火口にて再会する
本日もまた、公開情報がございます。
本文をお楽しみいただいた後で、ゆっくりとどうぞ。
イフリートの姿が消えれば、イフリートが呼び出していたサラマンダー達の姿も消え、火口周辺は静けさを取り戻した。
そう見せかけて奇襲してくるくらいの知恵が、上位精霊ならばあってもおかしくないだろうと考えて、しばし警戒していたロレンだったのだが、どうやら本当に引いたらしいことを感じ取ると、少し離れた場所にいるラピス達を手招きする。
傾斜のついた地面を小走りに近寄ってきたラピスは、ロレンが何か言うより先にロレンの周囲をぐるりと一周しながらその体をじっと観察し、一周回り終えたところで問題なしとばかりに一つ頷いてみせた。
「大きな怪我もなくイフリート撃退ですか。すごいですねロレンさん」
「引いてくれた、って感じもするけどな」
どちらかが死ぬまで戦う気というのが、あのイフリートにはなかったような気がしているロレンである。
おそらくはユーディがこれまでしてきたようなことをさせまい、という思いで出てきたのであろうが、命をかけてまで阻止しようとまでは思っていなかったのだろうとロレンは感じていた。
下位精霊らしいサラマンダーは結構な数、消滅させてしまったようにも思うのだが、精霊にとってそれがどの程度の意味を持つのかまでは、人の身であるロレンには推し量ることができない。
「兜一つを溶かすだけだ。目を瞑ってもらうしかねぇだろ」
「そうですね。では行きましょうか」
邪魔するものがなければ、火口まで行くことは難しいことではない。
溶岩を湛えた火口に近づくというのは、多少不快なほどの暑さを感じてしまうのだが、それもある程度の距離ならば、我慢してできないほどではなかった。
「流石に間近まで行くのは無理だろ。適当に近づいたら投げ入れるしかねぇぞ」
「投げて届く距離なら、火口は大きいですから外すこともないですよ」
「あー、うちはさっさとここからおさらばしたいわ」
グーラがチューブトップの胸元を引っ張り、手でぱたぱたと顔をあおぐ。
当然、汗に濡れた肌が大きくはだけることになり、とりたてて見ようとしたわけではないロレンだったのだが、ラピスの両手が両頬を包み込むようにして、グーラのいる方向を向けないように顔を背けさせた。
火口に近づけは近づくほど、むっとした熱気が吹き付けてくるようになり、汗ばむほどの大気の熱がロレン達をじりじりとあぶる。
さらにあちこちから噴き出している煙には、鼻が曲がりそうな匂いが混じっていた。
「臭いは酷ぇが、暑さはそれほどでもなくねぇか?」
「それはロレンさんに先程かけた法術の効果が残っているだけです。私やグーラさんはそれがないですから、この暑さは結構きついですよ」
炎を扱うイフリートやサラマンダーを至近距離で相手にするロレンのために、ラピスは炎に対抗する法術をロレンへ行使していた。
その法術の効果が残っているおかげで、ロレンは火口に近づいてもラピス達に比べて熱による影響が少なく済んでいるらしい。
もっともそのラピスやグーラは、魔族や邪神といった存在であり、人に比べてずっと高い抵抗力を持っているので、実際は法術の効果がなければロレンはそこまで火口に近づくことはできないはずであった。
「なんにせよ、さっさと仕事を終わらせて逃げるとするか。長居するような場所でもねぇだろうからな」
「それは同感ですね」
とにもかくにも、用事を済ませてしまわなければその場所から退散することもできないわけで、さっさと済ませてしまおうというロレンに同意したラピスは荷物の中からあの黒い兜を引っ張り出す。
いかにラピスが魔族といえども、溶岩の近くまでなんの準備もなしに歩いていけるわけもなく、兜を取り出したラピスはそれを溶岩の中へと放り投げようとして、次の瞬間にはその場から素早く飛び退く。
同時にロレンも、背中の大剣に手をかけながら火口中心部から離れる方向へ素早く移動していた。
一人、その場に取り残される形になったグーラであったのだが、こちらは眠そうな顔をしながらもその手には、どこからか撃ち込まれたものらしき矢が一本握りしめられている。
見れば、それまでロレンやラピスが立っていた足元にも一本ずつ、矢が撃ち込まれており、ロレン達はその飛来に気が付いて回避するためにそこから飛び退いたというわけであった。
「それを、こちらに渡してもらおうか」
聞こえてきた声は、飛来した矢が撃ちだされたのであろうと推測される方向から聞こえてきた。
それを無視して兜を放り投げようとしたラピスだったのだが、それを阻止するかのようにさらに撃ち込まれた矢に行動を邪魔され、仕方なくといった形でロレンの背後に隠れるような位置まで退く。
