チーム・フィリップスは三期目を迎え、幕僚一〇〇〇名を抱える大所帯に成長した。チームには一二個の部局があり、将官が部長、准将・大佐が副部長、大佐・中佐が課長、中佐・少佐が班長、少佐以下の士官が部員となった。首席副官・次席副官・最先任下士官も幕僚に含まれる。
二月二〇日、モアランド市の第二艦隊司令部で、最初の幕僚会議を開いた。これといった議題はない。今回は顔合わせのようなものだ。
最も俺の近い席に座る三人がチーム・フィリップスのまとめ役を務める。一人は参謀長、一人は宇宙作戦担当の副参謀長、一人は地上作戦担当の副参謀長だ。
第一辺境総軍参謀長マルコム・ワイドボーン宇宙軍大将が、第三期チーム・フィリップスのリーダーとなった。鍛え上げた長身と凛々しい顔を持つ正統派の美男子である。独創性はまったくないが、古今東西の戦略戦術を脳内に詰め込んでおり、必要なものを即座に取り出すことができた。彼の速さと正確さをもってすれば、ありきたりな正攻法が鋭い刃となる。
宇宙作戦担当副参謀長チュン・ウー・チェン宇宙軍中将は、チーム・フィリップスの第一期と第二期でリーダーを務めた人だが、第三期ではサブリーダーに転じた。軍人としては平均的な体格と身体能力の持ち主なのに、のんびりした風貌のせいで貧相に見える。広い視野とバランス感覚を有し、後ろから全体を見渡す点で右に出る者はいない。
地上作戦担当副参謀長はサフィル・アブダラ地上軍中将が務める。第二期からチーム・フィリップスに加わった。頭髪と口ひげは白鳥の羽のように白い。小柄ながらもがっちりとしており、将軍らしい風格が漂う。
一二名の部局責任者は、参謀長と副参謀長の次に重要なポジションだ。作戦部長は部隊運用、情報部長は情報、後方部長は兵站、人事部長は人事・教育、計画部長は長期計画、通信部長は通信、総務部長は総務・会計、法務部長は法務、衛生部長は医療・衛生、首席広報官は広報、首席監察官は内部監察、首席政策調整官は民軍調整を掌る。
俺と同い年の作戦部長サンジャイ・ラオ宇宙軍少将は、第一期からチーム・フィリップスの作戦責任者を務めてきた。外見にも内面にも目立った特徴はない。ワイドボーン参謀長のような鋭さはないし、チュン・ウー・チェン副参謀長のような柔軟性もないが、信頼を裏切ることもない。士官学校七八八年度卒業生の中では、数少ない親フィリップス派だった。
情報部長ハンス・ベッカー宇宙軍少将は、ラオ少将とともに第一期から頑張ってきた人だ。身長は俺より頭一つ高い。帝国からの亡命者で、かつては情報将校だったという。情報処理能力に長けた参謀であると同時に、信用のおける友人でもある。
後方部長ジェレミー・ウノ宇宙軍少将は、第三期からチーム・フィリップスに加わった。身長は一五八センチで、女性の平均身長より五センチ低い。童顔と黒縁眼鏡がトレードマークだ。俺が旧第一一艦隊の後方部長代理を務めた時は、副部長として支えてくれた。士官学校七八七年度卒業生の一人で、ワイドボーン参謀長やヤン元帥の同期にあたる。士官学校時代に風紀委員会と有害図書愛好会の間に立ったり、曲者揃いの旧第一三艦隊で後方部長を務めたりするなど、気苦労が絶えない人生を送っている。
恩師の一人であるイレーシュ・マーリア宇宙軍少将は、第三期では人事部長を務める。チームが改編されるたびにポジションが変わっており、第一期では副参謀長、第二期では後方部長を担当した。美しい栗色の髪、氷の彫刻を思わせる美貌、一八〇センチを超える身長は、見る者に強烈な印象を与える。用兵能力は俺と同等で、事務能力は水準程度だが、人をまとめるのがうまい。スポーツ選手に例えると、控え選手なのにキャプテンに選ばれるタイプであった。
第三期から新設された計画部長には、リリヤナ・ファドリン地上軍准将が就任した。身長は一五九センチだが、本人は一六〇センチだと言い張る。小麦色の肌と大きな胸を持つ健康的な女性である。部長の中では唯一の二〇代で、将来性を見込んで抜擢した。
