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焼物に
2019年12月09日 (月曜日)
「見込み」この言葉はね、焼物の用語で“器の内側”のことなのです。
もしかしたら、「見込み違い」って言葉は、この焼物用語から来ているのかもしれませんね。
私は焼物を見ているだけで、「心が気持ちいい~」と言っているのが聞こえます。
縄文土器でお料理をいただくとどんな感じがするのでしょう。
高価な器は買えなくても、夕食は好きな器を並べて12月の夜を楽しみます。
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マリー・アントワネット
2019年12月09日 (月曜日)
マリー・アントワネットはオーストリアのハプスブルク家の王女様。
フランスに嫁に行かなかったなら、これほどまでに名を残しただろうか。
オーストリアといえば現在でも大国とは言えませんが、当時のオーストリア帝国は、領土の広さからいっても、国際的影響力から見ても、現在のアメリカくらいの力がありました。
今の世とは違いあの当時は“生まれが全て”の世の中でした。
ヨーロッパ王家の中でもトップクラスの名門に生まれたのがマリー・アントワネットでした。
フランス王妃になったからといって、誇り高く振る舞うのは寧ろあたり前だったのかもしれません。
ただ、マリー・アントワネットは時代を読み取れなかっただけだ、と私は思います。
時代が移り変わる中で、彼女は何を思い暮らしたのでしょうか。
王家のものであった国の時代から、国は国民のものとなるとしていた時代に、彼女は呪詛を浴びつつ死ぬことになるのです。
ブルボン家の皇太子ルイと結婚した時、マリー・アントワネットはまだ15歳にもなっていなかったのですから、幼すぎる花嫁した。
18歳で王妃になった彼女は、こんなに若くして重責を担うことにとても不安を感じ、一つ年上の夫ルイ十六世と二人して泣いたのです。
夫婦仲はよく、ルイは妻のアントワネットしか興味を抱かなかったといいます。
国王といえば何十人も愛人を持って当たり前、そんな時代にです。
王家同士の政略結婚では幸福など初めから問題にならないのですが、自分にだけ目を向ける夫と幸福に暮らせたはずなのに、悲しいことに夫は妻に手を出したくても出せないでいたのです。
もしも夫が簡単な手術を受けていて、二人がごく普通に結ばれていたら、悲劇は起きなかったかもしれません。
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月刊SYO12月号をアップしました!
2019年12月01日 (日曜日)
月刊SYO10月号の「世の中の動き」は、子年ついて松原照子が「感じる」ことを書かさせて頂きました。 徒然コラムでは、「時の過ごし方」をテーマにコラムを書かさせて頂いております。 ◉月刊SYO掲載内容 ・今月の言葉 →松原 […]
松原照子の個別相談受付を再開致しました!
2019年11月29日 (金曜日)
平素は「幸福への近道」ご愛顧いただきありがとうございます。 会員様限定の【松原照子のマンツーマン】個別相談受付を再開致しましたのでご報告申し上げます。 松原照子に直接、ご相談・カウンセリングをご希望の会員様は、個別相談受 […]
【募金へのご協力ありがとうございました】松原照子チャリティー個展〜子供達の未来のために〜募金完了のお知らせ
2019年11月27日 (水曜日)
平素より「幸福への近道」をご愛読いただき、ありがとうございます。 本日、独立行政法人 福祉医療機構様に、皆様から頂いた募金と売上の一部、計310,341円を寄付させて頂きました。 多くの皆様にご賛同をいただき、誠にありが […]