「それは価値の分からぬ者には無用の物。大人しくそれをこちらへ渡せ」
そう言いながら近寄ってきたのは、黒の総髪に黒の鎧。
長剣と、以前見た時には持っていなかった黒い盾を携えた若い男であった。
ユーディから聞いた情報が正しいのであれば、おそらくマグナと名乗った男のはずであり、魔王達が所有していた黒い武具の数々を、自分の物であると主張しながら盗み出している男である。
「渡せと言われて渡す馬鹿がいると思うかよ?」
そのマグナと対峙する形を取りながら、ロレンは尋ねた。
隙があれば、ラピスを走らせてでも兜を火口に投げ入れてしまえばいいと考えてはいるのだが、そんな隙をこの男が見せるわけもなく、しかもちらりと視線を巡らせればマグナのかなり離れた後方で、弓に矢をつがえて油断なくこちらを見ているダークエルフの女の姿が見える。
なんとなく分かってはいたものの、やはりあいつはこの男とグルだったのだなと思いながら大剣を背中から抜き放つロレンに、マグナは構えることもなく言葉をかけた。
「魔王には、捨てたと報告してやればいいだろう?」
「残念ながらこいつには、魔王の魔術がかかってるらしいんでな」
城にいながらにしてユーディには兜の位置や状態が筒抜けなのである。
マグナの口車にのって兜を渡してしまいでもしたら、後々にどのような目に遭わされるか分かったものではない。
それがなかったとしても、現在ロレンの背後に隠れているラピスはその魔王の娘なのだ。
そのラピスが見ている目の前で、魔王からの依頼を反故にするような真似ができるわけもなかった。
「大体、なんでお前こんなモンにご執心なんだよ? クソ偉そうな態度の割にゃ、やたらと地味な装備がお好みってわけか?」
「貴様に関係はあるまい」
「話したくねぇんなら別に無理にとは言わねぇが、事情が分かりゃ協力するって道がねぇわけじゃねぇんだがな」
譲歩するようなロレンの言い分に、背後からラピスが服の裾を引く。
ロレンという男が一度頼まれたことを途中で放り出すような人ではないということは、分かっているラピスではあるのだが、魔王との約束を律儀に果たすような人間というのもそうそういないはずで、もしかしたらと思ったらしい。
そんなラピスに反応を返すことなく、マグナを見ていたロレンに対して、マグナはやや時間をかけて考えていたのだが、やがて小馬鹿にしたような笑みで唇を歪めると、ロレンを見下すようにしながら言った。
「この私が、どこの誰とも知れぬ冒険者風情に協力を求めるとでも? 貴様がここで取るべき行動は、大人しく頭を垂れて、その兜をこの俺に差し出すことだけだ」
「気位の高ぇ奴は面倒だな」
「魔王如きに義理立てして、ここで死を迎えたくはあるまい?」
「脅し文句もつまんねぇ奴だな」
せせら笑いながらそう返したロレンではあるのだが、その視線は油断なくマグナとその背後に控えるダークエルフの挙動を監視している。
どちらも気を抜いて対峙できるような相手ではなく、少しの気の緩みが本当にこの場で人生の終わりを迎えるようなことになりかねない。
「口を慎めよ雑種。本来ならば貴様など、この俺と言葉を交えることすら許されぬ話なのだぞ」
「笑わせんな。口もきけねぇって、どこの貴族様だよ」
頭から馬鹿にするつもりで吐いたロレンの言葉であったのだが、マグナの反応はロレンが予想だにしていなかったものだったのだ。
「そちらこそ笑わせるな。誰が貴族か」
貴族という呼称では満足できなかったらしいと知って、ロレンはわずかに驚きを覚える。
ではいったいどう呼べば満足なのかと考えてしまいロレンであったのだが、マグナはそんなロレンの思案気な顔に注意など払うこともなく、携えていた長剣の切っ先をロレンの顔へと向けた。
「貴様の不敬など今はどうでもいい。せめていくらかの印象の回復を目指すのであれば、その場に平伏して兜を俺に捧げ渡せ」
「その言いぐさで、はい分かりましたと従うとでも思ってんのか?」
呆れるロレンなのだが、マグナは至極真面目に言っているらしく、苛立たしそうにロレンを見てから、その背後にいるラピスにも声をかける。
「女。物分かりの悪いその男の代わりに、貴様が渡しても構わんのだぞ」
「冗談じゃありません。後で何をされるか分かったものじゃないんですからね」
ユーディの娘であるラピスが、その兜をマグナに渡してしまえば、魔王であるユーディからどのような目に遭わされるかについては、考えるまでもなく非常に酷い目に遭わされるのだろうとロレンは思う。
それが分かっていて、それでも敢えて兜を渡すほどラピスは察しの悪い娘ではなかった。
「マグナ様! そやつらとの交渉は無意味かと」
つがえた矢を引き絞り、その狙いをロレンに定めながらダークエルフが言う。
