王都リ・エスティーゼ
その中にある"とある屋敷"。
その屋敷には五十人程入れる広間がある。月明りが照らすその空間には屋敷の主やそこで働く使用人の姿も見当たらず静寂のみが広がっている。だが仮面を付けた怪しげな集団だけがその空間にいた。
真っ白い貴人服に身を包む女。その豊満な肢体は清純さを強調する白では隠せない程であった。溢れるのは色気よりも整い過ぎた造形でまるで人形のような"作りもの"だと錯覚してしまう程だ。窓の外にある月を眺めておりその姿はさしずめ"天使"の様であった。
手に大きな鎌を持つ悪魔の男。大きな鎌はまるで魂を刈り取る形をしているようで何とも言えない不気味さを感じさせる。一種のポーカーフェイスなのか、その男の口角は常に少し上がっている。
ボンテージ風の衣装に身を包む女。男の劣情を誘うような姿だが頭部は黒い鳥を連想させるものだ。
長い赤毛を三つ編みに結んだメイドの女。
仮面を付けている赤毛の女ルプスレギナは周囲を見渡す。
(まだ、"妹"は来てないっすね。どうしたものかっすね……)
ルプスレギナが探しているのは"妹"だ。どうやらまだ来ていないらしい。
「ヤルダバオト様はまだですか?」
その言葉に白い貴人服の女"
「まだこの場には来てないわ。それがどうかしたの?」
「いやー!…これは過剰戦力じゃないっすかね」
その一言で周囲からの視線を一気に受けたのが分かった。先程まで月を眺めていたラストすらこちらに視線を向けていた。それらの視線は全て鋭いものでありルプスレギナは思わず後ずさってしまう。
(あっ……これは不味い雰囲気っすね)
瞬時に察したルプスレギナは出来るだけ平静を装おって語った。
「そう思いませんか?」
「ここにいる誰しもが……いや、あなたは"あの時"いなかったわね」
「"あの時"ですか?」
「えぇ。スレイン法国襲撃の時よ。巷では『大虐殺』などと呼ばれているらしいけど。確かあの時はあなたやあなたの妹はまだ"目覚めていなかった"はずよね。まぁ……色々あったのよ」
「そうっすか……」(色々?言葉を濁すということは聞かれたくない話っすね……一体何があったっすか)
ルプスレギナが思案しているとどこからか男の声がした。
「その話題はしないでくれ」
声を出したのは大鎌を構える男。"
「俺も……そこにいる"
そう言ったグリードに対してエンヴィーと呼ばれるカラス頭の女が頷く。
「お二人を!?……その男は何者なんですか?」
ルプスレギナがここまで食い気味に聞くのには理由があった。
ヤルダバオトに脅されているのだ。
"全てが終わった時に貴方と妹は解放する"
そうヤルダバオトに告げられたルプスレギナと妹は仕方なく従うことにした。そうしなければ意思を封印され人形と化すしかないからだ。そうなっていまってはお互いを助けることなどまず不可能である。だが奴はとんでもないことをしてくれた。私と妹の心臓に"魔法の刃"を仕込んだのだ。だからヤルダバオトの命令を破れば"魔法の刃"が心臓を引き裂いて二人とも死ぬしかない。
「さぁ。ヤルダバオト様に直接聞いてみたらどうかしら?」
そう言ってラストは再び月を眺め始めた。
その時ルプスレギナの頭に直接語り掛ける声があった。
<あまり希望はもたない方がいいわよ。後で辛くなるだけよ>
<ラスト様!!?な!何で!?どうしてこの距離で
<これは個人的な警告よ。ルプスレギナ……ヤルダバオト様に逆らうのは止めておきなさい。どうなるか分かっているでしょう?>
<逆らうなんてそんな…とんでもない>
<……それに騙されるとでも?まぁ、いいわ。"全て"が終わった時にあなたとあなたの妹は解放するというのは嘘ではないわ。そこは断定してもいいわ>
<!……>
ヤルダバオトの幹部…もしかしたら右腕の様な存在かもしれないラストがこういうのだ。ヤルダバオトの目的や計画を全て知っている可能性は高い。ゆえにルプスレギナは聞くしかなかった。
<ヤルダバオト様の"目的"が成就した暁にはあなたと妹には"特別な役職"が与えられる。>
<"特別な役職"?それは一体…>
<……警告はしたわ。後はあなたの自由よ。でも逆らえばヤルダバオト様が手を下す前に私があなたたちを消すわよ>
そこに仮面を被った一人の人物が現れる。
メイド服を改造した様な恰好に背中にボウガンを持つ女だ。
「遅かったっすね?」
「……寝かしつけるのに時間がかかった」
「例のペットっすか?モフモフしてるとか何とか…」
「……そう」
「遅かったですね?」
その言葉を聞いた途端、ルプスレギナと"妹"の背筋が凍りつく。思わず顔を向けた先には全身に赤い服を着ている男がいたのだ。その男こそが二人が忌み嫌う男だ。
「申し訳ありません。ヤルダバオト様」
「……申し訳ありません。ヤルダバオト様」
「まぁ、いいでしょう。"何か"をした訳ではないのでしょう?それなら計画に支障はありませんし、始めましょうか」
「待ってました」
鎌を持ったグリードが興奮しながら言う。その様子を見てヤルダバオトは口を開いた。
「興奮するのは分かりますが、少しは自重して下さいよ?グリード」
「はい。申し訳ありません」
「では今回の計画"王都襲撃"についてです。絶対に傷つけてはならない人物がいます。それがこちらです。ラスト、お願いします」
ラストが魔法で映像を映し出す。そこに現れた人物を見る。
「この者は一体?」
エンヴィーが尋ねる。
「いずれ分かりますよ。では次に襲撃するポイントについてですが……」
やがて話し合いは終わる。
それぞれの襲撃地点に向かう。
「無事を祈ってるっすよ」
「……そっちこそ」
ルプスレギナは仮面越しに妹を見る。
仮面を付けており表情は見えないが、心情は読み取れたような気がした。
間違いない。"妹"もヤルダバオトに逆らうつもりだ。
恐らく、ラストの警告通り、私たちは消されるかもしれない。
だが……
その時は"姉"として"妹"のことだけは守らないといけない。
そう決心するとルプスレギナは拳を作った。