通信部長マー・シャオイェン宇宙軍技術少将は、第一期でも第二期でも通信部長を務めた。身長は俺より〇・八五センチほど高い。顔は美人でもなければ不細工でもなく、高い身長と平たい胸を除けば平凡な外見だ。技術者としては平凡だが、仕事については話し出せば止まらないほどの情熱を持っている。
チーム・フィリップスの衛生部長は、アルタ・リンドヴァル宇宙軍軍医准将の指定席だ。一六四センチの身長は、女性としては平均的な部類に入る。精神衛生を重視するチーム・フィリップスにとって、精神科医の彼女は必要不可欠な戦力であった。
新設の首席政策調整官には、首都政庁官僚のビジアス・アドーラ氏を起用した。身長は平均よりやや低いものの、骨太で肩幅が広い。市民軍では計画部長として活躍した。
総務部長オディロン・パレ宇宙軍准将、法務部長イーリス・クライバー地上軍准将、首席広報官ズオン・バン・ドン地上軍准将、首席監察官ウィニー・グリラブ地上軍准将らも信頼できる人物である。
最先任下士官は特別な地位にある。階級は新米士官より低い。だが、下士官・兵卒を代表する立場なので、参謀長に匹敵する重みを持つ。
第三期の最先任下士官には、旧第一一艦隊の最先任下士官フリーダ・ザカリア宇宙軍一等准尉を起用した。身長と階級は低いが、貫禄は元帥並みだ。チーム・フィリップスには、女性を最先任下士官に起用する慣例がある。第二期の最先任下士官バダヴィ准尉が定年を迎えたため、ザカリア一等准尉が後任となった。
副部局責任者は部局責任者に次ぐポジションである。各部に副部長、広報官室に次席広報官、監察官室に次席監察官、政策調査官室に次席政策調整官を置いた。最も重要な作戦副部長には、グリーンヒル系のエドモンド・メッサースミス宇宙軍准将、クブルスリー上級大将の姪であるキャロライン・バウン地上軍准将を起用した。
参謀長一名、副参謀長二名、最先任下士官一名、部局責任者一二名、副部局責任者一八名が会議室に集まった。副部局責任者は幕僚会議の正式なメンバーではないが、顔合わせのために呼んだ。
ワイドボーン参謀長が会議をリードし、チュン・ウー・チェン副参謀長とアブダラ副参謀長が潤滑油となり、話し合いは和やかに進んでいった。全員が一致団結して頑張ろうと誓い合った後、会議は終了した。
仕事が終わった後、俺とイレーシュ人事部長は基地内のレストランに行った。ささやかな打ち上げである。
「かんぱーい!」
スウィートティーが入った俺のグラスと、ワインが入ったイレーシュ人事部長のグラスがぶつかり合う。
「いいメンバーが揃いました。ベストではありませんがベターです」
「チームの平均身長がだいぶ低くなったしね。一五八センチのウノ提督、一五九センチのファドリン将軍、一五五センチのグリラブ将軍、一五三センチのザカリア准尉が来たから。アドーラさんやパレ提督も男性としては小さい方だし」
「そんなことはどうでもいいんです」
俺は強引に話題を変えた。本当はどうでも良くないのだが、そんなことは口にできない。身長を気にしていると思われては困る。
料理を待ちながら会話を交わし、料理が来たら食べながら話す。話題が尽きることはない。話したいことも聞きたいことも山ほどある。彼女と俺は半分家族のようなものだ。
「できれば、一人も出したくなかったんですけどね」
俺は寂しげに微笑んだ。避けられないことなのはわかっている。それでも、いなくなった仲間を思うと寂しくなるのだ。
新メンバーが加わる一方で、多くのメンバーがチームを去った。第一期から人事部長を務めてきたセウダ・オズデミル宇宙軍少将らは、新規部隊の基幹要員として転出していった。第二期の総務部長アンネリ・モーエン地上軍准将らは、粛清された人材の穴埋めとして起用された。
「やろうと思えばできたでしょ」
「他の部隊に人材を回した方がいいと思ったんです。どの部隊も苦労してますからね。知り合いに助けてほしいと頼まれたら、嫌とは言えませんし」
「立派に政治家やってるねえ」
イレーシュ人事部長が冷やかすような目で俺を見る。
「俺は人の助けで大きくなりました。人からもらった力は、人のために使うのが道理です」
「君に助けられた人は、恩を返そうとする。そして、助けてくれる人がどんどん増えていく。君はますます大きくなるんだね」
