人類社会においては概ね、「負の性欲」とこれに起因する一夫多妻制(そして、それがもたらす強烈な性淘汰)は、コミュニティの安定的な存続のためにある程度抑制されていた。
しかし、現代の「新自由主義的」な社会は、「負の性欲」の使用制限を撤廃し、またその効用を最大化する筋道を開いた。
現代社会はふたたび「一夫多妻制」への道を歩もうとしているのかもしれない。「キモい」存在は排除してもよいという「先進的な倫理観」に基礎付けられた、新たな一夫多妻制──すなわち、一生のあいだに多数の女性と性的関係をもつ男性たちと、一生生殖の機会が得られない男性たちに分かれる「非同期型一夫多妻制」の実現へと。*4
社会は激しい動揺を見せるだろう。そのような社会に協力しない、異性獲得競争から降りたMGTOWと呼ばれる男たちや、女性の人権を擁護する一方で弱者男性の淘汰を是認する社会への反撃を企てるINCELと呼ばれる男たちは、動揺の端緒なのかもしれない。
人類の歴史という「攻略本」をひも解けば、そこには「敗れた男」を多く抱える社会は存続できなかった、と記されている。「勝者総取り」の社会においては、社会を維持するための協力を敗者から引き出すことがきわめて困難になるばかりか、彼らには社会を破壊するインセンティブさえ生まれてしまうからだ。
私たちは、過去においては多くの場合失敗に終わった「一夫多妻制」へじわじわと接近していく社会を、どのように舵取りすべきだろうか。「負の性欲」というワードは、このままひとつのネット・スラングとして泡と消えるのかもしれないし、人類史において消えていった、無数のコミュニティと同じ轍を踏むことを避ける「道標」となるのかもしれない。