シンガポールの兵役制度、国民に根づいた国の防衛
シンガポールにはナショナル・サービス(NS)と呼ばれる兵役制度があります。
賛否両論ある制度ですが、どのようないきさつで制定されられたのか、また、国民にはどのように受け止められているかなど、シンガポールの国防事情を見ていきたいと思います。
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シンガポールの兵役制度の始まり
シンガポールの兵役制度が始まったのは、1967年のことです。独立したのが1965年ですから、最初の2年間、シンガポール政府は、駐屯していたイギリス軍に国の防衛を頼っていました。
ところがイギリス軍が徐々に撤退し始めたため、シンガポール政府は自衛の必要性に迫られました。
当時兵力と言えば、歩兵連隊が2個で1800人、警察官が500人という無に等しいような小規模な軍隊しかありませんでした。
そのため、政府は、イスラエル、スイス、台湾に倣って、1967年に徴兵制度を導入し、特にイスラエル、台湾からは実際の訓練などの支援を受けました。
イスラエルを訓練国として選んだのは、イスラム教の国に囲まれたイスラエルの状況が、同様にイスラム教の国に囲まれているシンガポールと似ているという理由からです。
その頃はそれくらいの警戒が必要なほどマレーシアやインドネシアとの関係は良くないものだったのです。
そして、23年後の1990年には、世界的に見ても高いレベルの軍隊へと成長しました。
兵役制度の始まりの詳細は「リークアンユーの国づくり:独立国家・シンガポールの国家運営」および「シンガポール建国の父、リークアンユー:その生涯と政治・思想」をご覧ください。
シンガポール軍隊の規模
シンガポール軍隊の規模は、2015年の時点で正規軍68,500人(内m55,000人が徴兵軍)、内、陸軍50,000人、海軍5000人、空軍13,500人となっています。
国防費は全歳出額の19.2%を占め、GDPの6%にも当たります。軍隊の中では空軍にはF16戦闘機などの攻撃用飛行機が100機以上あり、ASEAN諸国の中で一番大きな規模となっています。
ではなぜこれほどまでの額を国防に費やすのでしょうか。その理由をシンガポール政府は次のように言っています。
「小さな島国であるシンガポールは、仮に攻撃を受けた場合に逃げる場所がなく、経済面でも国際貿易に大きく依存しているため、地上、海上、陸上の貿易や通信手段を維持しておくために、強い国軍が必要。」
シンガポール軍は実際の戦闘の経験がありません。
そのため訓練には、ASEAN諸国や、アメリカ、イギリス、オーストラリア、台湾などと共同訓練を実施しています。
特にアメリカを同盟として重視しており、アメリカ軍はシンガポール国内の空軍基地と海軍基地を利用する権利をもっています。
シンガポール兵役制度の内容
シンガポールの兵役制度では、16歳半になると、兵役登録が要求され、18歳になった時に、2年間の軍事訓練を受ける義務があります。
但し16歳半の時点で、本人の希望があり親も承認する場合はこの歳から軍事訓練を受けることもできます。
兵役の義務があるのは、シンガポールの男性の国民と永住権を持つ親から生まれた第2世代の男性が対象になります。
訓練は、テコン島(Pulau Tekong)にある基礎軍事トレーニングセンター(Basic Military Training Centre )で行われます。
訓練は最初軍事トレーニングですが、その中で優秀な人は、警察のトレーニングに編入されます。
警察の訓練には特攻隊や空港警備などの訓練が行われます。また、市民軍に編入される人もいます。
市民軍では、火災などの災害時の対応や人命救助や救急処置などの訓練を受けます。
2年間の訓練が終わると、40歳になるまで(士官の場合は50歳になるまで)、毎年40日間の訓練期間があり、そのうちの10年は予備役につかなくてはいけません。
報酬として、兵役に対する給与がランク別に支払われ、様々な手当ても支給されます。また年に14日間休暇が取れることになっています。
多民族が住むシンガポールでは、様々な民族的背景を持った若者たちが、シンガポールという共通の国家のために兵役の訓練生活を共にすることにより、団結を強めることができ、重要な役割を果たしていると考えられています。
シンガポールの兵役訓練の特別待遇、義務及び罰則
兵役制度は、シンガポール人の男子にとって義務となっていますが、政府の学校で勉強している場合は、フルタイムで参加しなくてもよいという特権があります。
また次のような学校に通っている生徒は、兵役の訓練を1年から4年遅らせることもできます。
・ジュニア・カレッジ(通常JCと呼ぶ)で加速教育を受けている学生
・高校を卒業しポリテクニックを学んでいる学生
・工業学校(ITE)の学生
・国のスポーツチームのメンバーで、18歳の時点でスポーツイベントに参加している選手はそのイベントから戻るまで延期できる