「大きくならないと、できないことがありますから」
「逃亡者の件とか?」
「そうです」
俺は力強く頷いた。逃亡者の帰還が二年早かったら、断罪論者が勝ったはずだ。大きくなったおかげで、昔の仲間を守ることができた。
「君は変わらないね」
「自分ではだいぶ変わったと思ってますけど」
「変わったのは立場だよ。昔は偉い人の権力を借りた。今は偉くなったから、自分の権力を使ってる。それだけの違いでしょ」
「確かにそうですね。権力を使うことは嫌いじゃないですから」
「エリヤ・フィリップスという人間は変わってないし、今後も変わらないと思うよ。私が好きな君は絶対に変わらない」
イレーシュ人事部長の表情が柔らかくなった。彼女は無条件で俺を信じてくれる。それはとても有難いことだ。
「俺はあなたのおかげで大きくなりました。これからも助けてください」
「もちろんだよ。子供の踏み台になるのは親の役目だから」
「子供扱いしないでくださいよ。せいぜい弟でしょう。六歳しか違わないんですから」
「どっちでもいいじゃん」
「良くないですけど、よろしくお願いします」
子供扱いされることに不満を抱きつつも、俺は恩師と握手をかわした。
「ところで、首席副官はどうする? 出発前に決めないと」
第三期チーム・フィリップスはまだ完成していなかった。総軍司令官には二人の副官が配属される。次席副官には、二一歳のクリストフ・ディッケル地上軍大尉を抜擢した。しかし、首席副官がまだ決まっていない。
第二期の副官代理ユリエ・ハラボフ宇宙軍中佐は、「仕事に私情を絡めたくない」と言って、首席副官就任を拒否した。何度話しても「私情を絡めたくない」と繰り返すだけだ。
彼女の「私情」の正体はわかっている。俺の顔を見ようとしない。言葉がやたらと冷たい。事務的な会話以外は避ける。飲み会の席では俺と話そうとしない。用があってメールを送っても、すぐに返信しない。休みの日に街ですれ違いそうになると別方向に歩き出す。頬をつねった時は数分かけて痛点を探し、最大級の痛みを与えた。これで嫌われていないと思える方がおかしい。
それでも、ハラボフ中佐を首席副官に起用したかった。前副官のコレット少将と比較すると、頭の回転は遅いし独創性もないが、丁寧な仕事をしてくれる。そして、何よりも評価できるのは俺を嫌ってるところだ。ほとんどの若い士官は、俺を英雄として崇拝している。俺に批判的な若い士官は、チーム・フィリップスには近寄ろうとしない。チームメンバーでありながら俺を嫌うハラボフ中佐は、得難い存在であった。彼女なら遠慮なく間違いを指摘してくれるだろう。
「ハラボフ中佐にお願いしたいと思っています。何度説得しても聞いてもらえませんが」
「同期の説得なら耳を貸すんじゃない? メッサースミス君はユリちゃんと同期でしょ。同じ戦略研究科だったし」
イレーシュ人事部長はユリエ・ハラボフ中佐を「ユリちゃん」と呼ぶ。
「うまくいきませんでした。もともと付き合いが薄かったみたいで」
「そういえば、ユリちゃんは編入組だったね」
「生え抜きと編入組では距離があるみたいです」
士官学校を出ていない俺にはわからないが、入学経路の違いは人間関係に影響するという。メッサースミス准将は中学卒業後、士官学校に入学した生え抜きだ。ハラボフ中佐はハイネセン工科大学の学生だったが、編入試験を受けて三年次から士官学校に入った。同期意識を持ちづらいのかもしれない。
「仲良くしたら意味がないもんね。編入制度はそういう制度だから」
イレーシュ人事部長の表現は大雑把であっても、事実を歪曲しているわけではない。かつての士官学校は、「一年は奴隷、二年は平民、三年は貴族、四年は皇帝」と言われるほどに、上下関係が厳しかった。上級生による暴力は日常茶飯事で、自殺者や退学者が相次いだため、士官学校廃止論が出るほどだった。この問題を解決するために導入されたのが、編入制度である。
「同期が通用しないなら、手の打ちようがありません」
「ユリちゃんのヒーローを探すとか」