その言葉に答えることなくロレンを睨みつけていたマグナは、視線を少し離れたところでつまらなそうにロレンとマグナのやりとりを見ていたグーラへ向けた。
「そちらの女はどうだ? この者達から兜を奪い、俺に捧げる気はないか? 冒険者などいつまでもできる稼業ではないだろう。俺に協力するならば、いずれ栄耀栄華に至ることを約束してやるぞ。以前の不埒な行動も不問にしてやろう」
以前にこのマグナから逃げる際に、グーラは周囲にいた強化型のゴブリン達を潰し、その血肉を吐きかけることでマグナの隙を突いて逃げ出すことに成功していた。
その行為を不問にしてやろうというマグナに、グーラはつまらなそうに欠伸をかみ殺す。
「話にならんなぁ。少なくともロレンに比べてあんたは非常に不味そうやし」
それは何の味についてなのか、と思うロレン。
マグナはグーラの答えに不機嫌そうになりながらも、再びロレンへと目を向ける。
「俺と戦うことの愚かしさは理解していると思うのだがな」
「うるせぇよ。別にお前とまともに戦わなくとも、ご執心の兜をあの溶岩の中に放り込めば俺らの用事は終わるんだからな」
「そのようなことを、この俺が許すとでも思っているのか?」
この俺と言われてもロレンには相手の素性が分からない。
マグナという名前すら、本人が名乗ったのを聞いたわけではなく、魔王から聞いた情報でしかないというのに、この俺がと言われても何がどう凄いのか分かるはずもなかった。
「俺の手を煩わせるな、雑種」
「雑種雑種とうるせぇな。大概の人間は雑種だろうがよ」
「違うな。この世には貴様のような雑種と、この俺のような純血種がある。どこの誰とも分からぬ者の血が交じる貴様と、古くより由緒正しき血を受け継ぐこの俺を同列に語るな、愚物めが」
いったいこいつはどこの誰なんだ、という疑問を胸に抱きながらロレンは見下すようなマグナの視線を正面から受け止める。
血筋を重んじ、由緒正しいとまで言い切れるのは余程血統のしっかりとした王族や大貴族くらいのはずであるが、そんな存在がわざわざ魔族領の中央部にある、しかもドラゴンが住処にしている山の頂上まで足を運んでくるとは思えない。
だが、マグナの口調には確たる何かが存在しているように思え、適当なことを言っているとは思えないのも事実であった。
「もう一度聞くぞ。その兜をこちらへ寄越せ。それは貴様らや魔族が持っていても宝の持ち腐れになる物。正当な持ち主であるこの俺が持って初めて意味を成す物なのだ」
「冗談は物言いだけにしておけ。仮にこいつがお前の物だったのだとしても、魔王の倉庫にあった時点で所有者は魔王だ。欲しけりゃ魔王と交渉してから出直して来い」
「それが貴様の返答か?」
馬鹿正直に、ならば魔王と話をして来ようとは言わないなと思いながらロレンは大剣を構える。
無論、そのようなことを言いだした場合は素知らぬ顔をして兜を火口に沈める気でいたロレンなのだが、ダークエルフの構える弓矢の狙いが、兜を持つラピスにぴたりと定められている状態では、中々下手なこともできない。
「仕方あるまいな。ノエル、あの兜を持つ女に注意をしておけ。妙な真似をしたら、殺してでも止めろ。決してあの兜を投げさせるな」
「御意にございます」
視線をラピスから外すことなくそう答えたノエルと呼ばれたダークエルフに一つ頷き、マグナは盾と長剣を構えながらゆっくりとロレンへと歩み始める。
「剣の腕も力も俺に及ばないということを、一度で理解できなかったのならばもう一度思い知らせるしかあるまいな」
「頭から反吐をかけられて俺達を逃がした奴の台詞とは思えねぇな。匂いは取れたかよ色男。ゴブリンどもの血ってのはさぞかし臭かっただろ」
見下すマグナを正面から挑発するロレン。
人を馬鹿にすることはあっても、馬鹿にされることについては耐性がないのか、マグナの顔が一気に険しいものになる。
「減らぬ口だ。首ごと胴体から切り離してくれよう」
「やってみやがれ。こちとら口も手癖も悪ぃから覚悟してかかってこい!」
見るからに重そうな装備を身に着けているとは思えないほどに軽やかな足取りでマグナはロレンへと切りかかる。
それに応じてロレンは気合の声を上げながら渾身の力を込めて大剣を振るうのであった。
ここからはご報告になります。
【速報】白銀級冒険者パーティのキャラデザラフ掲載【速報】
そんなわけで、お知らせです。
来る3月23日 HJ Novels様より本作品が書籍化致します。
今回は、作品中に登場します白銀級冒険者パーティのキャラデザを公開いたします。
それでは、はりきってどうぞー
ニムさん、まじぜっぺ……いえ、美人さんですねー
というわけで、今回のお知らせは以上です。
新しい情報が出ましたら、またご報告いたしますので、乞うご期待。