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漫画村を追い詰めたハッカーが語る〈ブラックハッカー〉から〈ホワイトハッカー〉への道

違法サイト〈漫画村〉が閉鎖した一連の事件は記憶に新しい。その裏で、容疑者を突き止めたひとりの若きハッカーがいた。かつては自らも違法行為をおこなっていたが、そんな彼が、ホワイトハッカーへと転身した経緯について聞いた。

by Joji Nishino
05 December 2019, 7:00am

ネット上の悪意と賞賛は、根っこが同じなのかもしれない。煽り、クソリプ、誹謗中傷、粘着、特定といった攻撃や、〈いいね〉を求める行為の多くは、他者から認められたいという〈承認欲求〉によるもの。顔の見えない他人からの書き込みに一喜一憂し、リアルな生活を脅かされる恐怖に翻弄されてまで、その欲を満たそうとするのは、SNS全盛時代の病理といえる。一方、ネットの悪と正義を明確に分けられるのかも疑問だ。素朴な正義感から火がつき炎上し、徹底的にターゲットを叩きのめす光景が日々、繰り広げられている。

「特定されるのが嫌なので、自分の住まいや見た目も定期的に変えています。匿名でいたいんです」と、語るのはホワイトハッカーのCheena(ちーな)。指定された都内のカフェに現れたのは、青いデニムのシャツに身を包んだ20代前半のどこにでもいそうな青年。だが、正体は悪名高い海賊版サイト〈漫画村〉の運営者を追い詰めた人物だ。インタビュー中、一見して自意識が高くみえるほど、警戒して答えている様子が印象的だった。しかし、それには理由がある。彼はかつて、インターネットのダークサイドでは有名なハッカー少年として知られていた。ダークな教祖のようにイメージが肥大した末に、不正アクセスやマルウェアの作成などで摘発を受けた。その当時のことはすでに清算しているが、ネットではそうもいかないという。「オンラインでは、たまに殺害予告がきます。僕は無駄に有名なので」

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そんな彼が、漫画村の実態を調べはじめたきっかけは「漫画村の匿名性を支えているサーバーの構成などが気になり、自分の知識とどちらが上か?という好奇心から」だという。漫画村は2017年9月~2018年2月までに、違法なコンテンツで出版社に約3200億円の損害を与えたとされる。情報開示に非協力的で、サイバー犯罪の温床になっているといわれる〈防弾ホスティング〉や海外サーバー、さらにサーバーを分散する〈CDN(コンテンツデリバリーネットワーク)〉によって実態が隠されていた。万国著作権条約に加盟していないベトナムで運営しているので違法ではないとサイト側は主張していたが、「日本で運営されているのは、すぐにわかりました」と、Cheenaはいう。

もともと、ネットのダークな世界に居場所を求めていたという若きハッカーは、警察の捜査協力やメディアの調査報道で一躍、正義のハッカーとなる。〈ブラック〉から〈ホワイト〉へと変わる境界とは、何なのか。そして〈匿名〉であることと、〈居場所〉について話を聞いた。

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漫画村に目をつけたのは、いつからですか?

2017年5月に漫画村を知りました。海賊版サイト〈フリーブックス〉が閉鎖したあとに、後継サイトとして2ちゃんねるで話題になったころです。海外の海賊版サイトだと手出しができないイメージでしたが、明らかに日本人が運営しているのがわかりましたし、あからさまに著作権侵害をしていることに衝撃を受けました。日本ではそういうサイトがなかったので、今までとちょっと違うなと。

漫画村は〈防弾ホスティング〉や海外サーバー、〈CDN(コンテンツデリバリーネットワーク)〉と、何重にも隠れ蓑をまとっていましたが、どのように剥がしていきましたか?

CloudFlare(クラウドフレア)というCDNによって、違法コンテンツを保管している本当のサーバーの場所がわからなくなっていました。ですが、〈urlscan.io〉というサーバーの位置情報がわかるサイトでしばらくトラッキングしていたら、CloudFlareからではなく、コンテンツを本当のサーバーから直接配信している時期がありました。それが、ウクライナにあるサーバーからだったんです。

つまり、CloudFlareを通していない〈穴〉があり、そこからサーバーを調べたということですか?

そうです。そして、スウェーデンの防弾ホスティング〈WebCare360〉を利用していることなどがわかりました。WebCare360がウクライナにあるサーバーを貸しているんですが、ウクライナやスウェーデンはアメリカのデジタル著作権法〈DMCA〉と違って、著作権に対してゆるい。そのように、国をまたがって責任の所在を隠していました。

ベトナムで運営しているなどともいわれていましたが、実際は日本で運営していることもわかったのですか?

それは漫画村の初歩的なミスなんですが、たまたまデータベースのバックアップファイルを見つけたことからわかりました。サイトの更新ログやIPアドレスなどの情報、〈星野ロミ〉という運営者らしき人物のメールアドレスが記されたファイルが誤ってサイトで公開されていました。推測したURLの文字列をブラウザに入力したら、まるごと手に入れられたんです。それで、日本で運営されていることがわかりました。

それでは、運営者の特定はどのようにおこなったのですか?

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〈Whois〉というドメイン登録者情報を照会する仕組みで、漫画村のアドレスからドメイン登録者の〈Rootan〉という関連がありそうなインターネットサービス会社を見つけました。その代表者として星野ロミにたどりついたのですが、メールアドレスの名前と一致したので、この線で合っているんじゃないかと。

ハッキングして情報を得たのではなく、誰でも使えるサイトで〈正攻法〉で調べていったんですね?

裁判になったとき、違法な手段で収集したものだと証拠として採用できないみたいで、合法的な手段がいいかなと。違法な手段で得た情報だと、場合によっては〈不正アクセス禁止法〉に触れて、こちらの責任が問われる可能性があるので。

なるほど。そうやって調べた情報を警察に提供したそうですが、警察はどのように接触してきましたか?

自分のブログで公開したあとに、普通にメールで連絡がきました。あまりにカジュアルなので、最初は本当に警察かと疑ったんですが(笑)。メールを暗号化するか、〈Telegram〉とか匿名性の高い方法はいくらでもあるじゃないですか。そのあと喫茶店でふたりの警察官と会い、僕が持っている情報をすべて提供しました。ですが、そこから連絡がないので、どうなったのかわかりません。

重要な情報を提供したけど、そのあとは連絡がなかったと。

ちょっとがっかりしました。担当者の能力によりますが、大丈夫かな?というひともいて、提供した情報を理解してくれたかどうかもわかりませんでした。そもそも警察から接触してくるなんてそうはないことですし、それだけ重要なことを頼まれたのかと思っていました。お金というより、必要とされているんだな、と自分自身もなにか期待していたのもあったので、ほとんど無償で協力したのですが。ちなみに、そのときの謝礼はたったの3千円でした(笑)。

警察への協力など、ホワイトハッカーとしての活動は漫画村の事件がはじまりですか?