彼女が言う「ヒーロー」とは、事あるごとにハラボフ中佐が「私が尊敬する人なら~」と引き合いに出す軍人だ。ハラボフ中佐の言葉を信じるならば、オーベルシュタイン提督のように冷徹で、ラインハルトのように勇敢で、メルカッツ元帥のように重厚で、シュターデン元帥のように理性的らしい。
「手がかりがなさすぎます」
「私はヤン提督だと思ってるけどね。ユリちゃんはエル・ファシル生まれでしょ? 士官学校に入ったのは、エル・ファシルの奇跡の翌年だし。ヤン提督に憧れて士官学校に入ったと考えたら、辻褄が合うのよ。オーベルシュタイン並みに冷徹な軍人なんて、他にはいないから」
「エル・ファシルは多分関係ないです。彼女は小学四年の時にミトラに引っ越してます。エル・ファシルの事件の時は、ハイネセンで大学生活を送ってました」
「エル・ファシルの親戚から話を聞いたのかもよ」
「憶測はやめておきましょう。ヤン提督だったとしても、どうしようもありません」
俺は苦笑して首を横に振った。ハラボフ中佐以外には、ヒーローの正体はわからない。ヤン元帥に説得を頼むことも不可能だ。
「じゃあ、どうすんの?」
「もう一度説得します」
「何度も失敗してるじゃん」
「いい方法はないですか?」
「ぶっちゃけるしかないんじゃない? 『君は俺を嫌いなんだろ?』って」
イレーシュ人事部長は真正面から切り込んでくる。身も蓋もないところがこの人の強さだ。
「みっともないでしょう。小物丸出しですよ」
「取り繕ってもしょうがないじゃん。いつも、そこで話が止まってるんだから」
「わかりました。正直に言いましょう」
俺は覚悟を決めた。上官が部下に「俺を嫌いなのか?」と聞くなど、みっともないと思う。しかし、小物とは本質的にみっともない存在だ。一〇〇万個の恥に一個の新しい恥が加わっても、大した問題ではない。
翌日、俺はハラボフ中佐に通信を入れた。なかなか回線が繋がらない。数分待たされるのはいつものことである。
「嫌いなんだろうな。他の人が通信を入れたら、すぐに出てくるっていうし」
俺はマフィンを食べ、砂糖とクリームでドロドロのコーヒーを飲みながら待つ。糖分がほしい気分だ。
通信を入れてから五分一九秒で回線が繋がった。スクリーンはいつもと同じように真っ暗だ。ハラボフ中佐の声だけが聞こえる。
「どのようなご用件でしょう?」
ハラボフ中佐はゆっくりと抑揚のない声で話す。顔が見えないので、感情がまったく伝わってこない。
「いつもと同じだよ。首席副官になってほしい」
「お断りします。仕事に私情を挟みたくありません」
「私情を挟まないところが、君のいいところだと思ってるんだけどな」
俺は穏やかに語りかける。ハラボフ中佐は俺を嫌っていたが、俺を裏切ることはなかった。いつも期待通りの仕事をしてくれた。私情を挟むような人間にはできないことだ。
「私の気持ちはご存知でしょう?」
ハラボフ中佐は確認するように問いかける。わかっているなら諦めろと言いたいのだろう。いつもなら、ここで俺が「知らない」と言って話が止まるところだ。
「知っている」
俺は禁断の扉を開けた。
「君は俺を嫌いなんだろう?」
ここで言葉を切り、ハラボフ中佐が返答するのを待った。彼女が俺を嫌っているという事実を、彼女自身の言葉で語ってほしかった。しかし、返事は返ってこない。
「答えられないか?」
「…………」
「無理に答えろとは言わないよ。できることなら、君の口から『嫌いです』と言ってほしかった。でも、言いたくないならそれでいい」
「…………」
「嫌いな人間と一緒に仕事をしたくないという気持ちはわかる。それでも、俺は君と一緒に仕事をしたい。俺を嫌っている人間でないと、できない仕事があるんだ」
「…………」
「俺は偉くなりすぎた。将官ですら俺の顔色を気にしている。佐官や尉官は、俺を完全無欠の神様みたいに思ってる。遠慮なく物を言ってくれる人は、副官になれない階級になった。俺に意見してくれる佐官は、君だけなんだよ」
「…………」
「嫌っているがゆえに、君は俺を冷静に見ることができる。嫌っていても、君は率直に意見を言ってくれる。そういうところを評価しているんだ」
「…………」
