日本の住宅、なぜ寒い 窓など断熱性能低く

「今日は寒いですねー」。近くの中学校で英語の指導助手をしているカナダ人大学生が探偵事務所を訪ねてきた。「日本は家の中でも寒いので、冬の生活はカナダよりも厳しいです」。「えー、本当かしら」。探偵の深津明日香が立ち上がった。

「家は夏をむねとすべし」浸透

明日香は主な都市の1、2月の平均気温を調べた。東京はパリに近く、仙台はニューヨークやベルリン並み。もっと寒い長野はプラハ、青森はストックホルムとほぼ同じ水準だった。「なぜ、日本の家が特に寒いのかしら」

早稲田大学教授の田辺新一さん(56)を訪ねた。「日本には断熱(内外の熱の出入りの遮断)の考えがなく、冬に寒いのは当然と我慢して住んできたからです」。示された資料を見て明日香は驚いた。家庭1世帯あたりの年間エネルギー消費量を国別に比較したもので、暖房用は欧米諸国が日本の4~6倍、韓国も2倍以上使っている。

「家全体を冬中暖める欧米と、コタツなどで暖を取る日本の違いのほか、寒さは我慢するしかないと思っている人が多いのです」。近畿大学建築学部長の岩前篤さん(53)が説明した。住宅技術評論家の南雄三さん(65)も「日本の家の暖房は省エネ以前の段階です。もっと暖めた方がいい」と強調する。

「家の性能はどうかしら」。調べると、壁や窓などの断熱性能を国が省エネルギー基準で地域別に規定している。ただ、義務ではなく目安にすぎず、基準以下の家も建てられ続けているとわかった。

明日香は外国の状況も調ベようと、ドイツの住宅に詳しい日本エネルギーパス協会(東京・港)代表理事の今泉太爾さん(36)を訪ねた。「暖房費が多いドイツは省エネのため、新築住宅に対する断熱の義務基準を段階的に強化し、日本の基準との差が広がっています」と説明する。

特に性能差が大きいのが窓だ。冬に屋外へ流出する熱の半分が窓からとされる。断熱性能を示す熱貫流率(低いほど高性能)をみると、日本では2.33以下を最高性能と認定し、売れ筋のアルミ複層ガラスは4以上。一方、ドイツは1.3超を使用禁止にしている。欧米だけでなく、近年は韓国や中国でも日本より高性能の窓が売れ筋という。

EU各国では家の売買や賃貸の際、室内を快適に保つのに必要なエネルギー消費量、つまり「家の燃費性能」の表示を義務付けている。「車を購入する際には燃費性能を重視するように、家も燃費を考慮して選ぶのです」と今泉さん。断熱工事に費用をかけても、将来の暖房費削減(燃費向上)で元が取れるため、ドイツでは既存住宅の断熱改修も進んでいるという。

低い「燃費性能」我慢続く

「暖房使用が極端に少ないうえ、性能は低い。日本の家が寒くて当然ね。でも、なぜ変わらないのかしら」。明日香は住環境計画研究所(東京・千代田)会長の中上英俊さん(69)を訪ねた。「欧米と違い、日本の家は暖房費に削減の余地がなく、コスト回収できないので特に既存住宅で断熱が進まないのです」

東大准教授の前真之さん(39)にも聞くと、吉田兼好の『徒然草』の有名な一節「家の作りようは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる」の影響を指摘した。「アフリカで進化した人間は暑さより寒さに弱い。家はまず冬を旨とすべきです」。しかし、日本では建築関係者にも「夏旨」を信奉し、断熱を嫌う人が少なくないという。

「夏に涼しい家で冬は寒さに耐えるのが日本の伝統ってわけね」。事務所でため息をつくと、何でもコンサルタントの垣根払太が助言した。「健康への影響を調べたら」

明日香が調べると、欧米では健康への配慮から住宅の最低室温を規制する国が多い。英国は冬季の室温としてセ氏21度を推奨し、16度以下は「呼吸器疾患への抵抗力低下」などと規定。家主に改修を命じることもある。他方、日本では店舗や事務所などの室温を17~28度に保つ法規制はあるが、住宅は対象外だ。

明日香が再び岩前さんに連絡を取ると「健康に対する寒さの影響は大きく、室内の低温は万病のもとです」と指摘した。例えば急激な温度変化で体調が急変する「ヒートショック」。入浴中の事故死だけで年間1万9千人以上と推計され(厚生労働省研究班の昨年春の報告)、交通事故死の4倍以上だった。