そうです。自分の好奇心から始まったものですけど、発表して周囲の反応などを聞いていくうちに、自分の自信にもなったんです。警察だけじゃなく、メディアも自分の情報をもとに取材を進めたり、居場所を見つけたというか、いい反応がありました。

謝礼の少なさもそうですが、日本はセキュリティに対する考えが甘いともいわれます。そもそも、日本でホワイトハッカーとしての生活は成り立つのですか?

日本の企業のセキュリティレベルが低い、とよくいわれますけど、僕はそんなことはないと思います。また、ホワイトハッカーもセキュリティ企業に所属すれば、収入も安定してちゃんと生活できます。ただ、希望と違う仕事内容で悩むという話もよく聞きますね。そして、僕の場合はフリーランスで自分が受けられそうな仕事しかやっていないので、大きな稼ぎがあるわけではないです。

ハッカーもサラリーマンと同じ悩みを持つのですね(笑)。では、現在の活動以前はダークウェブやネットの危ない世界の有名人だったとお聞きしましたが、パソコンにはじめて触れたのはいつですか?

小学校の低学年くらいからですね。家にあったのと、地元の公園にあった公民館みたいなところにパソコンルームがあって。そこではネットで変な動画を見たり、ゲームをしていました。そのうちに自分でもパソコンでゲームをつくりたいなと思って、簡単につくれるソフトを使ってゲームをプログラミングしました。

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では、ダークな世界にはいつから出入りしはじめたのですか?

中学3年くらいでダークウェブを知って、Torブラウザ(.onionドメインのダークウェブにアクセスできる匿名通信ブラウザ)で日本語の掲示板サイト〈Onionちゃんねる〉なんかを一日中、眺めていました。違法ファイルとか危ない情報を見ているのが楽しいというか。

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そのころ影響を受けたり、こうなりたいと思ったハッカーはいましたか?

15歳のとき、スノーデンが〈PRISM〉の内部告発で世の中を変えようとしている姿に感銘を受けました。スノーデンは「テクノロジーが変わっても原則はつねに同じ」と言っています。ロシアに亡命して6年が経って、当時よりもNSAの監視技術は向上していると思いますが、スノーデンはいまだにTorブラウザや〈Tails〉という匿名OSを使っている。僕も、Twitterを使うときやサイトにアクセスするときは、かならずTorを通して匿名で通信しています。

FBIによる捜査でダークマーケットが摘発されたりと、Torブラウザはかならずしも万能ではないともいわれますが。

100%安全なものはないと思います。これもスノーデンの言葉ですが、「セキュリティとは、より安全か安全でないかを選んで十分安全になるまで分岐し続けるプロセスだ」と言っていて、いい言葉だなと思います。Torを使えば、より安全に通信ができる。

普通にネットを使うと、そんなにいろいろな情報がわかってしまうのですか?

IPアドレスが判明することが脅威かというと、そうでもないんですが。それより、匿名にしてくれるから僕はTorを使うのが好きなんです。匿名になりたいんです。

そこが不思議なのですが、なぜ匿名にこだわるのですか?

僕は海賊版サイトを追跡する側ですが、自分が追跡される側にもなりえます。なので、自分がターゲットになったときに、情報が出ないように隠しています。自分の本名などを全部隠したうえで、自分が出したい情報を出すようにしているんです。たとえば、アクセスログやIPアドレスも個人情報だと僕は思っているので、メールもネットもすべて匿名で通信し、パソコンが押収されても情報が出ないように、データをすべて暗号化しています。

とはいえ、現実の生活は別にあるわけですよね。ネットでの匿名生活と現実を、完璧に分けられますか?

特定されるのが嫌なので、自分が住んでいる場所を転々としたり、自分の見た目も定期的に変えています。でも、こうやって顔を出してインタビューを受けているのもそうですが、行動が矛盾していたりブレてしまうときがあります。僕のポリシーみたいなものが、まだ完全に固まっていないというのもあるのですが。

ご自分のネット上でのアイデンティティを構築中ということでしょうか。それでは少し話を戻して、学校ではどういう子でしたか?

中1で不登校になったので、学校はいってなかったです。きっかけは、クラスでのひととの関係がうまくいかなくて、それでパソコンに逃げるようになったというのはあります。ダークウェブの世界に身をおいて、仲間ができて居場所がみつかって。そもそもは学校でイジメがあって、コロコロ標的が変わるので僕もイジメられたりイジメたりしていたんです。暴力はなかったんですが、自分がやられたくないからイジメに加担して、からかうというかハブですよね。不登校もクラスに3~4人いて、学校にはいい思い出がないので、今は地元とは完全に関係を断ち切っています。自分のことを知っているひともほとんどいないと思います。

学校にはいかなくてよかったと思いますか?

僕はいかなかった人間ですが、やっぱりいっておいたほうがよかったと思います。いろんなものを失って、取り戻せないものがありますね。

取り戻せないというのは?

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部活や修学旅行、普通の学校の生活とか、そういうのも含めて10代の生活というか。単純にレールから外れるので、楽じゃないですよね。外れたら外れたなりに、その分を背負わなければならないので。たとえば勉強も、引きこもってずっとパソコンに向かっているうちに、徐々にやらなくなっていきました。

不登校で引きこもっていた当時のことは、ご自分のなかで消化できてないようですが。レールから外れるまえに、戻れれば戻りたいですか?

それはあるでしょうね。起きているときは全然考えないんですが、夢には学校が出てきます。

友達と遊んでいたり、普通に学校生活を送っている自分の夢を見るのですか?

ほとんど毎日。心療内科に通ったほうがいいかもしれない(苦笑)。

身辺情報を隠して生活したり、生きづらいと 思ってるんです か?