「今の話は全部俺の都合だ。君には君の都合があるだろう。嫌いな人間と一緒に働くのは、ストレスがたまるからな。一緒に働きたいけど、君を苦しめたいとは思わない。俺と離れることで楽になるんだったら、遠慮なく離れてほしい」
俺は真っ暗なスクリーンの前で語り続けた。ハラボフ中佐は沈黙を続ける。どんな表情をしているのかはわからない。聞いているのかどうかもわからない。それでも俺は語り続けた。
話すべきことを話した後、俺は真っ暗なスクリーンの前で待った。ハラボフ中佐が悩んでいるのなら、答えが出るまで待とう。断られてもいい。無視されてもいい。これが彼女との最後の対話になるかもしれない。それでも構わないと思う。俺にできるのは待つことだけだ。
「フィリップス提督……」
ハラボフ中佐が再び口を開いたのは、「私の気持ちはご存知でしょう?」の問いかけから三四分後のことだった。
「閣下の副官を引き続き務めさせていただきます」
「よろしく頼む」
この瞬間、第三期チーム・フィリップスが完成した。イゼルローン総軍総司令官ヤン元帥のチーム、宇宙艦隊司令長官ルグランジュ上級大将のチーム、地上総軍総司令官ファルスキー上級大将のチームに匹敵する巨大チームである。一〇〇〇名の幕僚を生かすか殺すかは、俺の両肩にかかっている。
第三期チーム・フィリップス発足の翌日、第一辺境総軍指揮官会議を開いた。第一辺境総軍所属部隊のうち、ハイネセンで編成された部隊は二日後に出発し、シャンプールへと向かう。今日は行軍の打ちあわせであった。
会議室の大きなテーブルには、俺、総軍副司令官二名、正規艦隊司令官二名、即応艦隊司令官一名、常備地上軍司令官一名、即応地上軍司令官一名、独立分艦隊司令官二名、独立作戦軍司令官二名、総軍特殊部隊司令官一名、各艦隊の副司令官・分艦隊司令官・陸戦隊司令官・直轄部隊司令官など二六名、各地上軍の副司令官・陸上軍司令官・航空軍司令官・水上艦隊司令官・軌道艦隊司令官など一四名、総軍特殊部隊副司令官一名が着席している。将官五二名が一堂に会したのだ。
俺の後方には、ワイドボーン参謀長、チュン・ウー・チェン副参謀長、アブダラ副参謀長、ラオ作戦部長、ベッカー情報部長、ウノ後方部長、イレーシュ人事部長、ファドリン計画部長ら総軍幕僚八名が控える。
俺が会議をリードし、パエッタ副司令官とヘイズ副司令官がサポートする。年長の副司令官二名の貫禄のおかげで、スムーズに進んだ。
この日の仕事が終わった後、俺は義父ジェリコ・ブレツェリ宇宙軍少将の官舎を訪ねた。ブレツェリ少将と義母ハンナ・ブレツェリ退役宇宙軍准尉が出迎えてくれた。
「我、幸いにも食を得る。聖人様の加護と生きとし生けるものの恩恵に感謝せん。いただきます」
ブレツェリ夫婦は楽土教式の食前の祈りを唱えた。
「我、幸いにも食を得る。聖人様の加護と生きとし生けるものの恩恵に感謝せん。いただきます」
俺も食前の祈りを唱える。楽土教徒ではないが、ブレツェリ家で食事をする時は一緒に祈ることにしている。
テーブルの上に並んだフェザーン料理は、パプリカ風味のシチュー「ポグラチ」、豚と雑穀の腸詰め「クルヴァヴィツェ」、ひき肉カツレツ「ゴヴャージエ・コトレートィ 」、重ねパイ「ギバニッツァ」、ポテトサラダ「オリヴィエ・サラダ」、マッシュルームリゾットなど、ダーシャが得意だったものばかりだ。
俺は懐かしい味を楽しみながら、義父や義母と会話をかわす。つけっぱなしのテレビに流れる二四時間放送ニュースは、時どき会話のネタを提供してくれる。
「今日の会議はどうだった?」
ブレツェリ少将の話し方は、子供に「学校はどうだった?」と聞く父親のようだ。
「うまくいきました」
「揉めなかったのか? うるさいのが何人かいただろうに」
「パエッタ提督が睨みを利かせてくれました」
「古豪の威厳は健在ということか」
「大物がいると、空気が引き締まります」
「今の大将クラスは二線級ばかりだからな。勇名はあっても大軍の指揮に向いていない奴ばかりだ。旧正規艦隊なら分艦隊司令官止まりの人間が、艦隊司令官をやっている」
「耳が痛いです」
俺は肩をすくめた。分艦隊を率いて戦った経験すらないのに、艦隊を三つも率いている。分不相応とは俺のためにある言葉だ。
