ある獣人傭兵の手記

ラッシュ 父になる

1話

 結局、帰りの馬車の中では、俺たちはほとんど会話しなかった。   気味の悪い盗賊共の罠によって仲間を一人失ったとか、仕事の収穫がゼロだったとか、様々なトラブルもあったにはあった。が、それ以上に問題だったのがこのチビだ。  さらに…… 「背丈からして4.5歳くらいかな…」なんて、俺が抱いているチビを見て、ジールがボソッとつぶやいていた。子供の扱いには詳しそうだから、こいつにチビを任せたかったんだが……   やっぱり最初に目があったのが俺だからだろうか、ルースに預けてもゲイルに渡してもすぐにわんわん泣いちまう。 「ラッシュさんを親だと思っているんでしょうかね」   なんて涼しい顔してルースは言うし。   最終的には俺の手に渡る始末。  案の定わめき疲れたのか、今度はずっと眠りっぱなしだ。   俺の毛の色に似た黒い髪。撫でると、土ぼこりにさらされていたせいかかなりゴワついている。  大きなボロボロのシャツを一枚身につけているだけで、むき出しの手足は泥とすり傷だらけだ。身体に毛が全然生えていない人間だからよく分かる。 「明かりが見えてきた、もうすぐだぞ」  馬を手繰っているゲイルの声が、馬車の外から聞こえてきた。   ほとんど会話しなかったからか、やたらと時間が長く感じられたな……なんて思い、俺は大きく背伸びした。チビをずっと抱いてたからか、身体中が縮こまって痛い。   外を眺めてみるとすでに陽は落ちかけ、薄暗くなり始めている。この分だと掃除の報告は明日だな、それと武器屋のオヤジに会わなきゃならないし……いや、それよりこのチビをどうするかだ。  じゃない、その前に……腹が減った。  帰ったらまず、トガリにメシ作ってもらおうか。   この前作ってくれた豆の辛い煮込みは最高に美味かったな。あとジャガイモだ。ふかしたての芋にバターをたっぷり、それだけで美味しい。そうだな、今の俺の腹の減り具合なら10個……いや30個は楽にいける。それから、焼きたてのパンを…… 「ラッシュ、ちょっといいかな」  突然、俺の妄想に割り込むジールの声が。「家に着いたら、話したいことあるんだけど、いい?」   その時、俺はようやく思い出した、ジールが以前話してたあのことを。そうだ、俺も聞かなきゃいけない。  あの時、問いただせなかった言葉の意味を……  家へと着いた頃には、辺りはもうすでに暗闇に包まれていた。  当然のことながらトガリの奴も驚いてた。  俺を見るなり、まるでルースと申し合わせたかのように「ラッシュ、いいいつここここどもなんかつつつつくったの!?」ってな。  いつも通り殴って黙らせようかと思ったが、腹が減ってたからやめにした。たまにはこういうこともあるさ。    ランプ一つだけがともる家の食堂。   1年前まではそれこそ何十人もの傭兵でごった返していたっけな。今じゃもう片手で数えられるほどにまで減っちまった。   端っこのテーブルにはうっすら埃も積もっている。   隣の台所からは、ふかしたジャガイモと塩ゆでしている貝の匂いが漂ってきた。   貝は美味いけど面倒なんだよ。殻をいちいち取らないと食えねえし。だからいつもバリバリ殻ごと俺は食っている。トガリはお腹壊すよといつも注意されているが、しかし俺の腹のなかはいたって健康そのものだ。 「待っててねチビちゃん。今あたしがご飯作ってあげるからね」トガリの横にはなぜかジールがいた。ってなんであいつが料理を⁉︎ エプロンまで付けてやがるし。 「ああ、残念だけどあたしはあんたたちの食事作ってるんじゃないからね。この子のご飯だから」   なんでこいつに別のもの食わせるんだ? 俺らと一緒じゃダメなのか? 「チビちゃんの身体をよく見て……かなり痩せてるでしょ。おそらく数日ははロクなもの食べてないと思うから」   ジールの言葉に、俺は寝ているチビの身体を観察してみた……  しかし、そんなこと言われても全く分からない。 「まあ、ラッシュには無理かな」なんて言ってジールは笑ってやがった。   妙に腹が立つ……けど、いいか。腹が減るととにかくやる気が失せちまうんだ。   煮込みだなんだで少し時間がかかるとのことなんで、 俺はとりあえず、みんなにこのチビの経緯を話した。小屋にいたもう一人の亡くなっていたやつのことも含めて。 「要は、あの村の唯一の生き残りってわけか……しかしこの子の親がもうこの世にいない以上、何にも聞き出せないな。まあ、あの村がどうかなろうと、我々には一切関係ないことだが」   ゲイルがランプに油を足しつつつぶやく。   そうだよな、こんなこと今の荒れた世の中じゃ大した事件にすらならない。村が一つ略奪で消えることなんて日常茶飯事だ。   だけど、問題はこのチビ……望まず手に入れちまったこの子供だ。 「さて、まずはこの子をどうするか……ね」ジールが俺に聞いてきた。しかしいきなりどうするかと聞かれてもな、俺には全く分からねえし。 「大きく分けて二つあるの、一つ目は、この町にある教会か孤児院に預け渡すこと。幸いにここは両方を兼ねた施設があるしね」   孤児院か……確かにこの戦争で、子供たちがたくさん来ていたのは見たことがある。それにならってあそこに預けるのが一番いいだろうな。同じ人間がたくさんいるんだし。 「二つ目は…う~ん…これは正直お勧めできないんだけど」 「私の毒で…ぐはっ!」  直後、ジールのパンチがルースの顔面を直撃した。まだ言い終えてもいないのに⁉︎ 「この子に罪は無いんだからね、ルース。それにあたし、その手の冗談は大っっ嫌いなんだ、覚えときなさい!」  鼻面を押さえたルースの口から、はいともひゃいとも言えない言葉が聞こえた。  冗談だったのか本気だったのかは分からないが、意外と過激なこと言うんだな。 「で、もう一つはなんだ?」  俺のその言葉に、チビがぱちりと目を開けた。   ジールは軽く深呼吸をした後、俺に向かって話した。   ゲイルでもルースでもなく、俺に。真剣なまなざしで。 「ここで、チビちゃんを育てること」

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