全然なにも考えずにやっていた、過去の自分の行動がネット上で残り続けて、それに今でも影響されたり。それはやむを得ないことですが、生きづらいなとは思います。

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漫画村の調査など、やっていることは正義だと思うのですが。

オンラインでは、たまに匿名のメールで殺害予告がきます。漫画村の一件のあと、海賊版サイトやアプリを調査する仕事もしているのですが、似た仕事をしていて僕ほど防御しているひとはいないと思います。無駄にネットで有名なので、「ムカつくな」っていうひともいるんでしょうね。

ネットで有名だと、とくに標的にされやすそうですね。今だとネットやSNSで手軽に承認欲求を満たすことができると思いますが、さきほど漫画村の件で警察やメディアに協力することでご自分の居場所を見つけたとおっしゃいました。それでは、今後こうなりたいとか目指すゴールなどはありますか?

匿名での活動をやめたり、何がゴールかというのはまだ考えていません。うーん、すいません。自分をどう整理しようとか、そういうのが、まだ定まっていないんですよね。ですが以前、ブラックハッカー時代の僕に影響を受けてサイバー犯罪をおこなったという少年が摘発され、新聞で大きな記事になっていて。……月並みですが、今後は自分の持っている知識や能力とかが、ひとになにかいい影響を与えられたらいいかなと。そう思います。

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日本語ラップとホモフォビア、 そしてゲイ、エイズ、性癖について 〈西新宿パンティーズ〉が語る!!

同性愛嫌悪、ホモフォビアが歌われてきた歴史が、米国のラップシーンにはある。それを追随する形で生まれた日本のヒップホップシーンにおいても、当然のように、これらのワードが飛び交っていた。そんなシーンにおいて、LGBTQを自認するひとびとが中心となった〈西新宿パンティーズ〉を取材した。自らの性が差別されがちな世界に、あえて踏み込んだ理由、そして、何を歌うのか?

by Joji Nishino
10 October 2019, 3:30am

アートやファッション、音楽といった文化は、その時代ごとの政治や社会に呼応するように表出されるのは、いうまでもない事実だろう。ときに保守的に、ときにカウンターとして、あるいは、予言的な作品もあるだろう。気候変動、ジェンダー、格差といった差し迫った問題に対して、日々、リアルタイムで新たな表現が生まれている。一方で、文化を保存する、伝統を継承することは大切なことだが、既存の社会観念を守ろうとする行為は、自分たちが偉くなれた社会背景を維持しようと躍起になっていることにも繋がっていることに気づかない、ダサいおじさんたちには理解できるわけがない。そういった動きは、男女の二元論でしか捉えられなかったり、〈生産性〉でしか測れない、といった概念にもつながるのだろう。

〈生産性で人を測るな/SAY NO HATE 絶対に黙るな〉というポリティカルなリリックと、〈開いたアナルは私のリアル〉という下ネタを並列にラップする西新宿パンティーズは、新宿二丁目をベースに活動する3人組。パンティーを覆面のように被る奇妙なスタイルが特徴の、クィア・ラップクルーだ。彼らに、LGBTQの人々がラップすることへの苦悩や日本語ラップとホモフォビア、そしてパンティーについて話を聞いた。

インタビュー後、「ひとつ被ってみてはいかがですか?」と勧められ、パンティーを被りながら新宿二丁目を闊歩した。ギャル、サラリーマン、カップル、ガイコクジン、ケーサツ、ヘンタイ…。快楽を巡り集まるひとびとがつくる、この街特有の空気だろうか。不思議と街に溶け込み、リラックスした感覚を得られ、心地よささえ感じた。

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左からSnoopバタ子、MCくんに君、あでぃぽい

はじめまして。なぜ、みなさんはパンティーを被るのでしょうか?

MCくんに君(以下、くんに君):逆に聞きますが、パンティーを被りたいと思いませんか?

単純に被りたいです。ただ、自分がパンティーを被っているところを女性が見たら、〈変態〉だと思われたりちょっとマズイだろうなと、その行為に対して抵抗があります。

くんに君:僕はパンティーが大好きなので、抵抗など一切ありません。もともとは、大好きなヒップホップクルーのMSCが覆面を被って活動していたのに着想を得て、パンティーを被ったらカッコイイんじゃないかと始めたのですが、実はパンティーは自分をさらけ出すために被っている面があります。パンティーを被ることで顔を隠すのではなくて、自分の欲望をさらけ出しているのです。そう考えると、あなたは何かが邪魔をしてパンティーを被れないだけでしょう。

なるほど。ではなぜ、被るのが男性用下着ではないのですか?

くんに君:イヤイヤ、男性用のいわゆるパンツとパンティーでは格が違いますね。レースといった素材もいろいろあって、ただのコットンの布である男性用下着と比べて、パンティーは断然レベルが上です。

ゲイを表明しているおふたりはいかがでしょうか? パンティーはお好きですか?

Snoopバタ子(以下、バタ子)・あでぃぽい:全く、興味ないです。

あでぃぽい:ライブに出るときに被ると仕事モードに入るというか、ユニフォームのような物ですね。奇抜なことをして、みんなを楽しませられたらいいんじゃないかなっていう気持ちで被っています。というか、僕は途中からグループに入ったので、メンバーになったときには既にパンティー被り集団になっていたのですが。

パンティーはどこから入手していますか?

あでぃぽい:自分たちで買ったり、下着メーカーに勤めていて廃棄するものを大量に横流ししてくれる、パンティープッシャーが仲間にいます。ですが、僕はパンティーへのこだわりとかは一切ないですね。

くんに君:ふたりとのパンティーに対する温度差は感じますね。生地の面積が大きいパンティーを選んだり、扱い方が雑だったり。正直、なんでもいいんだなって思うときはあります。ちなみに僕は、ピンクのパンティーが好みでして。

わかりました。それでは、パンティーの話は一旦これくらいにして、グループの成り立ちを教えてください。

くんに君:バタ子さんが以前、働いていた西新宿の飲み屋でメンバーに会いました。今は幽霊部員になってしまったパンティー師匠というひとがいるのですが、3.11の震災後に東電に対して何かメッセージを出そうとなりまして。曲をつくってライブをやったら結構、ウケて。それで、ちょっと味を占めたというワケです。

そこで、なぜラップをしようと思ったのですか? 特にギャングスタ・ラップに見られる傾向ですが 、ラップにはゲイなどに対する攻撃的でホモフォビックな表現もあります。日本語ラップにおいても そういう表現が問題になった歴史があり、ゲイがラップをすることに偏見もあるかと思います。

