恵比寿で綾戸さんとewe守崎社長と打ち合わせ後向かったのは信濃町の明治記念館。
金井浩さんの古希を祝う会。
金井さんは40年前、創立直後のCBSソニーレコード(当時の名称)の洋楽のボス。
1月のSPP(立教大学映画制作会)に続いて懐かしの同窓会。
SPPに在籍した大学の4年間を終えて入社したCBSソニーレコードで過ごした7年間はほとんどクラブ活動の延長だった。
クラブ活動との唯一の違いは遊んでいて給料が貰えたということ。
好きなことをやってお金まで貰える。
こんな幸せなことはない。
ぼくの意識の中では10代後半から30代への11年間はずっとクラブ活動。
入社した頃のCBSソニーレコードは創立3年目。
緊張して出社すると、ほとんどの社員がアル・クーパーの自由の女神のペンダントを首に下げてニューロックのロゴが染め抜かれたTシャツを着て全社をあげてニューロック・キャンペーン真っただ中。
これ聞いて勉強するようにと言われて新譜のサンプル盤を試聴ブースで聞きまくり、レコード棚の洋盤のサンプルを番号順に並べていて、え〜!こんなレコードがあるんだ!と驚いたり、時にはこのEP盤の解説書を書いてちょうだいと頼まれる。
な〜んだ、会社ってこんなに面白いんだ。
好きなことやってていいんだ。
仕事は楽しくなくしなくっちゃな気分がその時ぼくに植え付けられた。
単純作業に慣れてきた頃には先輩に連れられて外まわりが始まる。
プロモーションのための雑誌社やラジオ局めぐり。
当時は深夜放送全盛時代。
東京のラジオ局で一週間に何回かかるかでヒットが決まった。
カメ&アンコー、福田一郎先生、レモンちゃん、八木誠ちゃん、林美雄アナウンサー、ゴーゴーゴー糸居五郎さん。
毎日、毎日、夕方、夜、深夜の三回に渡ってニッポン放送、ラジオ東京、文化放送、ラジオ関東、東京FMを歩き回ってプロモーション。
深夜くたくたになって仕事が終わると業界関係者がたむろす六本木・青山の飲み屋で他社の仲間と情報交換やら評論家の接待飲み会の毎日。
帰宅するタクシーではお酒でも〜ろ〜とした頭でプッシュしてい曲がかかるかかからないかの深夜放送チェック。
どんな明方に帰宅しても翌朝の遅刻は許されない。
それだけはきつかった。
そんな激烈な勤務の中CBSソニーレコードは創立4年目にして業界ナンバーワンの会社に成長し、攻める会社から守る会社に変わり、多くの仲間がその会社を立ち去り始めたのもその頃だった。
そんな激動のニューロックな70年代を創立間もない小さな会社で一緒に時間を過ごした仲間は言わば戦友のようなもの。
どんなに長い時間顔を合わせていなかったとしても、すぐに当時の気分で会話のキャッチボールが始める。
そして、そんな時代にぼくらのボスだった金井浩さんは生涯最高の上司だったことは確かだ。
昔が良かったと単純には思わないけれど、ロックが世界を変える力を持っていた時代に、洋楽のロックを日本に広めたいという使命感に燃え、朝から晩まで都内をかけずり回っていたぼくたちには当時のことが鮮烈な記憶として頭に刻み込まれていることだけは確かだ。
恐らく今日集まった40人の仲間が次に集まるのは、誰かの葬式だろう。
ってなところで、本日は店じまい。
また、明日。
本日の収穫
・CD『モーツァルト/フリーメイソンのための音楽全集』(NAXOS)
・CD『チベットの仏教音楽1/密教音楽の神髄』(ワーナーミュージック・ジャパン)
・CD『チベットの仏教音楽2/歓喜成就タントラの伝授』(ワーナーミュージック・ジャパン)