「私も人のことを言える立場ではないがね。ラグナロックがなかったら、大佐で退役するはずだった。それが少将に昇進して、正規艦隊の陸戦隊副司令官になったんだ」
「おかげで助かりました」
「最後の奉公と思って頑張るつもりだよ」
ブレツェリ少将は右手で胸を叩いた。俺の推薦で第二艦隊陸戦隊副司令官に就任したのだ。
「徹底的に隊員を鍛えてください。講和が実現しなかったとしても、五年は平和なはずです」
「五年計画と考えると、私が受け持つのは前半の二年だな。基礎作りの期間だ」
「一年あれば兵士は一人前になります。問題は兵士を訓練する側の人間です。我が軍はラグナロックとクーデターで多数の人材を失いました。経験豊かな将校と下士官が不足しています」
「将校と下士官を鍛えろということか」
「はい。一人前の艦長を育てるには一五年、一人前の大隊長を育てるには一五年、一人前の下士官を育てるには一〇年かかると言われます。基礎がしっかりしていたら、もう少し短縮できると思うんですよ」
「私が育てるのは大隊長と下士官だな。どっちもたっぷり経験させてもらった。やり方はわかっている」
「心強いです」
俺と義父は訓練計画について語り合い、義母は微笑みながら見ている。話題が軍事であることを除けば、家族団らんのひと時だ。
トリューニヒト政権が作成した「八〇二年長期国防計画」は、空前の軍拡計画であった。八〇二年から八一一年までの一〇年間で、現役兵力を三七〇〇万人から七〇〇〇万人、現役宇宙艦艇を一九万隻から四五万隻まで増強する。宇宙艦隊は一六個正規艦隊及び八個即応艦隊、地上総軍は一二個常備地上軍及び八個即応地上軍を編成する。目標を達成するまでは外征を控える方針だ。
現在の同盟軍は現役兵力六〇〇〇万人、現役艦艇三五万隻を有する。良識派が予備役に編入した兵士と艦艇をすべて現役に戻し、予備役兵力の一部を招集したため、ラグナロック戦役直後よりわずかに増えた。宇宙艦隊は一二個正規艦隊及び六個即応艦隊、地上総軍は八個常備地上軍及び六個即応地上軍に改編された。もっとも、経験豊富な人材がいなくなり、旧式艦を艦隊に組み込んだため、質は落ちている。
国防委員会は一〇年間で近代化を進め、旧式艦を新型艦に入れ替え、地上軍や陸戦隊の旧式装備を新型装備に更新するなど、質的向上をはかるという。同盟の造船設備をフルに回転させれば、年間五万隻の宇宙艦艇を生産できる。ラグナロック開戦前は予算の都合から生産数を年間三万六〇〇〇隻に減らし、一万二〇〇〇隻を損耗した戦力の穴埋めに使い、二万四〇〇〇隻を旧式艦と入れ替えていた。今後は毎年五万隻を生産し、新造艦をすべて旧式艦との入れ替えにあてるという。
ラグナロックの敗因について、トリューニヒト政権は「兵力が少なさすぎた」との見解を示し、軍拡の必要性を説いた。これはレベロ政権時代の「戦争の長期化が敗因を招いた。兵力は十分だった」という公式見解と、真っ向から対立するものである。
国土防衛戦略については、トリューニヒト政権は「スペース・ファビアン戦略」という戦略を打ち出した。大軍をもって守りを固め、小部隊を放って補給線を遮断し、長期戦で敵を疲弊させる戦略だ。一方、レベロ政権が策定した「スペース・レギュレーション戦略」は、少数の精鋭で機動戦を仕掛け、敵の指揮中枢や補給線を速やかに破砕することを目指した。トリューニヒト政権=国防委員会官僚の長期戦・物量戦志向と、レベロ政権=軍部良識派の短期戦・少数精鋭志向の対立が、ここでも見てとれる。
弱体な部隊を鍛え直し、長期戦に耐えうる戦力を整えるというのが、俺やブレツェリ少将に与えられた課題であった。困難だがそれだけにやりがいはある。何よりもありがたいのは損害が出ない任務だということだ。
「今の同盟軍は史上最強ともいえる――」
テレビから流れた声が、俺とブレツェリ少将を苦笑させた。
「エリヤ君、我々は史上最強の軍隊にいるらしいぞ」
「市民にはそう見えるんですよね」
「このチャンネルはリベラル系だ。史上最強の軍隊を持っても、無意味だって言いたいのさ」
「名将と新兵器が並んでるだけで、市民は強い軍隊だって思っちゃうんですよね」