一度兵役の訓練を受けた者は、海外へ行く場合に、防衛庁(Ministry of Defence = MINDEF)に連絡する義務があります。海外への渡航が1日以上6か月以下の場合は連絡のみ、6か月以上の場合は、出国許可の申請が必要になります。
また、兵役の義務がある間は、常に体調を整えることが要求され、体力測定で合格しなければいけません。
シンガポールの男性に肥満がいないのはこのためだとも言われています。
こうした特権がないのに兵役を回避しようとした場合は、罰則が適用され、最悪3年間投獄されるか、S$5000の罰金を課され、場合によってはこれらの罰則が2つ共適用されることもあります。
シンガポールの国防教育
シンガポールでは、国防について「トータル・ディフェンス」というコンセプトに基づき、国民全体を対象に教育を実施しています。
上述の政府の方針の中にもあったように、有事の場合でも経済活動ができるように、兵役の訓練を受けている者だけでなく、一般国民に対しても防衛教育を実施しています。
具体的には、次の4つの面で防衛教育を行っています。
・防衛の必要性を理解させ愛国心をはぐくむことを目的とした心理的防衛
・公共道徳性を高める社会的防衛
・有事の場合でも経済活動ができるようにするための経済的防衛
・防災訓練と、有事の場合の飲料水や食物を確保できるようにする民事防衛
このような教育と並行して、政府は国内の民間施設やMRTの駅などに防空壕を作るなどして万一の場合に備えています。政府の国防への思いは強く、2月15日は「国防の日」に制定されています。
シンガポール政府は、優秀な軍人を育成し、その軍人が将来政府の要(かなめ)となることを目指して「国軍海外奨学金」の制度も設けています。
この奨学金を受けると、海外のトップの大学へ留学でき、帰国後政府の要職に就くことができます。
現首相であるりー・シェンロン氏もその一人で、現在20人いる官僚中7人がこの奨学金の受給者です。
シンガポール兵役制度の影響
シンガポール兵役制度で最初に行われる訓練期間は2年間ですが、その前は2年半あり、国民からは訓練期間を短縮するよう要求する声もあがっていました。
現在の2年間に短縮されたのは2004年です。
最初に訓練を受ける18歳は、高校が終わる歳で、そこから2年間学業を離れるため、兵役から戻って大学へ行くと卒業するのが平均25歳ということで、シンガポールでは、女性に比べると男性への負担が大きくなっています。
兵役制度では、義務のある男性は訓練後年に1ヶ月以上仕事を離れることになるので、就職先への影響も大きなものがあります。
ただし、シンガポールの兵役制度には「Make-up payment」というシステムがあります。
これは従業員が軍事訓練に召集されたことにより、ビジネスなどに損失が発生した場合、雇い主が国防省に対して損失補填依頼を提出すると、損失分を支払ってもらえるというシステムです。
また、複数の従業員を雇う場合にそのうちの何人かが同時に軍事訓練に召集された時は、国防省に訓練期間の変更や短縮を依頼することもできます。
大抵の場合受け入れられ、軍事訓練期間が調整されます。
シンガポールの兵役制度と永住権保有者
シンガポールの兵役制度は、前述の通り、国民だけでなく永住権を持つ住民の第2世代にも適用されます。
ですから、例えば日本人がシンガポール人と結婚し、永住権を取り、男子が生まれるとその子供に兵役の義務が生じます。
兵役制度では、訓練だけでなく、海外への渡航も規制されるため、これをデメリットと考えることもできます。
ただし、永住権を持っていると、学費や医療費が外国人の時より安くなり、就労ビザがもらるというメリットがあります。
この辺で、永住権を申請することに迷う外国人も多いようです。
シンガポールには、以上のように、日本人から見たら厳しい兵役制度が存在します。
国民の間には賛否両論ありますが、徴兵される若者の心理をコミカルに描いた「Army Daze」という映画があります。
背景が異なる家庭出身の若者6人の兵役生活をテーマにし、最終的には、この6人全員がお互いの中に共通のものを見出すというプロットになっています。
シンガポール兵役制度の一面を理解できるかもしれません。
シンガポールの兵役に関するまとめ
シンガポールの兵役制度をいろいろな角度から見てみました。
軍事に頼らない政策が可能であれば、それに越したことはありませんが、シンガポールの国家形成の過程を見ると、必要な制度だということがわかります。
良い意味での愛国心を育て、自らの力で国を守っていくという強い意志を築く意味で、この兵役制度は現在のシンガポールの体制づくりに大きな役割を果たしています。
また、従業員の軍事訓練参加によりビジネスに発生した損失にも補填制度を活用し、経済がおろそかにならないよう気を配っています。
シンガポールの持つ底力の強さを感じさせられます。
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