くんに君:ヒップホップカルチャーにみられるホモフォビアに対して挑戦していこうとか、そういう意識は私にはまったくないんですよ。ゲイのメンバーもいるのでリアルを歌っていると、例えば〈開くアナルは私のリアル〉(『僕らがパンティーを被る理由』より)というように、自然とそういうリリックができるんです。もちろん、安倍晋三とか社会に対して言いたいことは山ほどあるんですが、ヒップホップのホモフォビアに対してだけの視点で曲をつくろうとは思っていません。ラップに関しては、簡単に遊べる敷居の低さもあってやっています。敷居が低いので誰でもできるということで、ゲイのひとにも広がっていっているだけだと思います。自分たちが何かを変えたいとか、そういうのではなくて単純にラップの力なんだろうなと。

バタ子:僕自身は、ちょっと違う考えがありまして。もともとレゲエが好きで、10年前くらいに代々木公園の〈ジャマイカフェスティバル〉にバーを出店したことがありました。そこのステージで、DJが「オカマはいるか?」みたいに、ゲイをディスるんですよ。それからいろいろ考えて、当時mixiで〈レゲエとオカマ〉というフォーラムをつくって、いろいろなひととやりとりしました。サウンドクルーを組んでレゲエをやっているけど、ゲイというのを言えなくて隠している子は結構います。だったら、嫌な思いをしないようにウチらでやればいいんじゃない?と、2009年ごろに〈二丁目レゲエ祭〉というイベントを始めたんです。

〈バティマン (オカマ野郎) 〉などと攻撃したり、レゲエは特に同性愛に厳しい側面がありますね。

バタ子:同性愛に対しては、宗教も絡んできて最も厳しい世界といえるのではないでしょうか。日本は、それがカッコいいとコピーしてきた歴史があります。心から同性愛嫌悪なのかはわかりませんが、本場のレゲエがそういうスタンスなので、ただ海外の真似をしたというひとも多いのでしょう。でも、状況は少し変化してきています。LGBTQのダンサーチームが優勝したり、理解され始めてきています。僕は10年前に渋谷のクラブで働いていて、毎週レゲエのイベントをやっていました。イベントでは毎回、出演するクルーがホモフォビックなワードをいうわけです。そして、彼らからは僕がゲイであることを出さないようにと言われていました。音楽関係でLGBTQのひとも結構いるのですが、レゲエの世界は特に言えない、隠さなきゃいけないという感じでしたね。

くんに君:盲目的にジャマイカの文化を信じてしまうようなひともいるので。僕はクンニが好きなのですが、ラスタファリアンってクンニが禁止されているらしいんですね。以前、レゲエクルーのひととクンニポーズをしようと言ったら、「それはできない」と断られました。日本でバティマンなどと攻撃するのも変だけど、さすがにクンニまで制限するのはちょっと、と思いました。

クンニ好きからすると解せないと(笑)。 新宿二丁目のクラブでフリースタイルラップバトルの〈オネエスタイルダンジョン〉が開催されたり、 10 年前と比べると、新宿二丁目にはこれまであまりなかったレゲエやラップのイベントが 増えているように感じられます。

あでぃぽい:10年前とはかなり状況が違いますね。先日も二丁目のクラブで〈BATTY MAN-バティマン-〉という、レゲエのイベントが開催されました。

それは、いわゆる〈 N ワード〉を、黒人たちが自ら使うようなイメージですか?

あでぃぽい:そうですね。ホモフォビアに対して中指を立てるという感じではなくて、「オレらバティマン、イエーイ!」みたいな。オネエスタイルダンジョンもそうなんですが、ネガティブな要素をポジティブに取り入れるのは、二丁目らしいなと思います。僕は以前〈日本語ラップナイト〉というイベントを二丁目で主催していました。福岡県の出身で10年前に東京に上京してきたんですが、福岡ではあまり出会えなかったヒップホップ好きなゲイにたくさん出会えました。当時、二丁目にはあまりヒップホップやラップのイベントがなかったので、自分たちの居場所をつくろうと、知り合ったひとたちと日本語ラップナイトを始めたんです。

バタ子:10年前だとまだ、イベントに出演してくれたレゲエシンガーが「なんでそんなオカマの現場に出たんだ?」とたたかれたり、騒然とすることもありましたね。

では、状況はだいぶ良くなってきているということでしょうか。以前、オネエスタイルダンジョンに MSC の漢が参加したと聞きましたが。

バタ子:審査員として来てくれました。本当はあまり気乗りしなかったみたいですけど(笑)。知り合いのマネージャーさんを通してお願いしたので、漢さん的には勝手に決まっていたという感じだそうですが(笑)。

MSC といえば、メンバーのラッパー・プライマルが数年前に自身のセクシャリティについてカミングアウトして、話題になりました。

あでぃぽい:あれは衝撃でした。

くんに君:まあ、一定数そういうひとはいるので、僕は特に何も思いませんでした。

あでぃぽい:でも、あれを言うのって勇気がいることだと思います。あのMSCというマッチョな世界で公表するのは、すごいことだと思いますね。

バタ子:女性が好きなんだろうなと勝手に思っていたので、すごいなあと思いました。結果、スケジュールの問題でかないませんでしたが、そのあとイベントにオファーしてOKをもらっていました。ライブをしてもらって、みんなに聴いて欲しかったんですけどね。個人的にも、色々お話を聞きたかったので。

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カミングアウトをするラッパーがいる一方、最近では 2018 年に北海道の大御所ラッパー・ B.I.G.JOE Twitter で「何かゲイみたいなラッパー増えたな?」と呟いて非難されました。その通りの意味ではなくて、〈ワックなラッパー〉を指すとのちに釈明しましたが、ラップとホモフォビアの問題として、例えば ダサいラッパー〉の隠喩としてホモフォビックなワードを使うということがあるかと思います。これについては、どう思いますか?

あでぃぽい:けなし文句としてそういう言葉を出すのが、そもそも意識として大丈夫か?と思います。たとえ話だったとしても〈ホモ野郎〉とか、言葉にしてますからね。その上、言い訳までされると、どんどんダサくなっていきますね。

くんに君:B.I.G.JOEさんが以前、THA BLUE HERBののILL-BOSSTINOさんをディスった時に〈オカマ野郎〉と言っているんですが、それに対してILL-BOSSTINOが「俺は同性愛者じゃないけど仮にそうだったとして何が問題あるんだ?」というようなことを言っていて。その時に、BOSSさんは最高だなって思いました(笑)。カッコいいひとは、ホモフォビックなことを言わないんだなと。ただ、僕はB.I.G.JOEさんも、ILL-BOSSTINOさんも大ファンです。

あでぃぽい:2002年のキングギドラ『ドライブハイ』の事件のときもそうでしたよね。僕は、中学の思春期頃から日本語ラップを聴き始めまして。そのときには、キングギドラを聴かなくなっていたのもあるのですが、ゲイに対する攻撃だと意識をして聴いていませんでした。その当時、聴いていたMSCの曲にもホモフォビックな歌詞が出てくるのですが、あまり自覚がなくて今聴くと、「すごいことを言ってるな」と思うような曲も普通に聴いていましたね。今のほうが鋭敏になっているのかもしれません。

それは、ご自身がさまざまな経験を経て、または社会が同性愛嫌悪を許さないように変わっていったということでしょうか?