「ヤン・ウェンリー、エリヤ・フィリップス、ライオネル・モートン、モシェ・フルダイ、ジュディス・カニングの名前が並んでたら、私だって腰を抜かす」
ブレツェリ少将は総軍司令官五名の名前を列挙する。生まれたばかりの赤ん坊ですら名前を知ってるような面々だ。
「大軍を動かした経験があるのは、ヤン元帥とカニング将軍だけです。モートン提督とフルダイ提督は旧正規艦隊の副司令官、俺に至っては分艦隊司令官代理でした。人気だけで選んだんですよ」
「トリューニヒト議長らしい人事だな。中央宙域とフェザーン方面は腹心で抑える。他の五方面は人気者を看板にする。こういうところにだけは鼻が利く」
「俺も議長の腹心ですけど」
「そう思っているのは君だけだ」
「困りますよね」
俺は眉を寄せてため息をつく。自分ではトリューニヒト議長の部下のつもりなのだが、世間は同盟者扱いする。
「トリューニヒト派の一員というには、君は大物すぎるからなあ」
「議長の下で大きくなりたかったんですけど」
「そりゃあ無理だ。あの人は器が小さすぎた。見てみろ」
ブレツェリ少将はテレビを指さした。国民投票に関するニュースだ。
「世論調査で徹底抗戦派が負けている。ほんの一・二ポイントだがな。信じられるか? あのAACFや平和将官会議に負けているんだぞ? 指導力がないにもほどがある」
「頑張ってほしいんですが」
俺は心配そうにテレビを見る。抗戦派には巨大与党の大衆党がついている。反戦・反独裁市民戦線(AACF)は、完全にマイノリティ寄りの政党だ。平和将官会議は市民に好かれているが、軍人には嫌われている。普通に考えれば、抗戦派が負けるはずがないのに、苦戦しているのだ。
講和の是非を問うための国民投票が実施されることが決まり、宣伝戦は過熱している。メディアは国民投票一色に染まった。
即時講和派は理性と良識に訴える戦略をとった。反戦・反独裁市民戦線(AACF)は集会や学習会を開き、講和への理解を求める。経済専門家は客観的なデータを提示し、「講和しなければ、同盟経済は破綻する」と警鐘を鳴らす。知識人と学生は徹底抗戦派に対話を求め、徹底的に論破して間違いを自覚させる「ソクラテス作戦」に取り組む。平和将官会議は同盟の経済力に見合った兵力を「現役兵力二〇〇〇万人、宇宙艦艇一〇万隻」と見積もり、抜本的な軍縮を求める。
徹底抗戦派は多額の宣伝費を投入し、ネガティブ・キャンペーンを繰り広げた。ブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム公爵ら門閥派要人の悪行を取り上げ、「こんな奴らと握手できるものか!?」と叫ぶ。講和派知識人を「鼻持ちならないインテリ」と罵り、講和派政治家を「エゴイスト」と決めつけるなど、人格攻撃を繰り返す。テレビやネットに大量のコマーシャルを流し、あらゆる場所にポスターを張り、駅やビルの壁面に巨大な宣伝看板を出し、芸能人やスポーツ選手を集会に呼び、注目を引こうとする。
「抗戦派が勝ってもうれしくないな。何というか、素直に応援する気になれん。講和派が勝つよりはましだがね」
ブレツェリ少将は困惑の色を浮かべる。常識と地位がある人にとって、抗戦派を肯定するのは困難だ。
講和派と抗戦派の品性の差は明白であったので、心ある人は講和派に好意を抱いた。公の場で抗戦派支持を明言するのは、恥ずかしい行為とみなされる。講和派支持と理性的というのは、ほぼイコールであった。
トリューニヒト政権は門閥派の体面を傷つける戦術に出た。政府高官がブラウンシュヴァイク公爵を「這いつくばって和を乞うている」とあざ笑う。ブラウンシュヴァイク公爵、リッテンハイム公爵、オフレッサー元帥ら門閥派要人二五名を軍法会議に告発し、欠席裁判で死刑を言い渡した。スタウ・タッツィー元大佐を死刑から懲役六四六万九五一三年に減刑するなど、ヴィンターシェンケ事件の首謀者一一名を死刑から終身刑に減刑し、帝国人の怒りをかきたてた。
