人間だ。 人間の子供…いや、ルースやトガリよりもっと小さい子供が、俺の前で泣きじゃくっていた。 暗闇に慣れた俺の目の前に、小さな、小さな人間の子供が座り込んでいる。それも頭の中がキンキンするくらいの大声で泣きながらだ。 周りを見渡してみるが、ここは家じゃない。小屋だ、おそらく小さな物置小屋か何かだろう。しかしもう中には何も残されちゃいない。 そして子供のそばに、うつぶせで倒れている人間が一人。 背中には何本もの矢が深々と突き刺さっていて、こいつを中心に大きな血だまりができている。 …案の定、脈は無い。氷のように冷たくなっていた。 つまりは、さっきルースが言ってた、この廃村に最後まで残ってた人間ってことか。 「おい」俺はこの子供…いや、チビに話しかけてみた。 だが、チビは変わらず泣くことをやめない。というかさっき以上に鳴き声がデカくなってきてるし! 「泣くのやめろ!!!」 俺はたまらず、チビに一喝してしまった。正直こういう場合どう言い聞かせていいか分からない。 いつもみたいに一発殴れば楽に終わらすことできるんだが、相手は石頭のトガリじゃない。それにこんな小さい子供の頭を殴っちまったら、まず即死確定だろう。イライラが募るばかりで、つい大声を張り上げてしまった。 すると、チビの鳴き声がピタリと止んだ。 俺の言いたいことが分かったのか?それとも俺の声が大きすぎたのか…いや、今はそんなことはどうでもいい。まずはこのチビを外に連れ出さないと。そろそろ嵐が来てもおかしくない頃合いだし。 隣の死体はどうしようか…後でいいかなと思いつつ、俺は泣き止んだチビに手招きした。一緒にここを出るぞ、ってな。 だがチビは俺の方を見ているだけで、一向に来ようともしない。 …あ、そっか。ここ真っ暗闇だったんだ。俺はすぐに察し、チビを両手でそおっと掴んだ。今はもうこうするしかない。 …小さい、それに軽い。でも、すごく暖かい。 瞬間、俺の胸がいきなり高鳴りを始めた。どっどっどっどと、一気に。 なんなんだこの高鳴りは!? ああそうだ、これ、ジールと初めてお酒ってやつを飲んだ時の、あの感覚そっくりだ。 でも俺は今そんなモンを飲んだ覚えは無いぞ。一層高鳴る心臓。 なんなんだよ!留守番してるトガリが朝飯に何か入れたのか? それともルースの奴がこっそりなんか仕組んだか? それともジールが…いや、まさかな。 いや、そうじゃねえ、こいつか? このチビを手にした瞬間からか? 鼓動が全然治まらない、そのうちこのドキドキが頭の中にまで侵略を始めてきた。ヤバい、熱病みたいに頭がクラクラしてきた。 暖かくって小さなチビの身体は、微かに震えている。怖いのか? 俺は思い切って、その身体を胸に抱き寄せた。すると、今度はこいつの小さな五本の手の指が、俺の胸をぎゅっと掴んできた。 毛をしっかりと握ってきたからすごく痛い。だけど…さっきまで破裂しそうだったドキドキが、今度は言葉に表せないような、ムズムズとした触感に変わり始めてきた。耳の先から爪先まで、目の奥、鼻の中…ゾワゾワともムズムズとも言い難いものへと。 目を固く閉じ、ブルブル小刻みに震えるチビの身体。 その時ふと「…大丈夫だ」って俺の口から無意識に言葉が漏れ出した。 分からねえ、誰に言ってんだ俺? このチビにか? それとも俺自身にか? とにかくここを出よう、と元いたところのドアへと向かおうとしたその時だった。 またもや雷が、ドン! と近くに落ちた。いや違う、今度は近くなんてもんじゃない!火の匂いがする、そしてたちまち屋根から広がり始める炎、煙…! 冗談じゃねえ、今度はこっちの方が焼け死んじまう! ドアを蹴破ると、空は絶え間なく明滅し、大粒の雨が身体を濡らしてきた。 やめてくれ、濡れるのは大嫌いなんだから。 チビが濡れないように俺は手で覆い、俺はひたすら走った。ルースも天候の急激な異常を感じ取っていたので、合流地点ですぐに会うことが出来た。 ここの嵐は厄介だ。大量に落ちてくる雷と、滝のような雨、そして踏ん張ってないと飛ばされるくらいの風。 幸いにして通りすぎるのも早いが、今はとにかくここから逃げて、ジールの待つ場所へと行くのが先決だ。あそこは深い森のなかにある、茂った木々が防いでくれる最良の避難場所だ。 走る、走る。 途中でルースが勢い良く頭から転んだので、泥まみれの奴も小脇に抱え、ひたすら走って行く。 そして先程の場所でゲイルたちとも合流し、全員でジールの元へと走っていった。 俺はゲイル達を横目で確認したんだが、掃除の収穫物はやはりゼロだったみたいだ。手に何も持っちゃいない。 走り続けて5分ほど、ようやくジールのいる森が見えてきた。嵐もそこそこ弱まってきている様子だ、雷の音が少なくなった。 そろそろルースを降ろそうか、と思っていた矢先の事だった、小脇に抱えっぱなしだったルースが消えていた。いや違う、俺の頭の上にいた。 俺の頭に乗るな! と払い落とそうと思ったが… 「ラッシュさん、止まってください」頭上からルースの小さな声がした。 「なんなんだ?」だがその言葉には答えることなく、やつは背負っていたザックから何かを取り出し、カチカチと組み立てていた。 しかたなく足を止める。大粒の雨が俺の身体をバチバチと叩く…いや、俺の頭の上にいるルースはもっと打たれているだろう。大丈夫なのかこいつ? 一体何を…? 直後、ルースがフッと鋭く息を吐く音が聞こえた。 俺の視線の先から見えたもの…ルースが手にしているのは、細く長い吹き矢だった、組み立てていたのはそれだったのか。しかし一体誰に向けて? 前に目を向けると、ゲイルの仲間のうちの一人が突然、首筋を押さえ、その場に倒れこんだ。 あいつの名前は確かガグだったっけな、ジールと同じ猫系のやつで、3日くらい前に俺らのギルドに職探しに来た無口な男だった。それだけしか覚えてない。 しかしそいつを、一体なぜルースは…? 「ルース、お前なんでこいつを…」だがルースは俺の問いかけにはいまだ答えず、ピクリとも動かなくなったガグの身体を入念に調べ始めた。その顔はさっきまでのお調子者づいたものとは違う、鋭く真剣な目。 「ゲイルさん、ガグさんになにか変わったことはありませんでしたか?」 「ああ、俺とはかなり離れて歩きまわってたな、姿は殆ど見なかった、あまりしゃべらないしな、俺も干渉はしないようにしていたし、だけどなぜ…?」 ルースは小さくため息をつくと、俺に向き直って一言、ポツリと話しかけた。落ち着き払った口調で。 「…急ぎましょう、ジールさんの身が気がかりです」
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shiba
初見ですが、想像以上にしっかりと読み手に伝わる文体でラッシュの持つ気風が書かれてますね!素晴らしいケモノベルです(*'▽')
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ありがとうございます!ラッシュの見たままをきっちり書かないと読み手に伝わらないかなと苦心しました…
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たか☆ひ狼
2019年8月14日 20時09分
木原 唯
サイトウアユム
風楼
たか☆ひ狼
2019年8月14日 20時07分
星川ちどり
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