あでぃぽい:そうですね、社会の変化もあると思います。それと、僕は中学のときに自分の性に気が付いたのですが、幸い、自分はおかしいんじゃないか?と、悩んだ経験はないんです。でもその分、ゲイであることにアイデンティティが持てていなかったのかもしれません。東京でいろんな人の考え方や出来事に触れて、自分のアイデンティティのひとつだと自覚できるようになってから、ホモフォビアに対する感じ方も変わったように思います。

ゲイでもそうでなくても、多様なひとと出会って性についてのアイデンティティを築ければ、理解は深まりそうですね。

くんに君:なぜ、不良の世界のひとたちにホモフォビアな傾向が多々見られるかということに関して、持論がありまして。彼らは過剰に男らしさを求めた結果、ゲイを排除するというのはあると思います。それとは別に、決めつけの前提は良くないのですが、不良には刑務所と縁がある方も多いはずです。刑務所のなかは、基本的に同性だけの環境です。そのなかで不自然に発生する同性愛があるのではないかと。そして、そこへの嫌悪感があるのではないかと思っています。解決策としては、刑務所の〈オナニー環境〉を改善するべきだと思います。そして、ひとつ言いたいのは、マリファナごときで刑務所に入れるのもやめた方がいいのでは?ということです。

あでぃぽい:〈オナニー環境〉って、なかなか聞かないワードですね(笑)。劣悪なオナニー環境に置かれていると、ホモフォビアが生まれるということですか?

くんに君:例えば、会社でストレスを抱えているひとが家庭で発散したり、痴漢に走ってしまったり。人間はストレスを抱えると、それをどこかで発散したくなる。映画などでも、刑務所内での同性の強姦の描写はよくあります。少年院や刑務所で、そういう行為が本当にあるのかはわかりませんが、その恐怖感とストレスから不良のなかにホモフォビアが生まれる面もあるのではないでしょうか。故に全くの仮説なのですが、刑務所内でのエロ本やアダルトサイトの解放が、不自然な同性愛の撲滅、ひいては不良のなかでのホモフォビアを無くすことにつながるのではないかと。ところで、〈裏アゲサゲ〉をご存知ですか?

はい、巨大アダルト動画サイトですね。

くんに君:〈裏アゲサゲ〉を見てもらえば一目瞭然ですが、巨乳・素人・熟女など、いろいろな性癖が細分化されてカテゴリー化されていて、そのなかにはゲイもあります。アダルト業界が発達したことで、世の中にはさまざまな性癖があるのだなと可視化されてきたと思います。

ネットの発達によって、いろいろな性的な趣向が並列になっていくということでしょうか?

くんに君:はい、そう思ってます。さらに言うと、VRオナニーに可能性を感じています。VRオナニーを数年前に体験したのですが、あれは〈ネクストレベルオナニー〉です。未来学者のレイ・カーツワイルが、「2020年代後半にはVRで見える世界と、今見ている世界は変わらなくなる」と言っていまして。そうなると、さまざまな性が平等になっていくのではないでしょうか。つまり、性の民主化です。快適なオナニーライフを送ることで、他人の性癖なんてどうでもよくなると思います。このように、インターネットやデジタルテクノロジーの発達が、多様な性を可視化したのは大きいと思います。それによって、ゲイもただの性的な趣向のひとつだと認知されてきた面もあるのではないでしょうか?

その人が生まれ持った性を性的な趣向と同一に考えるのは、ちょっと違くないですか?

あでぃぽい:〈性的嗜好〉と〈性的指向〉の話ですよね。〈嗜好品〉の嗜好か、〈指し向かう〉という意味の指向かの違いで、後者の方は生まれ持った自分の性自認と同じ意味で、生まれながらにして選択できないものだという。

バタ子:ゲイは性的な趣向のひとつなのか?ということは、メンバー同士でもよく話しています。僕自身は「なんでゲイなんだろう?」と考えたとき、「あ、チンコが好きだわ」と思うんですが。そうすると、「これは性的な趣向なのかな?」と思う部分もありつつ、そもそも根源的に「人を好きになることとはどういうことなのか?」という狭間で悩んでいます。当事者でも、「なぜ男が好きなのか?」と聞かれても説明できないのです。そう考えると、同性愛者を攻撃する人は、実は自分がホモの世界にいることに気付いてしまったのではないかと思います。

それは、どういうことでしょうか?

バタ子:「憧れの先輩について行きます」みたいな不良の先輩後輩の関係って、ホモそのものじゃないですか。ホモな関係性にいることに自分自身が気づいてしまって、それを認めたくないから攻撃的になってしまうこともあるのではないかと思います。なので、そういう世界に置かれているひとについてはなんとも思いません。ただし、まったく関係のないところからやってきて、攻撃してくる杉田水脈とかは別ですが。

不良の世界で上下関係を学んで、ゲイを必要以上に攻撃してくるひとたちもある意味、当事者だということですね。また、バタ子さんは『 STANDARD 』の曲中で、〈持病はエイズと慢性イボ痔〉と、ハードなカミングアウトをされていますが、そこまで表現しようと思った理由は何かありますか?

バタ子:エイズって、ゲイのなかでもダメな病気のような扱いをされていて、言えない人も多いんです。なぜ言えないかというと、生でセックスをしたとか淫らな性生活がバレてしまうかもと気にするんですが、でも病気は病気だよ、という気持ちです。僕はぶっちゃけ、昔いろいろなひととキメセックスをしていた激しい時期がありまして。でも自分の責任だし、恥ずかしいことではないと思っています。

くんに君:エイズも性病の 1種ですよね。ただ、すぐに治るものではないという。

一般的な性病も不妊に繋がったりしますもんね。 ラップでの表現は、苦労せずにできましたか?

