まるで吐いた後のアレみたいだ。 「押し麦をミルクで煮込んだお粥よ。味はイマイチかも知れないけど、お腹の弱った子にはこれが一番」 ジールが自慢気に俺たちに説明してくれた。しかし肉と芋くらいしか食ったことのない俺には、こいつは未知の食い物だ。 この匂い……ちょっと食欲削がれそうだな。 サイズこそまちまちだが、全員に行きわたった皿には、トガリ特製のチャウダーが溢れるくらいに盛り付けられている。 そうだ、みんな今までメシ食ってなかったんだもんな。 チビの前には、ジールが作った例の粥。見るだけで食欲が失せそうになるから、俺はちょっと目をそらした。 しかし…みんな食い方全然違うんだな。 ゲイルはスプーンで一口ずつきちんと食う。まあこれが普通か。 ルースは食べつつも、大切りのニンジンをそっと器の脇に集めているし。あいつニンジン嫌いなのか。 そういや親方にさんざん言われたっけな、ニンジン残すと大きくなれないぞって。だからこいつ、トガリみたいに背が小さいのかな。あとで一発脅してやるか。 なんて思いながら、向かいに座っているジールの方を見ると、あいつは目を閉じ、手を合わせて何かに祈ってる。なにやってんだこいつ、メシ冷めるぞ。 でもって俺は……というと、もう3皿目に突入だ。スプーンを握りしめ、まずはとにかくかきこむ。空っぽの胃袋にとっとと詰め込まないと、力が全然出ねえからな。 昔から俺は思ってるんだ、メシと戦いは一緒だって。食ったら食った分だけ自分の力になる。だから食える時はとにかく腹いっぱい食うんだ。周りにいるどんな奴らよりも早く、ってな。 あれ……? これって親方が事あるごとに俺に言ってたんだよな? まあいいや、次は蒸したジャガイモだ。目の前の大皿に高く積まれたイモを鷲掴みにして、口に詰め込んで…… 「相変わらず豪快って言うか汚い食べ方するわね、ラッシュは」 ジールがあきれ顔でそんなこと言ってるが気にはしねえ。これが俺流の食い方なんだから。 「ほら、熱いんだからそんなにがっつかないの。まだおかわりたくさんあるからね、大丈夫」 ジールが今度は隣の席で食ってるチビに注意している。チラッと見てみると、小さいのにすげえ食いっぷりだ。皿を抱え込んでガツガツと、無我夢中で口の中に掻き込んでいる…… テーブルの周りは飛び散った食いもんだらけだ。 こいつ、そんだけ腹減ってたのか。 「ふふ、誰かさんと食べっぷりがそっくり」なんて皮肉めいたことを言いながら、ジールは腰に巻いていたエプロンで、チビの汚れた顔を拭っている。 しかしほんと子供好きなんだなこいつ。そう思いながら、俺は5皿目を食おうとした…そんな時だった。 突然、食堂の中が、まるで大仕事を終えた時のような喧騒に包まれていた。 さっきまでランプが一つ灯っていただけなのに、今はもう、周りは暖かい明かりで満ち溢れている。 …そして、隣にいたゲイルも、ルースも、そしてジールまでもがいなくなった。 不思議に思いつつ正面に目をやると、小さくて黒っぽい毛の、まるで俺を小さくしたかのような獣人の子が、皿に盛られたシチューを無我夢中でがっついて食っている。 そう、さっきまで俺の前でドロドロの飯を食っていたチビのように。汚い食いっぷりだけど、精いっぱい。 でも、こいつどっかで見たことあるような…… シチューを平らげると、今度は小さな手でパンを、左手でチーズのかたまりを握りしめ、交互にまたがつがつと食い始めた。 こんなちっこい身体なのに、食い方は大人顔負けだ。 「いい食べっぷりだな、うめえだろう」 ふと、このチビの頭の上に、大きな岩のような手が乗っかってきた。それに聞きなれた、野太くて懐かしい声。 「うん、おいしい!」そいつは満面の笑みでその声に応えた。 「そうか、よおっしどんどん食え! 何杯でもおかわりしていいからな!」 チビの後ろに立っているこの大きな人影……そうだ、親方だ! まだ全然年とってねえし、髪だってまだ黒い。肌も全然シワだらけじゃないし! それに、すげえ嬉しそうな顔してる……! その若い親方はチビ犬の隣に座って、メシの食いっぷりをじっと眺めていた。 時折、持っているハンカチでチビの顔を拭いてて……まるでさっきのジールみたいだ。 「いいか、俺が明日っからお前を一人前の戦士にするためにバシバシ鍛えてやるからな、覚悟しておけ、でもうまいメシもたらふく食わせてやるからな」 「せんしってなんだ?」チビは親方の言葉に、たどたどしい言葉で問いかけてきた。 「そうだな、戦士って言うのはな、一番強いやつのことを言うんだ。この長い戦争で生き残れるには誰よりも強くなきゃダメだ。それにな、お前を初めて見たとき分かった、こいつなら絶対強い戦士になれるってな。それにメシもいっぱい食ってるからな。そう! メシを食うのも戦いも一緒だ、腹にいっぱい収めたモンが勝ちなんだ。食ったら食った分だけ強くなれる! 」 「じゃあおれもっとたくさんたべてつよくなる!」 親方は食堂に響きわたるほどの笑い声を響かせながら、俺の頭をガシガシと強く撫でまわしてくれた。 ただでさえ俺の毛はボサボサな硬い髪だっていうのに、痛いくらい撫でまわしてくれて……。 ……って、俺? このチビは……俺⁉︎ そうだ、思い出した。初めてギルドに来たあの日。 腹ペコだった俺を、まず食堂に連れて行ってくれた、あの日の俺だ!