何者かが帝国国内に大量の怪文書をばらまいた。鞭で打たれて歓喜するブラウンシュヴァイク公爵が描かれたもの、全身を緊縛された全裸のリッテンハイム公爵が描かれたもの、素肌の上にウェディングドレスを着用したオフレッサー元帥が描かれたもの、全裸で卑猥なポーズをとるエリザベート副帝が描かれたものなど、複数のパターンがあった。表紙の画像は、写真と見分けがつかないほどに精巧なCGだ。本文には門閥派要人の変態ぶりが、同盟なまりの帝国語で面白おかしく書き連ねられている。
このような侮辱に対し、ブラウンシュヴァイク公爵らは一切言及していない。知らないふりをしているのだろうと思われた。無視を続ければ、銀河の笑い者になる。抗議をしても、さらなる侮辱が返ってくることは明白だ。報復をすれば、戦争を終わらせた大功臣となる目論見が崩れる。どの道を選んでもいばらの道である。先帝側近グループに対する優位は揺らがないだろうが、勢いは削がれるだろう。
「どうなるんでしょうかね?」
「わからんが、誰が勝ってもただじゃ済まんだろうな」
ブレツェリ少将はプリントアウトされた電子新聞のあるページを指さす。平和将官会議のラップ予備役中将が、「同盟の枠組みにこだわるべきではない」と発言したとの記事が載っていた。
AACF、平和将官会議などの即時講和派は、自由惑星同盟解体を視野に入れている。国民投票で敗北した場合、すべての講和派星系は住民投票を実施し、講和支持が過半数を占めた星系が同盟から離脱する計画を明らかにした。そして、離脱星系のみで連合を組み、帝国と講和するという。また、国民投票で勝利した場合、抗戦派星系が同盟を離脱して、対帝国戦を継続しても構わないとも述べた。「戦いたい奴だけが戦えばいい。我々を巻き込むな」というのが、彼らの主張である。
徹底抗戦派は同盟の枠組みを堅持する構えだ。加盟国の同盟離脱は一切認めない。講和派星系が同盟を離脱した場合、武力行使も辞さないという。
同盟軍内部では徹底抗戦派の優位が確立した。宇宙軍幕僚総監アル=サレム上級大将ら消極的講和派が、同盟分裂は避けたいとの判断から、徹底抗戦派に回ったのである。宇宙艦隊副司令長官マリネスク上級大将は、「シトレ元帥の一番弟子」と呼ばれた人だが、徹底抗戦派に転じた。統合作戦本部長ビュコック元帥や地上軍幕僚総監ベネット元帥は、完全に孤立している。有力な即時講和派勢力は、イゼルローン総軍総司令官ヤン元帥のみとなった。
「トリューニヒト議長は大丈夫だとおっしゃってます。国民投票は抗戦派が勝つし、住民投票をやっても離脱する星系はひとつもないと」
「信用できんなあ」
「オリベイラ先生も同じことをおっしゃってますよ。国民投票を提案したのは、オリベイラ先生ですし。勝算があるんでしょう」
「だったら、信用してもいいかもしれんな」
「銀河最高の策士が太鼓判を押してるんです。きっと大丈夫です」
俺は自分に言い聞かせるように断言した。この世界での評判を信じるのならば、オリベイラ博士の策略が外れることはない。だが、前の世界のオリベイラ博士は大失敗をやらかした。完全に信用するのはためらわれる。
「投票で勝ったとしても安心はできん。力ずくでひっくり返そうとする奴がいるかもしれんぞ」
「それはないと信じたいですが……」
「私たちの最初の戦いは、同じ同盟軍相手の戦いかもな」
ブレツェリ少将は不吉なことを言って、ぬるくなったビールに口をつけた。アルコールがないとやりきれない気分なのだろう。
公にはできないことだが、俺はイゼルローン総軍の迎撃を命じられていた。同盟軍が独立した講和派星系を制圧に向かったら、イゼルローン総軍は市民を守ると言って妨害するだろう。そうなったら、俺が全力で迎撃しなければならない。天才ヤン・ウェンリーに勝てる気がしないが、それでも戦わなければならないのが軍人の辛いところだ。
講和派が国民投票で勝利した場合も、同盟軍同士の戦いになる可能性はある。講和に納得できない者が反乱を起こすのは確実だ。軍縮に反発する者が反乱を起こすことも考えられる。もっとひどい事態になることも予想しているが、それについてはあまり考えたくなかった。
二月二三日、第一辺境総軍はシャンプールに向けて出発した。国民投票まで残り五三日。その先に何が待っているのかは誰も知らない。