バタ子:はい、それは自分のことを語るだけなので。

あでぃぽい:自分のことだから表現できるというのもありますよね。ラップというのが、自分のリアルを歌うものですから。

それでは、エイズを公表することで周囲から何か反応はありましたか?

バタ子:元カレからは、あんまり言わないでと言われました。困るひともいるので、公表しすぎるとよくない側面はあります。

くんに君:でも、エイズに対する偏見も少しずつは減ってきているのではないかなと思います。きちんと付き合えば、治療していける病気だと世間に知られ始めていますよね。

バタ子:ただ、ゲイのなかで流行ったエイズの原因の多くが性行為だと思います。僕は障害者手帳を持っているのですが、日本でエイズの患者は薬が安くなったりと保障されています。でも、そういう権利は薬害エイズの訴訟で得てきたものなんです。薬害エイズの被害者の方が訴訟して、国から保障を勝ち取ってきた歴史があり、僕の場合は自分の快楽のためにセックスをしてエイズに感染したという違いがあります。そこが、ちょっとツライところですね。税金を使って生かしてもらっているけれど、元々は全然関係ないところで輸血によってエイズを患ってしまったひとたちが声を上げてきたもので。だから、エイズのことについて歌うときも少し葛藤があります。

〈自己責任〉だと負い目を感じているひとが、たくさんいるのでしょうか?

バタ子:多いですね。例えばアメリカだと〈アクトアップ〉の活動とか、ゲイでも関係なく当事者が声を上げることが普通なので、日本との違いを感じますね。だから、日本のLGBTQ業界って結構、当事者ではないひとたちが頑張ってくれている側面があると思うんです。〈プライドパレード〉にしても、HIV啓発の団体にしても、すごくありがたいことですが。なので、日本語ラップにして声を上げるということは、当事者としては葛藤もありつつ、やっていこうと。

くんに君:他の病気と同じで、バタ子さんが負い目を感じる必要はないと思いますよ。僕はホモフォビアと闘うというような意識はありませんでしたけど、メンバーにはそういう意識があるんだなって、今日はじめて知りましたね。

バタ子:パンティーもラップも結構、繋がっていて。パンティーを被って自分を解放する行為と、ホモフォビアとか病気とか、全部ひっくるめてやっちゃえって。それは全部繋がっていると思って、活動しています。

〈パンティーの前には国境は無い〉と STANDARD 』のなかでのリ リックに見られるように、パンティーを被り己を解放することが、性の解放にもつながるのでしょうか。

くんに君:同性愛って男/女というジェンダー観があって成り立っているから、一度その壁を取り外すと、新しい世界にいけるんじゃないかなと。ただ、我々はもう十分にパンティーを被ってきたので、そろそろパンティーから卒業しなければいけない時期かと思います。〈VRオナニーズ〉とかにレベルアップして、性の民主化、平等化といった新たな世界を目指していこうかなと考えています。

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〈ガスパン〉!! 身近なドラッグに潜む危険性

脳が溶けるらしいドラッグ〈ガスパン〉。あまりに簡単に入手できるため、90年代以降、一部の中高生たちに蔓延しているという。そこで、ガスパンをテーマにした楽曲をリリースしているラッパー〈りょうすけ〉に、ガスパンを吸うことでおきる変化と危険性について、また、彼の話をもとに、薬物依存の専門家に話を聞いた。

by Joji Nishino
25 October 2019, 9:54am

コデインを成分とする咳止めシロップをソーダと混ぜた脱法ドラッグ〈リーン〉が、アメリカのティーンエイジャーに蔓延し、社会問題となっている。好奇心や気を紛らわすため、手軽に多幸感を得る手法はユースに伝染し、瞬く間に広がった。日本においては、シンナー、マジックマッシュルーム、脱法ハーブ、シバガスなどの流行と、規制が繰り返されては、新たな快楽が追求されてきた。そんななか、20年に渡り中高生のあいだで伝わる遊びが〈ガスパン〉だ。

「指を食いちぎる幻覚を見た」「何者かに襲われる恐怖で逃げ出した」「言いようのない虚無感に包まれる」

これらの体験談は、ガス缶がもたらしたもの。ガスパンは、ガスライターやカセットコンロ用のガス缶から〈ブタンガス〉を吸引し、窒息状態で酩酊や幻覚を楽しむもので、ホームセンターやコンビニで1本300円ほどで入手できる〈身近なドラッグ〉として知られている。しかし、ガスの吸引自体は違法行為ではないものの、その危険性はいうまでもなく高い。窒息死のほかに、ガスの爆発で四肢を失くした少年のケースなど、事故が絶えない。

〈換気大事/じゃなきゃあの人みたいに車で爆発/ケツの皮膚がなくなる〉と歌うのは、10代の4年間をほぼ毎日、ガスパンをして過ごしたというラッパー、りょうすけ(23)。地元栃木県足利市の少年たちに蔓延した遊びがテーマの、ダークなシンセが不穏さを醸すトラップ『ガスパン』のPVでは、ガス缶を口にくわえた少年たちが明滅し、ゆらゆらと焦点が定まらない映像がみられる。

「先輩にぶっ飛ばされるか、ガスパンをやる場所だったっすね」という、待ち合わせ場所の国道293号沿いの公園に着くと、そこには家族連れや少年野球の子供たちであふれ、一見すると健全な光景が広がっていた。ショッピングモール、ホームセンター、カラオケボックス、消費者金融、ラブホテル、シャディのサラダ館。それらに囲まれた平均的な地方都市の片隅で、少年たちにウイルスのように蔓延した遊びについて、「そのころは毎日吸ってたんで、現実か現実じゃないか曖昧なところもあるんすけど」と前置きしつつ、友人の黒須さん(23)と後輩の長山さん(19)を交えて体験談を話してくれた。

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いつから、どのようなきっかけでガスパンを始めましたか?

りょうすけ:2コ上の先輩がガスを吸ってるのを見て「何すか、それ?」って、完全に好奇心からですね。はじめて吸ったのは、中2の14歳のときです。その先輩は地元では知らないやつがいないほど有名な不良なんですけど、強制的にやらされたとかではなく、「これだ!俺が求めているドラッグは」って、一発でピタッとハマりました。

悪い先輩たちから代々、伝わってきたのですか?

りょうすけ:いや、今30歳くらいの人たちがやり始めたみたいで。それが俺らの2コ上の先輩に伝わって、バーっと広まったみたいです。その不良の先輩が、悪いつながりが多かったから伝わったんでしょうね。

それでは、どのように蔓延していったのですか?