北海道大学教授の羽山広文さん(59)によると、外気温が下がる冬季は疾患などで高齢者の死亡が増えるが、外気温低下と自宅死亡率の相関関係は西日本で高く、北海道は最も低かった。その理由は「家の断熱性能が低い地域は室温も下がり、高齢者の体に悪影響が及ぶのに対し、断熱化が進んだ北海道では室温が維持されるためと考えられます」と羽山さん。

「北海道の家は冬も暖かいというけど、健康にもいいのね」。明日香は健康への効果も考慮した断熱工事の費用便益分析を慶応大学教授の伊香賀俊治さん(55)に聞いた。「便益が光熱費削減だけでは回収が長期になりますが、健康が保たれて払わずに済む医療費や介護費を便益に加えれば、数年で元がとれます」

「健康のため、冬暖かい家は世界の常識です」。明日香の報告に所長は「わしの健康価値を考えれば、うちを改修しても元はすぐ取れるな」。

◇            ◇

「断熱」普及、消費者の意識次第

住宅の断熱技術は北欧など寒さの厳しい地域で発達し、欧米各国や北海道にも広がった。冬に暖かく、結露の発生も抑制されて屋内の快適性が高まる効果と、省エネ効果のためだ。

「日本では快適で健康に暮らすという本来の目的より、省エネの視点で評価されることが多い」(早稲田大の田辺教授)。ただ、暖房利用が少ない日本では、断熱を普及させても省エネ効果は限られるため、行政の推進力はあまり強くない。

2013年改正の住宅の省エネ基準は、断熱の水準を1999年基準のまま据え置き、省エネの重点分野を断熱から給湯など設備機器の性能にシフトした。新築住宅への省エネ基準の義務化も、「工務店の半数以上は99年基準の家を建てた経験がない」(東大の前准教授)という状況もあり、20年に先送りされる。

行政の規制が弱く、取り組みに消極的な業界関係者も少なくないため、断熱性能を高めた快適な家に住めるかどうかは「消費者の意識次第」(北大の羽山教授)。

変化の兆しもある。ドイツの住宅の快適さに衝撃を受け、四国で高断熱住宅を展開し始めた石川組(香川県観音寺市)の石川義和社長。「冬に暖かいだけでなく、結露に伴うカビやダニ、アレルギー症状の解消など健康面に期待するお客様が多く、消費税率引き上げ後も受注は好調です」

(編集委員 谷川健三)

[日本経済新聞朝刊2015年1月6日付]

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「家の性能はどうかしら」。調べると、壁や窓などの断熱性能を国が省エネルギー基準で地域別に規定している。ただ、義務ではなく目安にすぎず、基準以下の家も建てられ続けているとわかった。

明日香は外国の状況も調ベようと、ドイツの住宅に詳しい日本エネルギーパス協会(東京・港)代表理事の今泉太爾さん(36)を訪ねた。「暖房費が多いドイツは省エネのため、新築住宅に対する断熱の義務基準を段階的に強化し、日本の基準との差が広がっています」と説明する。

特に性能差が大きいのが窓だ。冬に屋外へ流出する熱の半分が窓からとされる。断熱性能を示す熱貫流率(低いほど高性能)をみると、日本では2.33以下を最高性能と認定し、売れ筋のアルミ複層ガラスは4以上。一方、ドイツは1.3超を使用禁止にしている。欧米だけでなく、近年は韓国や中国でも日本より高性能の窓が売れ筋という。

EU各国では家の売買や賃貸の際、室内を快適に保つのに必要なエネルギー消費量、つまり「家の燃費性能」の表示を義務付けている。「車を購入する際には燃費性能を重視するように、家も燃費を考慮して選ぶのです」と今泉さん。断熱工事に費用をかけても、将来の暖房費削減(燃費向上)で元が取れるため、ドイツでは既存住宅の断熱改修も進んでいるという。

「暖房使用が極端に少ないうえ、性能は低い。日本の家が寒くて当然ね。でも、なぜ変わらないのかしら」。明日香は住環境計画研究所(東京・千代田)会長の中上英俊さん(69)を訪ねた。「欧米と違い、日本の家は暖房費に削減の余地がなく、コスト回収できないので特に既存住宅で断熱が進まないのです」

東大准教授の前真之さん(39)にも聞くと、吉田兼好の『徒然草』の有名な一節「家の作りようは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる」の影響を指摘した。「アフリカで進化した人間は暑さより寒さに弱い。家はまず冬を旨とすべきです」。しかし、日本では建築関係者にも「夏旨」を信奉し、断熱を嫌う人が少なくないという。

