【けんすう】挑戦に目的はいらない。無駄や失敗を重ねて“誰かが応援したくなる”自分の物語をつくっていこう
「機械に代わられない働き方をしよう」そう叫ばれる時代に、“人間らしく働く”ってどういうこと?
今回本特集に登場してもらうのは、マンガサイト『アル』を運営する「けんすう」こと古川健介さんだ。
技術革新が進む今、スキルは5年で失われる
AIに限らず、自動化やツールの進化によって、これまでも世の中の働き方は急激な進化を遂げてきました。
僕はマンガサイト『アル』を運営していますけど、新卒の頃は今やっている仕事自体が世の中になかったんですよ。アプリもなかったし、開発手法も全く違った。生産性や効率化もすさまじく向上して、仕事環境の8割は変化しています。
そうした背景を考えると、今後の働き方は「どうなるか分からない」が答えです。今あるスキルの一つを極めようと頑張っても、いずれはその領域自体をひっくり返す技術やサービスが出てくる可能性が高い。
その良い例が、アクセス解析です。さまざまな企業がサービスを展開していましたけど、無償ツールの『Googleアナリティクス』がリリースされた瞬間、あっという間に淘汰されてしまった。たった一発の技術革新で、仕事そのものがなくなってしまうんです。
僕が学生時代に身に付けたタイピングスキルも同じことで、音声入力が登場したことで不要になりつつあります。今の時代、スキルは「5年で失われる」という前提で考えるべきでしょうね。
そんな中で重要性が増すのが、「応援される人間」になることです。
以前、一緒に働きたい人の条件についてさまざまな人にインタビューをしたことがあるのですが、スキルを挙げる人はいなかったんですよ。「仕事に対する愛や熱意」「社会の役に立ちたいという想い」など、その人の人柄が問われるような回答がほとんどでした。
つまりは「あの人と働きたい」「あの人が手掛けているサービスを使いたい」と思われるような存在になることが大切です。そのためには、時間を味方に付けること。人間は“機能”ではなく、“意味”に投資をするものです。
例えば、「高性能な寿司ロボットと、30年修行した寿司職人、どっちが握った寿司を食べたいか」と聞かれたら、後者を選ぶ人がほとんどだと思います。「寿司を握る」という機能は同じでも、修業を重ねた歩み、つまりは時間に意味を感じるわけです。
僕自身も、時間をかけるというのは意識しています。『アル』には特定のマンガのコマを投稿できる仕組みがありますが、実は使用許諾を得るために出版社や作家さんを一件一件訪ねているんです。時間を味方に付け、育んだオリジナリティーは、簡単には真似できないもの。このサービス自体がサイトの強みになりましたし、「マンガ業界に役立ちたい」「好きなものを好きと言える場を作りたい」という想いを持って地道に頑張る中で、応援してくれる人も増えました。
昨日と違う今日に挑戦して「物語」を転がせ
AIにできなくて、人間にできることとは何か。それは「遊ぶこと」であり、手段そのものを目的化できることだと思うんです。
AIはあくまで課題解決を前提としていて、目的のために手段を使う。一方の人間は、たとえ目的がなくても、手段そのものを追求することができます。
特に日本はその傾向が強い気がしていて、例えば華道は「花を生ける」という目的ではなく、花を生けるための手段や手法を極めて「道」を追求するものですよね。
例えばバーチャルYouTuberが世界に広まったのは、日本人が「美少女になるための手段」として使ったから。お金もうけや人気者になるといった目的ではなく、ただ美少女になりたくてやってみた結果、海外の人々がそれを面白がるようになったわけです。そうした意味では、オタク文化を持つ日本にとって、AI時代は有利なのかもしれません。
だからこそ、これから先は「役に立つか?」というコスパを追求する考え方はやめた方がいい。最近は「面倒な仕事は機械に任せ、楽しいことを人間がやろう」という考え方をする人が増えていて、僕自身も遊び心や創造性を生かす仕事に比重を置くこと自体には賛成ですが、コスパの追求を目的にすることには疑問を持っています。
「コスパ=効率」を極めれば、たどり着く結論は同じ。数年前に“コスパ文化”が流行し、ファッションも食事も量産型になりましたが、そうなると多様性も独自の視点も失われてしまう。価値観はどんどん貧しくなり、全く面白くありません。
キャリアのVSOP論という考え方では、20代はあらゆることに挑戦する「バラエティー」、30代は得意分野を極める「プロフェッショナリティー」、40代ではそれらを組み合わせた「オリジナリティー」、そして50代は一緒に働きたいと思われるような「パーソナリティー」が重要だとされています。
20代はバラエティーの時期ですから、YouTubeで発信をしてみるなど、何でもいいので、意識的にコンフォートゾーンを出て新しい世界に挑戦することをオススメします。意味や目的なんかなくていい。
これは「無駄なこともいつか役に立つ」というコスパの話ではなくて、「無駄があるからこそ面白い人間になれる」ということです。なぜなら、人は“物語”に熱狂するものだから。冒険も挑戦もない物語は面白くありませんよね。主人公が失敗するから、僕らは応援したくなるんです。
昨日と違う今日に挑戦して、“自分の物語”を転がす。一度転がせば、その先には案外、自分の軸ややりたいことがあったりするものです。「今の自分を自伝にしたら何ページになるのか」。そんなことを考えながら、誰かが応援したくなるような物語を作っていきましょう。
取材・文/上野 真理子 撮影/赤松洋太
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