りょうすけ:中学で悪さしてるやつらが、誰かの家とか土手で5~6人集まって、あちこちで毎日、1日中吸ってました。女の子は女の子同士でやって、先輩や後輩たちもみんなやってましたね。最初は3本くらいからスタートしたんですけど、次第に6~7本に増えて、しまいにはホームセンターで箱買いして買い占めてました。そのうち問題になって販売停止されて、隣町まで買いにいったり。その途中、川べりの土手でガスパン始めて気付いたら夜中になってて「やべ、帰るか」みたいな。

黒須:夜中に吸ってて、気づいたら朝だったり。寝てるのかキマってるのか、そこも曖昧で。それが朝から夜までずっとだったんで、覚えてることもあれば覚えていないことも全然あるんすよ。

りょうすけ:そう、曖昧なんすよ。17歳までの4年間、ガスパンで1日が終わってたんで。

それだけやっていれば、記憶も曖昧になりそうですね(笑)。また、ガスパンは 20 年以上前からあるものですが、特定の地域で特定の世代に伝わって、そこで集中して伝染するというのは不思議です。では、どのように吸っていたか教えてもらえますか?よく知られているのは、ガスライターを点火させずにガスだけをビニール袋に溜めて、それを吸う方法かと思うのですが。

りょうすけ:そんなの〈リカちゃんハウス(子供のオママゴト)〉っすよ。たまに「俺もガスパンやってたけど、全然キマらなかった」っていうひとがいるんですけど、ガス缶から直接じゃないと。それか、ビニール袋に溜めますね。液が溜まるんですけど、袋を振ると(気化して)冷えてパンパンになるんで、それを思いっきり吸う。

長山:袋に顔を埋めて深呼吸するのが、いちばんキマるっす。あと、これをやると大体、幻覚を見ますね。

どういう幻覚を見ましたか?

りょうすけ:黒須と一緒に吸ってるときに、黒須が指食いちぎってたことがあったんすよ。焦って、もう1回見たら普通にガス吸ってて、「ああ、これ幻覚だ」ってことがありました。「自分の影を見てたら、それが骸骨になって追いかけ回された」って、走り回って逃げ出したやつもいましたね。でも、人によって幻覚を見るひとと見ないひとに分かれると思います。

ガスパンでキマっているときの気分は、どういうものなのですか?『ガスパン』の PV では、揺らぐ映像が印象的ですが。

りょうすけ:あれはちょっとオーバーに表現してますが、近いっす。景色とかは普通に見えてるんですが、フワーって酔っ払った感じですね。ニヤけながら、ほかの仲間が幻覚見てるのを指差して笑って楽しむみたいな。

発狂したり、自傷したりとかはありましたか?

りょうすけ:それより、おとなしくなるっすね。イケイケの人が殻に閉じこもったり、喧嘩っ早いひとが縮こまっちゃったり。性欲もなくなってひたすらネガティブで、周りのすべてが恐怖に感じることもありました。

ガスパンは集団でやることが多いようですが、ひとりではやらないのでしょうか?

長山:ひとりではやらなかったっすね。みんなでやってる方が気が紛れるというか、もし何かあっても誰かが助けてくれるので。ひとりだと、どうなっちゃうんだろう?って怖いんすよ。

聞いていると、多幸感というより酩酊状態と幻覚を楽しむもののようですね。それでは、体に何か変化はありましたか?

りょうすけ:「脳が溶けるよ」って、よくいわれてたっす。酸素の代わりに体にガスが充満するんで、溶けるというよりは酸素不足で脳が縮まるんですかね?

黒須:ケツが熱くならねえ?俺、ガスやるとなぜか、空飛べるんじゃねえか?ってくらいに、ケツがブワッて熱くなるんすよ。

長山:いちど、先輩がホームセンターで買い占めてて売ってなくて、コンビニでカセットコンロ用のガスを買ったことがあるんですが、死にかけたことがあるっす。たったのひと口で喉が腫れて顔が真っ赤になって、40℃くらいの熱が1週間出て寝込んで。そのときはマジで死んだと思いました。

りょうすけ:それはお前の体が弱いだけだろ(笑)。でも、コンロのガスは臭くて吸えたもんじゃないんで、〈ウンコガス〉って呼んでましたね。

ガス缶の種類によって、効果に違いがあるのですか?

りょうすけ:〈共通〉〈共有〉〈ジャンボ〉〈ミチルちゃん〉〈スーパープリンス〉とか、ホームセンターによって売ってるブツが違います。パッケージによって〈青ガス〉〈赤ガス〉とか呼んでたんですけど、〈共通〉が主流っすね。

黒須:たとえば〈ジャンボ〉は噴射の勢いが強かったり、キマり方もそれぞれ違います。

りょうすけ:ディグればディグるほど、いろんな味やキマり方があって。でも〈共通〉がいちばん、幻覚を見させてくれました。あとは、ドンキにしか売ってない〈スーパープリンス〉も、幻覚を見ましたね。足利はホームセンターが身近なんで、現場に向かう途中でガス買って仕事の休憩中にやっちゃうジャンキーもいます。

たとえばシンナーなど、ガスパンの他に蔓延したものはありましたか?

りょうすけ:塗装関係の仕事をしていないと手に入らないので、シンナーは見たことがないです。中学くらいのときはマリファナは高いんで、(脱法)ハーブとか何の粉かわからないようなパウダーを吸ったりもしましたけど、やっぱりガスパンがいちばん手軽なんじゃないですかね。

覚せい剤などは、どうでしょうか?

りょうすけ:シャブは多いっすね。若いやつより、おやっさん世代のひとに蔓延してるイメージです。でも、シャブとかマリファナとかとも効果は違うし、ガスパンからそこにいきつくかは別の話ですね。ガスパンはやめようと思えば、すぐにやめられるんすよ。

やめて5年くらい経つそうですが、どうやってガスパンを断ち切ったんですか?

りょうすけ:やめたきっかけは、あるとき周りを見ててバカらしいなって思ったんです。そのときにチーム(暴走族)に入っていたんですけど、「集会すんぞ!」って、バイクに乗っていってもみんなガスパンしかしなくなってて。暴走しないで活動がガスパンだけになってたんで、「バカらしい」ってバックレたんです。

それでやめられるものですか?

