いびつなほうがフックがついて何度も聴ける曲になる
── そうですね。ずっとサカナクションを担当している浦本雅史さんにアシスタントで付いていたんですけど、浦本さんが別の案件で動けなかったことがあったんですよ。その日だけ私が録りをやったら、メンバーの皆さんがそれを気に入ってくれて、「このまま最後までやっちゃいなよ」と言われてやったのが「さよならはエモーション」でした。それ以来、私が録りをやって浦本さんにミックスしてもらう時期が続きました。 ──「さよならはエモーション」も普通にミックスしたらこうはならないというか、だいぶ変わった音像だと感じました。箇所箇所でリバーブが少しずつ増えていって、そういう空間処理で楽曲の構成を作っていってますよね。これは最初からこのアイデアでいこうと決めてやったものなんですか? はい。この曲はもともと“ダイナミクス”というのがテーマとしてあって、最初は小さくて階段的に徐々に大きくなっていくという構成だったんですよ。間奏に入るときのリバーブ感は「ここは視界的に霧の中だから。霧の中のサーチライトのイメージ」と言われてあのような音像になりました。途中のフィードバックで飛ぶディレイなどは、メンバー自身がプレイでやってます。 ──ドラムもかなり強めにエフェクトをかけたり、「やっちゃってるなあ」と思いながら聴いていたんですが(笑) 。 やっちゃってますかね?(笑) でも誇張したほうがデコボコして、聴いていて面白いと思うので。洋楽だと「ここのタムだけめっちゃデカイな」みたいなことが多いですよね? 私自身そういうサウンドがカッコいいと思っているので。平たくなっちゃうのが嫌というか、いびつなほうが曲の展開としてのフックがついて、さらっと聴き流せない、何度も聴ける曲になると思うんですよね。その曲の一番おいしいところをハッキリさせたくて。極端な話、「この曲はイントロのギターがカッコよければ、歌は聞こえなくてもいい!」みたいな感覚を大切にしていきたいんですよね。 ──「さよならはエモーション」はレコーディング本番のときも、プリプロダクションの音源の揺れに合わせて演奏するなど、バンドにとっても新しい試みがなされたそうですね。 プリプロの音源ではコードや音色が違ったので、それを差し替えるために本チャンを録ろうとしたんですけど、キレイに弾きすぎると「あれ? なんかハマらないな」ということが出てきちゃって。それで「プリプロのほうがよくない?」となって、プリプロのベーシックを使うことになったんですね。 ──そういうことは珍しいんでしょうか? サカナクションに関しては初めてのことが多すぎて、珍しいとかがないので(笑)。「いつもはこう」ということがないんですよね。曲作りのためのプリプロの日でも、そのとき録音した素材をいつ使うって言われるかわからないので、常に本番と同じフルスペックで録っているんです。レコーダーを96kHz / 32bitで丸1日回しっぱなし、1日終わると200GB使ってるみたいな。いつのどのテイクを聴きたいと言われるかわからないので、それぞれのちょっとした特徴を常にメモして、いつでも出せるようにしておきます。「新宝島」という曲も、プリプロのときのイントロが採用されてます。 ──そのやり方はサカナクションだけですか? 私の経験上はサカナクションだけですね。なかなかないと思います(笑)。 ──リハをずっとレコーディングスタジオを借り切りでやってるということですもんね。同じサカナクションでも、「第39回日本アカデミー賞」で最優秀音楽賞を受賞した、映画「バクマン。」の劇伴をまとめた「MOTION MUSIC OF BAKUMAN。」(2015年9月リリースの「新宝島」初回限定盤CD2に収録)はまた全然違う雰囲気だなと思いました。 これはもともと劇伴なので、映画で流れる音源とCDとで、違うバーションのミックスを2つ作っています。映画だと声の邪魔をしちゃいけないしボリュームを下げられるので、それを見越したうえでバランスよく聞こえるようにミックスしたものをステム(※2chにまとめずに、各楽器ごとにミックス済みのファイルをバラバラにした状態)で渡して、そこで一旦終わり。CDにするときには、そこから微調整してきました。 ──CD化するにあたり、具体的にはどう変えましたか? 劇伴のミックスだと、単体の音楽としてはちょっと成立してはいない感じがするんですよね。あくまで映画ありきで、センターに演者の声があるのが前提なので、曲の中でセンターにあるものは横に広げたり、声の帯域にあるものは上下の帯域に広げたりするので。映画で使うにはいいバランスだけど、音楽として聴くならこうじゃないよねって意見がメンバーの中でもあったので、CDではどの音量感、バランスだと自然につながるかを考えてミックスで調整し直しました。曲順は映画で流れた順番通りなんですけど、フル尺を入れるとダレちゃうから抜いてループとして使ったりとか、音源として聴けるようにアレンジの変更もされています。あとは「週刊少年ジャンプ」のページをめくる音をレコーディングして曲と曲のつなぎ目に差し込んだり。 ──サカナクションはこの映画の主題歌「新宝島」の制作が半年遅れたり、アルバムが発売延期になったこともありますが、間近で見ていて山口さんのこだわりについてどう感じますか? とにかく妥協ができない方なんだと思います。歌詞の1、2行を書くのに1日かけて何度も直したりとか。音に関しては、メンバーがアレンジをして一郎さんがジャッジするという感じなので、メンバーもいろいろ試行錯誤をしています。1曲のアレンジだけでアルバム何枚か作れるくらいのパターンがあるんですよ。細かいのを入れたら40バージョンくらい。そこから一郎さんが「Aメロはあれがよかった、Bメロはこれにする。そうするとサビが弱いから新しく作ってくるわ」みたいなことをずっと繰り返しているんですよ。なので、ある日録ったAメロと別の日のBメロをセッションをまたいでガッチャンコすることが日常的にあります。「歌がこう乗るんだったら、ちょっとテンポ変えたいな」とか、「テンポが変わるんだったらベースのフレーズをちょっと変えたい」とか、本当に考えるのをやめないですね。 ──山口さんのこだわりもすごいですが、それを支えているメンバーもすごいですね。 全員アレンジができますからね。仕事も早いですし。一郎さんの作り出すメロディと歌詞がすべてのスタートなんですけど、それが曲として完成するのは強い信頼関係があるからこそだと思います。 2009年に青葉台スタジオに入り、2018年に独立。サカナクション、フジファブリック、女王蜂、米津玄師、 1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMile Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。サカナクションは考えるのをやめない
土岐彩香
中村公輔
エンジニアが明かすあのサウンドの正体