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「絶対に勝てるか」“抹殺できなかった公文書”が伝える昭和天皇の大声

残された重要史料が今に教えるもの

「太平洋はなお広いではないか!」

アジア太平洋戦争の開戦へ突き進む中、昭和天皇が杉山元参謀総長をこのように叱責したことはよく知られている。1941年9月5日のことである。

昭和天皇ははじめ、杉山に「日米事起こらば、陸軍としては幾許の期間に片づける確信ありや」と質問した。これに杉山は、「南洋方面だけは3ヶ月くらい」と答えた。

これに満足しなかった昭和天皇は、続けて問うた。「汝は支那事変[日中戦争]当時の陸相なり。その時陸相として『事変は1ヶ月くらいにて片づく』と申せしことを記憶す。しかるに4ヶ月の長きにわたり、いまだ片づかんではないか」。

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厳しい追及を受けた杉山は恐懼(きょうく)して、「支那は奥地が開けており、予定どおり作戦し得ざりし事情」をくどくどと弁明した。これにしびれを切らした昭和天皇は、励声一番、最初に引いた発言を行ったのである。

「支那の奥地が広いと言うなら太平洋はなお広いではないか。如何なる確信あって3ヶ月と申すか」

杉山はこれに答えられず、隣にいた永野修身軍令部総長に「統帥部として大局より申し上げます……」と助け舟を出してもらったのだった。

 

別の史料では「絶対に勝てるか」と質問

以上は、当時の首相・近衛文麿の手記に見えるやり取りである(『近衛文麿手記集成』より。なお引用にあたって、表記を一部改めた。以下同じ)。

ところで、この場面を記録した別の史料があることを知っているだろうか。