りょうすけ:「もう、こんなくだらないことやりたくねえ」という拒否感が生まれて。みんなが憧れてた先輩が落ちぶれちゃって周りからひとが去るのも見てるし、ただただネガティブで。自分も含めて何人かで、1回地元を飛んだんすよ。そしたらそれぞれ夢ができて、ちょうど『高校生RAP選手権』が流行ってたころで、自分はラップに出会って。

なるほど。夢もなくガスパンだけの生活と、面倒な地元のしがらみから抜けてリセットしたということですね。では、ガスパンでネガティブになるというのは、どういう状態になるのでしょうか?

りょうすけ:俺、幼稚園くらいからサッカーやってて、たわいもない夢ですけど、サッカー選手とか警察官になりたいとか語るようなポジティブな人間だったんです。でも、10代でガスパンを始めてから内にこもるようになって、何やってもうまくいかないだろうなと、常にマイナス思考になりました。

黒須:ガスパンやる前は、最強ポジティブだったよね。「俺らなら、テッペンいけるっしょ」みたいな(笑)。

ガスパンをやめて、ネガティブ思考は治りましたか?

りょうすけ:後遺症なのかガスをやめたあとも、ふと暗闇に入っていくような寂しさが襲ってきます。被害妄想で勘ぐっちゃって、何やってもダメだと。中学から先輩のツテで解体の仕事をしていたんですけど、独立しようと思ってもうまくいかなそうなイメージしかできなかったり。長く吸ってたのも原因かもしれませんが。

りょうすけさんたちがガスパンをやめたあと、いまだにやっているひとはいますか?

りょうすけ:まだ聞きますね。俺らにガスパンを教えてくれた先輩が、車で爆発事故を起こしちゃったんすけど。締め切ってやってて、マリファナを吸おうとしてバーンって。顔の皮膚が飛んで、ケツの皮を顔に移植するほどの全身火傷をくらっちゃったみたいで。あれだけ俺らに「換気が大事」っていってたのに。命に別状はなく、今はピンピンしてまだ吸ってるって話ですが(笑)。

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中高生とか若い世代はどうですか?

長山:2015年に友達が亡くなる事故があったんですが、自分らより下の世代はそこから吸う人が一気に減りました。ヤンキーや不良文化みたいなのが、そこで1回終わったんで、足利ではやんちゃな中学生が、だいぶいなくなりました。ちょっと上の世代だと、この時間だったら50人くらいの暴走族が国道を走り回ってたんすけどね。なんか、街がここ数年でオシャレになったっす。

そのときの事故について、教えてもらえますか?

長山:5~6人で袋にガスを溜めて吸っていたんですが、その子が錯乱状態で急に走り出して。10メートルくらい走ったところで、おそらく酸欠でパタッと倒れてしまったんですが、そこにコンクリのブロックがあって頭を打ったんです。泡を吹いて息をしなくなってしまい、救急車で意識不明の状態で運ばれたんですが。親友だったのでしばらく立ち直れなくて、それを機に自分もガスパンをやめました。そのあとに自分らの代はマリファナが流行ったんすけど、ガスパンと重なって吸えないですね。

事故のショックと、りょうすけさんたちの離反がちょうど重なって、ガスパンの波がさっと引いたのですね。それでは、りょうすけさんが過去の経験をラップにしたのはなぜですか?

りょうすけ:ラップでも「換気大事」とか、注意を喚起してるんですけど。ネガティブになるんでひとに勧めはしないんすけど、それも含めてガスパンやってたことが俺の人生なんで。青春時代にトラブルだらけだったけど、ガスパンが好きだったのは事実だし、俺にしかない話といったらガスパンでした。

過去と向き合えるようになった、きっかけは何かありますか?

りょうすけ:マリファナっす。それまで超ネガティブだったんですけど、最近、マリファナ吸って世界が開けてきて。マリファナだと、落ち着いたというかポジティブになれるんですよね。

なるほど(笑)。それでは最後に、ガスパンに興味をもつ中高生に、経験者から何かアドバイスなどはありますか?

りょうすけ:最低限、換気は大事。というか、ネガティブになって余計なトラブルを持ってくるようになるんで、やらないほうがいいっす。俺の曲を聴いてキマってください。

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後日、彼らの話をもとに、ガスパンのリスクについて薬物依存の専門家に話を聞いた。「ガスパン遊びの主な成分〈ブタン〉の人体への影響については、まだ不明なことが多いんです」と説明するのは、国立精神・神経センター精神保健研究所薬物依存研究部の船田正彦博士。「なぜなら、そもそもガス缶が体内に入れる目的でつくられていないからです。ですが、実験でわかっていることならお話できます」

ということで、気になる4つの症状について以下の回答を得た。

1. 脳の萎縮が心配です

ブタンガスを吸うと、ガスが肺から脳へ到達します。ブタンガスが酸素と置き換わることにより脳が酸欠状態になるため、当然脳の機能障害や記憶障害を引き起こす危険性があります。ドイツで行なったMRIで、15歳のガスパン経験者の脳に萎縮が認められました。ですが、もちろん使用量や期間によって個人差があります。

2. 性欲が減退したり大人しくなります

マウスによる実験で、多幸感や陶酔感と関係する神経伝達物質の「ドーパミン」の増加がみられました。一方、マウスが大人しくなり、動かなくなる現象も確認されていますが、これはおそらく酸欠の影響だと思われます。性欲の減退については、不明です。

3. ネガティブ思考になるのですが

離脱症状の影響だと思われます。ブタンガスによる酩酊は、5分をピークに15~45分ほどで切れることがわかっています。そのため、1日に何本も繰り返しがちなのですが、続けていると使用量も増え、効果が出にくくなります。そして、酩酊状態から覚めたときの落差が大きくなり、その反動で虚無感をもたらすのではないでしょうか。ただし、これも個人差があるので推論になります。

4. マリファナでハッピーです

大麻とブタンガスで、身体に引き起こす効果を比較することはできません。ですが、3の回答と関連しますが、大麻の方が作用時間が長いと考えられます。ですから、大麻効果の消失はブタンガスよりも比較的に緩やかなので、覚めたときの反動がブタンガスと比べて楽に感じるということではないでしょうか。ただし、これも個人差があるので推論になります。

以上が、船田博士の見解だ。さらに、博士は「成長期にガスパンを経験すると、脳神経へのダメージが深刻になる可能性があります。最悪のケースでは、脳梗塞を引き起こすこともあり得ます」と警告する。つまり、リスクはかなり高いということだ。そして、最後に恐ろしいことを告げた。「実は、ガスパンについての研究はそれほど盛んではなく、長期間に渡る健康への影響を調べた研究は進んでいないのです」

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