「夏に涼しい家で冬は寒さに耐えるのが日本の伝統ってわけね」。事務所でため息をつくと、何でもコンサルタントの垣根払太が助言した。「健康への影響を調べたら」

明日香が調べると、欧米では健康への配慮から住宅の最低室温を規制する国が多い。英国は冬季の室温としてセ氏21度を推奨し、16度以下は「呼吸器疾患への抵抗力低下」などと規定。家主に改修を命じることもある。他方、日本では店舗や事務所などの室温を17~28度に保つ法規制はあるが、住宅は対象外だ。

明日香が再び岩前さんに連絡を取ると「健康に対する寒さの影響は大きく、室内の低温は万病のもとです」と指摘した。例えば急激な温度変化で体調が急変する「ヒートショック」。入浴中の事故死だけで年間1万9千人以上と推計され(厚生労働省研究班の昨年春の報告)、交通事故死の4倍以上だった。

北海道大学教授の羽山広文さん(59)によると、外気温が下がる冬季は疾患などで高齢者の死亡が増えるが、外気温低下と自宅死亡率の相関関係は西日本で高く、北海道は最も低かった。その理由は「家の断熱性能が低い地域は室温も下がり、高齢者の体に悪影響が及ぶのに対し、断熱化が進んだ北海道では室温が維持されるためと考えられます」と羽山さん。

「北海道の家は冬も暖かいというけど、健康にもいいのね」。明日香は健康への効果も考慮した断熱工事の費用便益分析を慶応大学教授の伊香賀俊治さん(55)に聞いた。「便益が光熱費削減だけでは回収が長期になりますが、健康が保たれて払わずに済む医療費や介護費を便益に加えれば、数年で元がとれます」

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住宅の断熱技術は北欧など寒さの厳しい地域で発達し、欧米各国や北海道にも広がった。冬に暖かく、結露の発生も抑制されて屋内の快適性が高まる効果と、省エネ効果のためだ。

「日本では快適で健康に暮らすという本来の目的より、省エネの視点で評価されることが多い」(早稲田大の田辺教授)。ただ、暖房利用が少ない日本では、断熱を普及させても省エネ効果は限られるため、行政の推進力はあまり強くない。

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行政の規制が弱く、取り組みに消極的な業界関係者も少なくないため、断熱性能を高めた快適な家に住めるかどうかは「消費者の意識次第」(北大の羽山教授)。

変化の兆しもある。ドイツの住宅の快適さに衝撃を受け、四国で高断熱住宅を展開し始めた石川組(香川県観音寺市)の石川義和社長。「冬に暖かいだけでなく、結露に伴うカビやダニ、アレルギー症状の解消など健康面に期待するお客様が多く、消費税率引き上げ後も受注は好調です」

(編集委員 谷川健三)

[日本経済新聞朝刊2015年1月6日付]

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早稲田大学教授の田辺新一さん(56)を訪ねた。「日本には断熱(内外の熱の出入りの遮断)の考えがなく、冬に寒いのは当然と我慢して住んできたからです」。示された資料を見て明日香は驚いた。家庭1世帯あたりの年間エネルギー消費量を国別に比較したもので、暖房用は欧米諸国が日本の4~6倍、韓国も2倍以上使っている。

「家全体を冬中暖める欧米と、コタツなどで暖を取る日本の違いのほか、寒さは我慢するしかないと思っている人が多いのです」。近畿大学建築学部長の岩前篤さん(53)が説明した。住宅技術評論家の南雄三さん(65)も「日本の家の暖房は省エネ以前の段階です。もっと暖めた方がいい」と強調する。

「家の性能はどうかしら」。調べると、壁や窓などの断熱性能を国が省エネルギー基準で地域別に規定している。ただ、義務ではなく目安にすぎず、基準以下の家も建てられ続けているとわかった。

明日香は外国の状況も調ベようと、ドイツの住宅に詳しい日本エネルギーパス協会(東京・港)代表理事の今泉太爾さん(36)を訪ねた。「暖房費が多いドイツは省エネのため、新築住宅に対する断熱の義務基準を段階的に強化し、日本の基準との差が広がっています」と説明する。

特に性能差が大きいのが窓だ。冬に屋外へ流出する熱の半分が窓からとされる。断熱性能を示す熱貫流率(低いほど高性能)をみると、日本では2.33以下を最高性能と認定し、売れ筋のアルミ複層ガラスは4以上。一方、ドイツは1.3超を使用禁止にしている。欧米だけでなく、近年は韓国や中国でも日本より高性能の窓が売れ筋という。

