なざりっく!   作:田島

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第九階層のバー~セバスとエントマの会話

 バーのカウンターに腰掛けジントニックのグラスを傾けているのはセバスだ。彼がここにいる事はそう珍しくはない。デミウルゴスがナザリックに不在と分かっている時には足繁く通っている常連である。特に何を話すでもない、連れもなく一人で静かに酒を楽しみ、二三杯楽しんだら帰っていく、非常に大人しい客なので副料理長もセバスが酒を楽しむのを邪魔したりはせずカウンターの中で静かに己の職務をこなす。

「こんにちはー、あれ、セバス様」

 新たな来客がバーの入口を潜った。プレアデスの一人エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、彼女もまた常連なのだが副料理長の記憶する限りでは今までセバスとここで遭遇した事はない筈である。

「エントマ、お疲れ様です」

「お疲れ様ですセバス様。お隣、よろしいですか?」

「ええ、どうぞ」

 セバスの了承を得たエントマはセバスの隣の椅子に腰掛ける。いつものやつ、と注文され副料理長はエントマにいつも出している特製ドリンクを用意する。

「あなたもここにはよく来るのですか? 今まで顔を合わせた事はないと思いますが」

「よく参ります、セバス様がここをご利用されてるなんて存じませんでした」

「そうですか。たまたまタイミングが合わなかったのでしょうね、私もよく来るんですよ」

 話していると、カウンターの向こうからエントマへとグラスが差し出される。グラスの中はどろりとした不透明なピンクの液体で満たされており、ストローが刺さっていた。

「お待たせいたしました、『エントマ』でございます」

「ありがとうございます、いただきまーす」

 エントマは嬉しそうに礼を言うとグラスを持ち顎の下の本当の口をストローにつけた。ずぞぞぞぞ、と粘度の高い重たい液体がストローを通る音がする。

「……それは、何のカクテルなのですか?」

「お肉です」

「肉……ですか」

「様々な肉をエントマ様のお好みに合わせて配合しフードプロセッサーで液状にした、肉カクテルとなっております」

「本当は、人間のお肉が入ってるともっと美味しいと思うんですけど、人間のお肉を使う事はアインズ様のご許可が降りなかったので。でもこれもとっても美味しいです」

「……そんな事でアインズ様を煩わせてはいけませんよ」

「すみません」

 蜘蛛は肉食、グリーンビスケットや恐怖公の眷属だけでは物足りなくなる時もあるのだろう。成程エントマはここをよく利用する理由があるらしい、とセバスは納得した。それならそれで食堂でちゃんとした肉を食べればいいのではないかとも同時に思ったが、エントマは蜘蛛の本性を現す事をあまり好まない。蜘蛛っぽい食べ方をしている所を人に見られたくないのかもしれない。

 ジントニックを一口含み喉越しを楽しんで、たまにはこうして人と話しながら飲むのも悪くはないとセバスは思った。あまり騒がしい酒は苦手だがそんなマナーの悪い客はこのバーではいない。基本的には一人で静かに飲むのが好きだが今度来た時に誰かがいたなら同席してみようか、と考える。

「仕事上がりの一杯は最高です、やめられません」

「今日はログハウス勤務でしたね、お疲れ様でした」

「セバス様はあの人間の女のご指導でしたよね? そちらの方がずっと大変です」

「そんな事はありませんよ、ツアレはああ見えて中々筋がいいですから。そう遠くない内にナザリックのメイドとして恥ずかしくないレベルに到達できるでしょう」

「そうなんですか」

 気のない答えを返すとエントマは肉カクテルを啜った。実際エントマはツアレの事はあまり興味がないのだろう。人間については食料という認識以上の興味は元々持っていないようだから、アインズ・ウール・ゴウンの名に於いて保護されているため食料に出来ない以上、人間でありながらナザリックに迎え入れられたツアレが目障りといった負の感情もこれといってなさそうな様子だ。無関心でもあからさまな敵意よりは助かる、とセバスは思った。同僚である筈のメイド達の大半からツアレに向けられる視線は敵意と侮蔑に満ちている。やはりナザリックに連れてくるべきではなかった、と何度後悔したか分からない。

「それより気になっているのですが、どうしてセバス様はデミウルゴス様とあんなに仲が悪いんですか?」

「……正直、その理由は私にもよく分からないのですよ。至高の御方々によって創造されたナザリックの仲間なのですからこのような感情は本来であれば好ましくないのですが……あの男と話しているとどうにも許し難い気持ちが湧き上がってくるのです」

「不思議ですね。デミウルゴス様もお優しい方なのにセバス様だけには厳しい気がしますし」

「アインズ様ならば理由を何かご存知かもしれませんが……今度機会があれば尋ねてみましょう」

 尋ねたところで解決されるとは思えないが、とセバスは心の中だけで思った。あの時の口汚い口論をアインズは寛大にも許してくれたが、その時アインズはセバスとデミウルゴスが言い争う様を見て喜び楽しんでいる様子があった。きっとアインズはデミウルゴスとセバスが今の関係のままでいた方がいいのだろう。それに理由が分かったところでそれが解決に結び付くとも限らない。セバスとしては関係を改善したいと一応は思っているが、セバス一人の力でどうなるものでもないし、もしこの感情が人助けを為さねばならぬという使命感のようにたっち・みー様由来の感情であるならば消し去ることもできないだろう。

 縛られているが、それは心地いい呪縛だ。我が身に創造主の痕跡が刻まれているということだ。

 グラスを傾けジントニックを口にして、もう二度と会えぬであろう創造主の姿をセバスは脳裏に浮かべた。


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