EU各国では家の売買や賃貸の際、室内を快適に保つのに必要なエネルギー消費量、つまり「家の燃費性能」の表示を義務付けている。「車を購入する際には燃費性能を重視するように、家も燃費を考慮して選ぶのです」と今泉さん。断熱工事に費用をかけても、将来の暖房費削減(燃費向上)で元が取れるため、ドイツでは既存住宅の断熱改修も進んでいるという。

「暖房使用が極端に少ないうえ、性能は低い。日本の家が寒くて当然ね。でも、なぜ変わらないのかしら」。明日香は住環境計画研究所(東京・千代田)会長の中上英俊さん(69)を訪ねた。「欧米と違い、日本の家は暖房費に削減の余地がなく、コスト回収できないので特に既存住宅で断熱が進まないのです」

東大准教授の前真之さん(39)にも聞くと、吉田兼好の『徒然草』の有名な一節「家の作りようは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる」の影響を指摘した。「アフリカで進化した人間は暑さより寒さに弱い。家はまず冬を旨とすべきです」。しかし、日本では建築関係者にも「夏旨」を信奉し、断熱を嫌う人が少なくないという。

「夏に涼しい家で冬は寒さに耐えるのが日本の伝統ってわけね」。事務所でため息をつくと、何でもコンサルタントの垣根払太が助言した。「健康への影響を調べたら」

明日香が調べると、欧米では健康への配慮から住宅の最低室温を規制する国が多い。英国は冬季の室温としてセ氏21度を推奨し、16度以下は「呼吸器疾患への抵抗力低下」などと規定。家主に改修を命じることもある。他方、日本では店舗や事務所などの室温を17~28度に保つ法規制はあるが、住宅は対象外だ。

明日香が再び岩前さんに連絡を取ると「健康に対する寒さの影響は大きく、室内の低温は万病のもとです」と指摘した。例えば急激な温度変化で体調が急変する「ヒートショック」。入浴中の事故死だけで年間1万9千人以上と推計され(厚生労働省研究班の昨年春の報告)、交通事故死の4倍以上だった。

北海道大学教授の羽山広文さん(59)によると、外気温が下がる冬季は疾患などで高齢者の死亡が増えるが、外気温低下と自宅死亡率の相関関係は西日本で高く、北海道は最も低かった。その理由は「家の断熱性能が低い地域は室温も下がり、高齢者の体に悪影響が及ぶのに対し、断熱化が進んだ北海道では室温が維持されるためと考えられます」と羽山さん。

「北海道の家は冬も暖かいというけど、健康にもいいのね」。明日香は健康への効果も考慮した断熱工事の費用便益分析を慶応大学教授の伊香賀俊治さん(55)に聞いた。「便益が光熱費削減だけでは回収が長期になりますが、健康が保たれて払わずに済む医療費や介護費を便益に加えれば、数年で元がとれます」

「健康のため、冬暖かい家は世界の常識です」。明日香の報告に所長は「わしの健康価値を考えれば、うちを改修しても元はすぐ取れるな」。

住宅の断熱技術は北欧など寒さの厳しい地域で発達し、欧米各国や北海道にも広がった。冬に暖かく、結露の発生も抑制されて屋内の快適性が高まる効果と、省エネ効果のためだ。

「日本では快適で健康に暮らすという本来の目的より、省エネの視点で評価されることが多い」(早稲田大の田辺教授)。ただ、暖房利用が少ない日本では、断熱を普及させても省エネ効果は限られるため、行政の推進力はあまり強くない。

2013年改正の住宅の省エネ基準は、断熱の水準を1999年基準のまま据え置き、省エネの重点分野を断熱から給湯など設備機器の性能にシフトした。新築住宅への省エネ基準の義務化も、「工務店の半数以上は99年基準の家を建てた経験がない」(東大の前准教授)という状況もあり、20年に先送りされる。

行政の規制が弱く、取り組みに消極的な業界関係者も少なくないため、断熱性能を高めた快適な家に住めるかどうかは「消費者の意識次第」(北大の羽山教授)。

変化の兆しもある。ドイツの住宅の快適さに衝撃を受け、四国で高断熱住宅を展開し始めた石川組(香川県観音寺市)の石川義和社長。「冬に暖かいだけでなく、結露に伴うカビやダニ、アレルギー症状の解消など健康面に期待するお客様が多く、消費税率引き上げ後も受注は好調です」

(編集委員 谷川健三)

[日本経済新聞朝刊2015年1月6日付]

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